表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/42

番外編:ばれんたいんちょこはしのかおり(後編)

敢えて言い訳はしないでおこう。

オチが貧弱すぎて死にたい。

「バレンタインデッドにおける、『本命チョコ』。それは、嫌いな男子を抹殺するために作られた、『本当に命を落として欲しい人に送るチョコ』なんですよ」


「そんな意味だったの!?」


 驚愕の真実に、美香は動揺した。

 バレンタインデーが、そんな危険なイベントだとは知らなかったのだ。

 いや、知ってるはずもないが。

 とりあえず、明にこのチョコを渡すのは無理だ。

 早く、誰か女子に渡して、『義理チョコ』として消費してしまおう。


「あ、あのっ! 亜美ちゃ……」


 亜美に渡そうとした、その時。


 キーンコーンカーンコーン……


 チャイムの音が放課後の始まりを告げる。

 美香の意図を察した亜美は、非常に申し訳なさそうに、呟いた。


「実は、放課後における『女子同士のチョコの交換』は禁止なんです。つまり……」


 男子に渡すしかない。

 途端、美香はサッと血の気が引くのを感じた。

 明に渡せば、明が死ぬ。

 他の男子に奪われれば、その男子と付き合わなければならない。

 どちらも出来れば遠慮したい。


「あ! で、でも、下校時間になればバレンタインデッドは終了です。それまで逃げきれば、なんとかなりますよ!」


「えー? 私、久々にキューピットやりたいのになー」


 美香に励ましの言葉を送る亜美と、膨れっ面のモブ子。

 そんな二人を無視して、美香は廊下へ飛び出した。

 男子から逃げるためだ。


 チョコを隠そう。

 どこか、男子に見つからないような場所に。

 最初に思い浮かんだのは、女子更衣室だ。

 あそこなら、男子も入れまい。


「……?」


 後ろから、地響きのような音が聞こえてくる。

 振り向いてみると、後ろから、数多の男子が津波の如く押し寄せてきていた。


「「「チョコォォォォォォ!!」」」


「きゃああああああああああ!?」


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!

 なんだかとんでもない事になってきていると悟って、美香は涙目になりながら、校舎を駆け回る。


「早くっ! 早く女子更衣室にっ!」


 ジワジワと男子との距離が縮まってくる。

 しかし、女子更衣室はもうすぐだ。


 逃げきれる。


 美香はそう確信した。

 だが――――。


「「「チョコォォォォォォ!!」」」


「っ! そんな!?」


 前方からも、男子の群れ。

 女子更衣室への道は、完全に閉ざされている。

 美香は、絶対絶命の窮地に立たされていた。


 ※


「うっわー。美香ちゃんモテモテだねー」


「そうだなー。美香も思い切った事するよな。ここまでして殺したいやつがいるとは」


 少し離れたところで、明とタケシの二人は、事態の成り行きを見守っていた。

 美香が明にチョコを渡すつもりだったと知らない明は、完全に傍観者に徹しきっていたのだが――――。


「…………」


 一瞬、明と美香の視線が交錯する。

 不安に満ちた美香の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 明の中で、形容しがたい得も言われぬ感情が沸き起こった。


「……助けてやるか」


 ボソリと漏れ出た明の言葉が、タケシの耳に届く前に、明は踏み出していた。


「どけええええええ!!」


「「「うるせえええええええ!!」」」


「アベシッ!」


 瞬殺。

 あっさりと明は弾き飛ばされ、そのまま窓を突き破り、茂みの向こうへと落ちていった。


「カッコつけようとするから…………」


 呆れてものが言えないとばかりに、タケシは肩をすくめる。

 その時、タケシの肩にポンと何者かの手が置かれ、タケシは振り返った。

 そして、戦慄する。


「ねえタケシくん? あの男子どもは何をしているのかしら?」


 冷めた目つきで男子の群れを見ながら、少女は尋ねた。

 その見目麗しい顔立ちには、冷酷で残忍な色が垣間見えた。


 ※


 美香は、男子によって完全に包囲されていた。

 ギラついた目でジリジリと滲み寄ってくる男子たち。

 それに伴って、美香も少しずつ後退していく。

 もはや、逃げ場は無い。


(誰かっ! 誰か助けてっ! 明くんっ!)


 美香のそんな祈りに、助けに入ろうとした明は既に、美香の預かり知らぬところで倒れてしまっている。

 全く、頼りがいのない男である。


「チョコォ……」


 男子生徒の魔手が、美香の抱えるチョコレートへと伸びてくる。

 もうダメだ。

 美香はギュッと目を瞑り、チョコを守ろうとしゃがみ込んだ。

 もちろん、こんな事をしても効果などあるわけが無い。

 必死の抵抗を見せる美香に、男子生徒は無慈悲に手を掛けようと……。


 バシィンッ!


 唐突に、側頭部になにか固いものが衝突し、男子生徒は衝撃に耐えきれず、たたらを踏んで倒れた。


「…………?」


 飛んできたものへ目を向けると、それは真っ黒な塊。

 もともとハート型であったであろうソレは、真ん中から真っ二つに割れている。

 チョコレートだ。


「チョ……チョコォ?」


 ハートチョコから顔を上げれば――――。


「どうやら、甘い菓子に群がる汚らわしい害虫が湧いてるみたいね?」


「っ!?」


 視線の先には、安藤恵美が立っていた。

 その右手には、チョコレート。


「ひぃーふぅーみぃー……まあ、足りるでしょう」


 左手で男子の人数を数えながら、まるでカードの手品のように、どこからともなく何枚ものチョコを取り出した恵美は、


「害虫はホウ酸チョコレートでも食べてなさい」


 一斉に、男子の口へと投げ込んだ。


「「「グァァァァァァァァァァァァ!?」」」


 慌てて吐き出す男子たち。

 しかし、もう遅い。

 すでに、『女子』である恵美は、『男子』にチョコを『渡した』のだ。


「しまった! 『本命ルール』だ!」


 そう叫んだと同時に、男子生徒たちは一斉に身を伏せる。

 少し遅れた男子生徒の胸部を、一本の矢が貫通した。


「ギャアアアアアアアアア!!」


 苦痛に満ちた叫び声に、男子生徒は渋面を浮かべる。


「モブ子のやつ! 今年も殺る気だぞ!?」


『本命ルール』に従って、『本命チョコ』を貰った男子には、『キューピットの矢』が放たれる。

 そして、キューピット役はモブ子。

 学園の三番目の実力者だ。

 下手をすれば命に関わる。

 もはや、美香のチョコレートどころではなかった。


「急所を外せー! 一度当たればターゲットからは外れる!」

「おい! コイツ息してないぞ!?」

「卓郎はどこだー!?」


 必死に逃げ惑う男子生徒を見ながら、美香はポツリと。


「なんなのよ、ホントに……キャッ!?」


 取り敢えず立ち上がろうとしたところで、美香のチョコを、流れ矢が掠めた。

 チョコを包んでいたピンク色の包み紙が破け、弾かれるようにして、チョコは宙を舞い、窓から落ちていった。


「ああ! ちょっと!?」


 慌てて窓から手を伸ばすが、チョコは茂みの中へと落ちていってしまう。

 美香は身を翻し、茂みへと走り出した。


 ※


 その頃、体育館裏では。


「これっ! 受け取ってください!」


 そう言って卓郎に差し出されたのは、ハート型のチョコレ ート。

 手作り感溢れるそれは、誰がどう見ても本命だとわかる。

 そう、亜美の『本命チョコ』だ。

  照れと恥じらいの混じった笑みを浮かべる亜美に対して、 卓郎の顔色は悪い。


「……フ、フハッ! フハハハハハハハ! そうか、貴様が今年の地獄からの使者か! 良いだろう、その勝負、受けて立ってやろう!」


 その瞬間、卓郎の胸を、マッハ43の速度で飛来した超合金キューピットの矢が貫いた。


「グフッ!」


 致命傷クラスの大怪我なのだが、生憎、卓郎は致命傷如きでは死なない。

 耐えきって、矢を掴み、抜き放つ。


「と……とった……ぞ……?」


「おめでとーございまーす!」


 ガランガランとハンドベルの音が辺りに響き、モブ子が翼を羽ばたかせながら、空から舞い降りる。


「見事! 『キューピットの矢』を受け止めましたので、お二人はカップル成立となりまーす! 副賞として、『チョコレート1年分』が進呈されますよ!」


「やったー!」


 ピョンピョンとはしゃぐ亜美。

 対して、卓郎の顔色は悪い。

 傷口が焼き焦げているらしく、傷の治りが遅い。


「し………死ぬほど痛い……」


 そのまま地面に向かって倒れ込むと、卓郎は動かなくなった。

 そんな卓郎へ、亜美は満面の笑みを向けると。


「それじゃあ卓郎さん。別れてください」


 そんな理不尽な別れ話に、卓郎は地面に顔を埋めながらも、弱々しく頷いたのだった。


 ※


「いてて……」


 タンコブの出来た頭を抑えながら、明は起き上がる。

 自分で突っ込んで行ったとはいえ、とんだ災難だ。

 自然と溜め息がこぼれ落ちる。

 さっさと校舎に戻ろうと立ち上がったその時。


「ん?」


 足元に、何か落ちているのを見つけ、明はそれを拾い上げる。

 ハート型のチョコレートだ。

 ピンク色の包み紙は大きく破けており、隙間から甘い香りが漂ってくる。

 誰のものだろう?


「あっ……!」


 まじまじとチョコを見ていると、驚いたような声が聞こえた。

 そちらへ視線を向ければ、美香がこちらを見つめながら、固まっていた。


「あれ? 美香……」


「明くん! 避けて!」


「……え?」


 振り返ると、『キューピットの矢』が、明に目掛けて………。


「ぎゃああああああああああああ!?」


 この時の明の叫び声は、学園中に響いたという。

なお、番外編の内容は本編と全く関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ