四正義:変装『全身タイツ』
「冥界…?闇の…?何を言って…まあいいや、アンタも殺すまで」
紫がナイフを構えて戦闘態勢を取る。
「ククク、俺を殺す…か、面白い冗談だ。冥界の支配者たる俺様にとっては、貴様ら人間の言う死という概念など意味を持たない!」
ビシイッ!と卓郎は紫向かって人差し指を突きつける。
だが、紫は卓郎のセリフを無視して、素早く卓郎に接近すると同時にナイフを振りかざす。
グサグサッ!
卓郎の胸にナイフが二本深く突き刺さる。
考えるまでもなく、致命傷だろう。
「何が意味を持たないって?ヒーロー候補生というのは随分と弱い、想像以下ね。笑えてくる」
紫は知らない、卓郎が明と同じく、幼い頃から能力に目覚め、様々な鍛錬を積んできていることを。そして、幼くして能力に目覚めたヒーローは、全員が化け物であるということも。
そして気づいていない、卓郎は心臓を刺されてもなお、息の根が止まっていないことに。
「心臓を刺した…か、なるほど、確かに貴様の攻撃は俺の心の臓に届いた」
卓郎が喋り出す
「ッ!?」
紫は突然のことに混乱し、慌てて距離を取ろうと後ろへ跳躍。
しかし、卓郎はそれを追うように、すぐさま空いた距離を詰め、紫の腹へと拳を食らわせた。
メリメリッと、鈍い音が鳴り、紫は後ろの壁に背中から叩きつけられる。
「グハッ!う…うおえぇ」
紫はあまりの痛みに腹を押さえてうずくまる。
卓郎は追撃はせずに、両腕を組んだまま立っていた。
卓郎はニヤリと口元を歪めると、口を開く。
「だがしかぁし!貴様の刃は例え心臓には届こうとも!俺様の魂には到底届くことはない!フハハハハハハハハハハハハハハ!」
「な…なんで…?確かに心臓を…」
紫は卓郎の胸部に視線を向ける。
そこには確かに二本のナイフが刺さっており、ナイフの長さを考えれば間違いなく心臓まで達している。
確かに致命傷を負っているはずなのに、
相手は何事も無かったかの様にそこに立って、こちらを見下ろしている。
目の前の出来事に動揺を隠せない紫。
「何が起こっているのかさっぱり解らない、といった顔をしているな人間?
その様子だとヒーロー能力を見るのは初めのようだなぁ?
今起こっている出来事が理解できないか?
まあ、貴様が理解していようが?理解していまいが?
俺様にとってはどうでもいい。
そのようなことよりも、だ。
俺に武器を向けたことは本来ならば死罪に値する事だ。
しかし、今の俺は急いでこの男の治療を行わねばならん。
貴様にかまっている暇などないのだ。
命拾いしたな。
ハァ〜ッハッハッハッハッハッハッ!」
卓郎は両腕を組んで高笑いを始め、数秒後にピタリとその笑いを止め、紫を睨みつけて言う。
「今回は見逃してやる。目障りだ、さっさと失せろ」
紫は悔しそうに舌打ちすると、警戒したままジリジリと後ずさりして、十分な距離を取ると、踵を返して走り去っていった。
それを見届けた拓郎は、無言で胸に刺さっていた二本のナイフを引き抜き、上空に放り投げ、決めポーズ。
明の方に視線を向け、高笑いをしながら近づいていく。
明は戦いが終わったことに気付き、ゆっくりと目を開き、言った。
「…痛い」
卓郎の投げたナイフが放物線を描き、明の肩に刺さっていた。
・
・明視点
・
「おやぁ?傷だらけではないか。だ〜じょうぶかぁ?我が盟友よぉ?フハハハハハハハハ!」
「お前…そのバンダナのせいで…目ぇ塞がってんじゃ…ねえの?大丈夫なわけ…ねえだろ」
「軽口を叩ける程の元気は残っているようだなぁ、我が盟友よぉ。安心しろぉ、俺様が来たからにはもう安心だ。この冥界の支配者たる俺様がなぁ!感謝しろぉ、我が盟友?もう少し俺様が来るのが遅ければ貴様は冥界の住人となり、俺様の支配下に加わってしまうことになっていたのだからなぁ!」
「俺様俺様うるせえよ、……死にかけてんだよ、早く治せよ…」
「フハハハハハハハハ!口ではそんなことを言いつつも、心の中では数え切れない程の感謝と賞賛の言葉を浴びせているのだろう?この俺様になぁ!」
卓郎は親指で自分の事を指しながらそんなことを言う。
ムカつくな。
「浴びせて…ねえよ…早く…治せよ」
「ククク、まあいいだろう、貴様には天界と冥界の間で起こった千年戦争での借りがある、治してやろう。」
そう言って卓郎は俺の腹と肩に手をかざす。
手から緑色の光が溢れだし、傷口に流れ込んでくる。みるみるうちに傷は塞がり、そこに傷など無かったかのように、元通りになる。
それを見届けた瞬間、俺はふう、と溜息をつき、安心し、拓郎に話しかける。
「千年戦争とか知らねえよ。勝手に人の過去を捏造してんじゃねえよ。」
佐々木卓郎、
ヒーロー学園の一年生にして、俺のクラスメイト。
補助系能力『回復』を持っており、あらゆる怪我を治すことが出来る。
実際にどの程度の怪我を治せるのかというと、
『例え四肢を欠損していても生きていれば治せるぞ!まあ、試したことはないがなぁ!フワーッハッハッハッハッハッ!』、のこと。
小学三年生の頃から中二病を発病し、未だに回復の兆しはない。
「流石にさっきのはやばかった。助けてくれてサンキューな、礼にと言ってはなんだが、後でお前の両肩をナイフで突き刺す」
俺は立ち上がって、服についた砂や埃を払い落としながら言う。
…血まみれになっちまった。
ところどころ穴が空いたり、破れているし。
「礼など必要ない、当然のことをしたまでよ。それにしても、貴様があの程度の輩に後れを取るなど珍しいな、何かあったのか?」
「イヤ、ちょっとばかり油断しちまってな」
そう、油断していた。
いくらバイト先の先輩で、悪い人では無い(と思う)としても、自分の立場をしっかりと認識しておくべきだった。
自分の制服に視線を落とす、腹部とズボンが赤黒く染まっており、俺がどれだけ危険な状態にあったのか良く分かる。
この制服を来ている間は俺とあの人は正義の味方と悪の組織の人間、つまりは敵同士。
その事を肝に銘じておかなければ、今回のようなことが再び起こるかもしれない。
もしも、卓郎が来てくれていなかったら、その時はーー
「フッ、まあいざとなれば能力を使えばいいだけの事。貴様の能力はこの世界の因果律を思いのままに操り、使い方を誤れば宇宙をも滅ぼすと云われる伝説の――」
「宇宙とか滅ぼせねえし伝説でもねえ!っていうか、なんでお前がここに?入学式はどうした?」
「俺様があの天界の支配者の洗脳の儀式を逃れる術を考えていたところに、貴様がやって来てな?
遅刻かと思いきや、そのまま帰ろうとするではないか。
その瞬間!俺様のインスピレーションが働いたのだ!
跡をつけろと!
お陰で貴様は助かったという訳だ!
フハハハハハハハハハハハハハ!」
成程、校長の話を聞いているのが面倒だったから、高校の敷地をブラブラしていたところ、俺が帰るのを発見して何となくストーキングしてきたと…
まあ、助けてもらったことに感謝だな。
あのままだと確実にマズイ事態になっていただろう。
具体的には八つ裂きか失血死。
それよりも、今すべきことは口止めだな。
万が一にでもこの事を誰かに知られるのはマズイ。
「頼む、この事は誰にも話さないでおいてくれないか?」
卓郎に向かって頼む。
「ハハハハハハハハハハハ…?何故だ?」
「あまり大事にしたくないんだよ。妹に心配かけたくねえし、俺が通りすがりの悪の組織の人間にボコボコにされたとか噂が立つのは嫌なんだ。
なあ、頼むよ、俺のためにと思って!この通り!」
それに、俺と悪の組織の関係性を知られる可能性もある。
…今更だが、考えてみると悪の組織でバイトとかバレるとヤバくね?
冷や汗がどっと噴き出し、血の気が引くのを感じる。
気付くのが遅すぎたな。俺は紛れもない馬鹿だ。
…これについては後で考えることにしよう。
色々な理由を並べながら、卓郎に向かって頭を下げる。
卓郎はあっさりと了承してくれた。
「ククク…別に構わんぞ、俺にとっても我が闇の盟友の名に傷がつくのはあまり気分のいいものではないしな。フハハハハハハハハ!」
卓郎は再び高笑いを始めると、直ぐにそれを止め、右目でこちらを見つめ、尋ねてくる。
「というか、あの女、悪の組織の人間だったのか?」
知らずに戦っていたのかよ
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時刻は正午。
卓郎の両肩にナイフを突き刺し、別れた後、俺は一旦アパートに帰って制服を洗濯していた。
破れた箇所は後で亜美に縫ってもらうつもりだ。
その間に私服に着替え、この後どうするか考える。
バイトを辞めるべきだろうか?
紫さんの様子だとバイトの正体が俺だとは気付いていないだろう。
気付いていれば何らかのアクションは起こすだろうしな。
だがそれでも、万が一ということもある。
やはり辞めるべきか?
しかし、それはそれで問題がある。
今の俺には出来るだけ多くの金が必要なのだ。
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俺と妹は二人暮らしというこの状況で、親からの金銭的な支援は受けていない。
実は、俺達の親は行方不明なのだ。
何故行方不明なのかは大方、見当はついている。
これは中等部にいた頃に知ったことなのだが、
ヒーロー学園に入学した生徒には、入学と共に多額の『寄付金』を受け取ることができる。
というシステムが存在するらしい。
因みに、この『寄付金』は全て、国民の税金で賄われている。正義の味方の給料や、ヒーロー学園の維持費や授業料なども同様だ。
ヒーローに、悪の組織から守ってもらう代わりに、
金を払ってヒーローを資金面で助ける。
警察なんかと同じだ。
ヒーローとは公務員なのだ。
うちの親は恐らく、その『寄付金』だけ受け取って、俺達をこの学校に売ったのだろう。
飽くまで推測だが、おおよそそんなところだろう。
どういう訳か、入学してからの資金的援助は『寄付金』に対して雀の涙ほどで、俺達は児童養護施設に預けられた。
何でも、そういう事は例外中の例外だったらしい。
ほとんどの親は、子供にヒーローの才能があると知って捨てる…いや、売るも同然なことはしないらしく、むしろ愛情を込めて大事に育ててくれるそうだ。
それはともかく、児童養護施設の話に戻ろう。
ヒーロー能力がある俺達は、やはりというべきか普通の子供達の中には馴染めなかった。
力が強過ぎたためだ。
些細なことが大きな事故につながりかねない。
子供の頃は俺も亜美も少々やんちゃで、
少し喧嘩をしようものなら相手を骨折させてしまい、玩具で遊ぼうとすればことごとく壊し、それはもう無茶苦茶だったらしい。
俺が小学四年生になる頃には落ち着き始めたらしいが、それでもやはり、様々な弊害があり、俺と亜美だけほかの子供達と隔離されたりもしていた。
他の子供にも危害が加わる事を恐れた施設の責任者は、
「明くんが高等部の生徒になる頃に、二人とも施設から出て、バイトで稼ぎながら亜美ちゃんと、二人暮らしをするようにして欲しい」
と学園に掛け合った。
学園はそれを承諾し、俺達は適当なアパートと最低限の家具だけ用意されて、今に至る訳だ。
親も学校も、無責任にも程がある。
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説明が長くなったが、やはり、生活を送るためには出来る限り金が必要だ。
バイトに行くのは絶対だ。
こればかりはどうしようもない。
何か新しいバイトを探すべきかとも考えるが、悪屋での給料がどれくらいかまだ知らない。
せめて昨日の仕事分の給料だけは貰いたいところだし、悪の組織での給料が高いならそのまま続けたい。
食費とか家賃とか光熱費とか色々あるのだ。
普通のバイトでは大した金は稼げない。
とりあえず、今日悪屋に向かうのは確定だな。
俺はそう結論づけ、バイトに向かう準備を始める。
バイトに行くにはやはり顔を隠さねばならないだろう。
紫さんには顔を見られたし、悪屋のルールの事もある。
もしもバイトの正体が俺だと知れば襲いかかってくるに違いない。
バイト先では絶対に顔を晒せない状況になってしまった…
「顔を隠せるものっていっても、そんな物この家には…」
と、呟きながら、俺はタンスを開ける。
中には面接の時に来ていた全身タイツと覆面が入っていた。
「…あった」
服紹介ナウ
全身タイツ
最初は全身タイツ(兵器)にするつもりだったが、都合上やめた