第三章―4
「なんだよ、帰んの?」
「何、寂しいの?」
先ほどとは打って変わって活き活きとした悪戯っぽい笑みと、誘うような目線を男に送った。
なるほどこれに騙されない男はいないだろう。
今時夜の仕事をしていたって、「目線」を使える女性は少なくなったものだ。
しかし演じる、ということにおいて彼女は才能があったのだろう。
自身も騙されるほどに、その演技は光っていたのだから。
七色の表情と、七色の目線を持ち、無限の女性を演じられたであろう彼女は、病的な薬物中毒者を演じることに固執していた。
それは、こんなにもしたたかな彼女が恋心を寄せる、一人の男性にあるのかもしれない。
彼はいつだって、誰にだって優しかった。
知的な雰囲気を持つ彼は、他の男と違って下心というものを微塵も感じさせず、彼女に近づいてきた。
はっきり言ってそんな彼に思いを寄せる女性は多かったし、『第一印象が良い人間にロクな人間はいない』を自分への戒めとしていた彼女は、最初は一定の距離を置いて彼に接していたし、惹かれることがあるだなんて思ってもいなかった。
しかし、彼女らは男女ではなく、一人一人の人間として接しあう内に、至極自然に溶け合っていったのだ。
全てを受け止めるかのような彼は、彼女の何事にも寛容で、口数は少なく、優しい笑みだけで彼女の全てを許した。
彼女の腕に傷を見つけた時も、彼は何も言わずそれに舌を這わせるだけで、一言も発しなかった。
彼女にとってそんな彼に溺れていくことが、とても気持ち良かったのだ。




