第一章-5
現実味がないのだろうか。目の前に死体がある。
脳裏に焼きつくほどに眺め、もはや忘れることなど到底出来ないであろう親の顔が今、目の前で死んでいる。
そのことを受け止められないでいるのだろうか。
おそらくそう考えるのが自然であった。
だがしかし、その答えも彼にとって納得のいくものではなかった。
もやもやした、気持ち悪い胸の支えがとれぬままふと、手元にあった遺書を手に取った。
もう何もない。わたしの意志も尊厳も、生きるためにはかりうりにされていく。
足をうしなった。職をうしなった。力をうしなった。
金も尽き、気力も尽き、やがて頭も尽きるだろう。
からだから死臭が漂っている。
このままくされて死んでいくのだろうか。
管付きにはなりたくもない。
だからせめて、このしわだらけの手に残ったわずかな財を
にぎりしめたまま、死なせてください。
それはとても整った字で書かれていた。
おそらくここに辿りつくまでに、様々な苦悩もあったろうが、この時には彼の父の心は死に向かいただ真っ直ぐに、淀みなく進んでいたのだろう。
そしてただ単に一連の作業のとして、その感情の幾許かを記すためだけに、筆を執ったのだ。




