十三正義:おっさん
「随分と大がかりな計画だね…」
「俺らに言わせれば迷惑な話ですよ。悪の組織ってのは…なんでこんな事をするんですかねぇ?」
大人しく世界征服でもしていれば良いものを。
…いや、良くないけども。
「なんとか計画を阻止したいんですけど、どうしたものか…」
なにか手段が無いものかと頭を捻る。
しかし、これといって良い案は浮かばず、頭を抱えた。
まあ、最後の手段は有るには有るのだが…
できれば使いたくないな…本当に最後の手段だし。
何より、あの人が手伝ってくれるとは思えない。
「俺、どうすれば良いと思います?
……って、医者に相談することじゃないですよね。すみません」
なぜ、こんな事を言っているのだろう。
正義のヒーローが、こんな弱気でどうするのだ。
ふと視線を向ければ、オッサンは険しい表情で何やら考え込んでおり、話かけづらかった。
自分から話題を振っておきながら、立ち去るのも気が引けて、俺はしばらくその場に座り込んだまま、手の中にあったコンビニ袋を弄んでいた。
幾分時間が経ち、瞼が重く感じられてきた頃、オッサンは突然こんなことを言い出した。
「実は私、医者じゃないんだ」
「……は!?」
驚愕と動揺に声を荒げ、それと同時に背筋を冷たい汗が流れる。
しかし、それも仕方のない事だろう。
だって、俺はこの人に紫さんの事を診せたのだから。
思い切り彼女を蹴飛ばした記憶がフラッシュバックして、同時にみるみる顔が青ざめる。
そんな俺の様子に気付いてか、オッサンは慌てることなく弁明する。
「安心してくれ。医師免許はちゃんと持ってる。最低限の知識も経験もあるよ。ただ、本当の医者ではないんだ」
「本物の医者じゃないってだけで、心配する理由としては十分に事足りるんですが?」
なぜ自分が医者だと偽ったのだ、と尋ねれば。
オッサンは険しい表情のまま言った。
「…私は若い頃、医者になって、多くの人々の命を救うことが夢だったんだよ」
「…何ですか急に」
「私は必死に勉強して、医師免許を取るまでになった。医者になるのも、あと少しだったんだよ」
オッサンの独白は続く。
「しかし、家の柵から逃れることは出来なかった」
気落ちした様子で、悲しそうに、医者は言葉を紡ぐ。
「あと一歩。あと一歩というところで、私の夢は簡単に崩れ落ちた。家に連れ戻されたんだ」
「……?」
何と言うか…会話が通じていない気がする。
さっきから、このオッサンは何を言っているのだろうか。
家庭の柵だとかなんとか…意味がわからない。
遠い目をしながら、オッサンは話を続ける。
どうやら、俺の存在は忘却の彼方へ置き去りにされているようだ。
「悔しかったよ。夢なんて尊重されず、自分の進む道を決められるというのは、こんなに悔しいものなのか、とね」
怒りを我慢するように、手のひらに爪を食い込ませる。
オッサンは更に、こう続けるのだった。
「だが、それよりも、もっと悔しい事がある」
うっすらと血の滲んだ手を見つめながら、オッサンは憎々しげに眉根を寄せて、奥歯を噛み締める。
「自分の娘に、似たようなことをしてしまった事だ」
「…娘……ですか?」
「君は、悪の組織が、正義の味方をどう見ているか、考えたことはあるかい?」
なんで悪の組織の話題になるんだよ。
話題がとめどなく変わる事に、いい加減うんざりしている。
しかし、アンパンを貰った礼もあり、このまま立ち去るのは気が咎めた。
正直、もう帰りたかったが、渋々話に付き合う事にする。
俺がヒーローだと知った時の、紫さんや、葵さん、爆田さんの反応を思い出し、口から率直な意見が出る。
「殺害対象ですか?」
「そこまでバイオレンスな意見は求めてないよ…
…まあ、間違っていないね。悪の組織にとって、ヒーローは敵だ。決して相容れない存在であり、何年もの間、憎しみ合い、戦ってきた」
「…なんか誇張してません?結構あいつら仲良さそうですよ?」
「だから、悪の組織にヒーローが居るなんて、許されざることなんだよ」
一瞬、俺の事を言っているのかと思い、ドキッとする。
…が、オッサンの次のセリフで、どうやら俺の事ではないらしい事がわかった。
「私は、ヒーローとなった娘を、家から追い出したんだ」
「…ん?」
なんだろう。今の言葉が、妙に引っかかる。
いや、実はもう気づいているのだが…
「ま、まさか…な…」
隣で気落ちしているオッサンは、もしかして…
それでも、まさかと言う気持ちが強かった俺は、親指でこめかみを押さえ…
――『脳活性』――
贅沢にも、能力で脳力を高める事にしたのだった。
・「脳」と「能」を掛け合わせた
・高度なギャ…グ……はい、ごめんなさい
・主人公の能力は、これがやりたかっただけです
俺の能力で活性化された脳は…って、説明しなくても分かるだろう。
活性化された脳をフル活用し、今まで分からなかった謎を紐解き、思考の渦の中から俺はある事実を拾い上げる。
「なるほど、そういう事か…」
俺はすっくと立ち上がり、オッサンに向き直ると、自信満々といった表情で言うのだった。
「アンタ、俺たちの父親だな!」
それが全く見当違いの答えだとも知らずに。




