大脱走大脱出!?
「ううむ。何度見ても、骨董とは思えねえ。一見、新品に近いが、しかし、古いのは確かだな。こんな上等な刀身、今や打てる鍛冶屋がいねえ。・・・刃を外してえんだがな。どこだ?」
手にとって、ひっくり返したり、さかさまにしたり。
「鋼の質といい、こりゃあ、相当古いんじゃねえか?おかげでこの俺が、つくりが解らねえとは」
あちこち分解できないかと引っぱられたりひねられたり。
「これだけ綺麗なまんまとは。よっぽど大事にしてたってのかねえ?おっと、ここか?」
たがめつすがめつ、全身をいじられる。
「僕は分解できません!」
大声で叫びたいのを必死に堪える。
「うーむ」
店主は顎をつまんで唸り始めた。
「箍を外せば・・・」
「箍なんて僕にはありません!」
いろいろ珍しいつくりであるらしい。そもそもが珍品中の珍品であるのだから、他の常識的な剣とはわけが違う。
「どら。解体はできなくっても、磨いてやるくらいは、できっからな」
セインを机の上において、店主は店の奥に行ってしまった。どうやら手入れするための道具を取りに向かったらしい。
「今だ!」
セインは慌てて、元の人の姿に戻ると、机の上から滑り降り、出口に向かった。
「・・・・・・・・あれ?」
出口に向かったところで、目端に見覚えのある物体が。
「もしかして、僕と一緒に売られちゃったのかなー?」
狭い店の隅の、珍しく埃でも溜まっているんじゃないかというくらい目立たない場所に、やたら見慣れた大きな四角い物体が、無造作に置いてあった。
急いで駆け寄り、蓋を開けてみれば、幸いにも、全く手をつけられていないようだった。
なにせ、セインが畳んだキャルの衣服が、少しも乱れずにそのままだ。
「骨董じゃないと、興味がないみたいだね。店主」
この分では、本当に、引き取ってすぐに、中身も確かめずにこの場所に置かれ、忘れ去られていたようだ。
「気がついて良かった」
とりあえずハンターパスと財布を確認。
小さい針金のような道具を引っ張り出すと、きっちりと蓋を閉めて、セインは改めてドアノブに手を掛ける。
「ここを出たら、キャルに荷物を減らせないか、交渉しよう」
相変わらず、キャルのカバンは重いのだった。
「あ、あの」
「何よ話し掛けないで!」
キャルはピーターの手を引っぱって、広い屋敷の庭を走る。
薔薇園を抜け、噴水の横を通り、アーチをくぐる。
「でも」
キャルに引っぱられ、足をもつれさせながら走るピーターは、後ろを何度も振り返っている。ゼルダが気になるのだろう。
「ああ、もう!出口はどこよ!?」
広すぎて、庭の出口が分からない。
屋敷沿いに、ぐるっと回ればよかったのだが、そこまで気がつかなかった。
「・・・しまったわ」
これではセインのことを悪く言えないではないか。
「まあ、本人いないんだから良いってことにしとけばいいし」
そんなことを言っている間に、庭の隅の、森まで来てしまった。
森の中に入ってしまえば、ここに来たときと同じように迷子になってしまうかもしれない。
「ちょっと!ピーターだったらわかるでしょ?!」
「え?」
「出口よ!出口!」
背中の曲がったピーターの胸座は、ちょうどキャルにも届く位置にあるものだから、キャルはがっつりと、ピーターのシャツの胸元を掴みあげた。
「こ、ここを、左、で、す」
顔を真っ赤にしながら、ピーターが呻く。
「行くわよ!」
そのまま、言われたとおり左に方向転換。庭に戻ってしまうが、この際仕方がない。自分はこの庭のことは全く分からないのだから。
振り向いてみたが、今のところゼルダの姿は見えていない。
「このまんま走って、ゼルダにはちあわせなんてことになったら、一生嘘吐き呼ばわりしてあげるからね?」
ピーターがキャルをゼルダの元へ誘導している可能性も拭いきれず、キャルは前を見ながらピーターに確認を取った。
「お、おれ、嘘は言い、ませ、ん」
きっぱりと言い切るピーターに、キャルは意外なものを感じたが、結局のところ、彼は単に正直者であるだけなのかもしれない。
「それは良かったわ」
「で、でも」
「何?」
「森、に、入らない、で、庭、ぬ、抜けるには、お、お屋敷、戻らないと」
「・・・・・・・」
果てしなくうんざりしながら、とにかくキャルは、ピーターの腕をしっかり握り締めて、ひたすら走ることにした。
「どっちにしろ、カバン、取りに行かなくちゃいけないしね」
自分の大切なものが、全て入ったカバンが、そういえば手元に無い。
まさかいきなり逃げ出すことになるとも思っていなかったものだから、どこに置いたか、確認も取っていなかった。
「あ、の」
「はい?」
「カバンって、お、大きくて、車輪が付いてて、お、お、重いの、で、すか?」
走りながらなので、あまり返事をしたくなかったが、そのカバンはどう聞いても、自分のカバンとしか思えない。
あの中には、身分証明書でもあるヘッドハンターパスも、大事な武器も、ついでにセインの宝物まで入っている。
さらについでに言えば、着替えも財布も、全部あの中だ。
「そのとおりね。まごうこと無き私のカバンね」
「そ、そう、です、か」
しゅんとしてしまったピーターに、キャルはイラっとした。
「ねえ、ピーター?」
先ほどの噴水の前まで戻ってきていたが、キャルはかまわずに立ち止まった。
多少、息が上がってしまっているが、それどころではない。
「なんでそこで、あなたが申し訳なさそうに、しゅーんとするわけ?」
急に立ち止まったキャルに合わせて止まったために、体制を崩して尻餅をついてしまった、この屋敷の、たぶん有能な使用人を、キャルは見下ろした。
「まさかとは思うけど」
「あ、の。そ、それ、も、お嬢さ、ま、の、言いつけで」
「・・・・・・・・・・・セインと一緒に」
もう、事態が把握できてしまったが、確認せずにはいられない。
「売った、のね?」
こっくりと、ピーターが首を縦に、ゆっくりと振った。
キャルの眉間には、年に似合わず皺が刻まれ、眉尻には青筋が浮かんだ。
「ほんっっっっっきで、信じられない!!!!!」
空に向かって、キャルが吼えた。
なんにせよ、今は手ぶらだ。
辛うじて、いつも両足に備え付けてあるホルダーに、反動が小さくて使いやすい、お気に入りのハンドガンが二丁。
回転式ではなく、マガジンなので弾もまあまあ入っているのが、不幸中の幸いか。
「おかげで、屋敷の中に戻る手間が省けたと思っとくわ」
色々な大事なものの事は、とにかく頭の隅に追いやるようにする。
「お財布とかハンターパスとか、まあ、ちょっとどころでなくドキドキだけれども!今できることをする!」
このとき既に、セインがキャルのカバンを発見していたのだが、そんなことなど知る由もないので、声に出して自分に言い聞かせる。
「ごめ、ん、なさい、です」
素直に謝るピーターに、キャルは溜め息をつく。
「仕方ないわ。あなたはあなたのご主人様の言いつけを守っただけなんでしょう?」
「で、も、迷惑、かけ、ました」
丸い背中をさらに丸くして、うつむくピーターは、本当に反省しているように見える。
「・・・だったら、ご主人様が間違っていると思ったら、はっきり言わなきゃ!それが忠義ってものでしょう?」
「で、でも」
「でももへったくれもない!ピーターが甘やかすから、ゼルダは我侭なのよ。いくら目上の人に言われたからって、やってはいけない事ってあるわ」
「はい・・・」
「ゼルダなんか、まだまだ子供なんだから、ピーターがしっかりしなきゃ!」
「へえ・・・」
自分だってまだ八才なのだが、ここは都合よく無視をする。
「分かった?」
「へえ。申し訳、ねえで、す」
「分かったなら、出口にさっさと案内する!」
キャルは腰を両手で掴んでふんぞり返る。
人に説教をするのはかまわないが、それがこんなに偉そうでいいのだろうか。
セインがいたら、心の中でひっそりと思ったことだろう。
噴水の水で顔を洗ってさっぱりすると、キャルはピーターを連れて、薔薇のアーチをくぐって芝生の庭へと走り出した。
「ピーター!どこ?どこなのピーター!」
薔薇園の向こうから、ゼルダの甲高い叫び声が聞こえた。
「お、お嬢、さま」
ピーターが、急に立ち止まったものだから、キャルは繋いでいた手を引っぱられて、後ろへよろけて転びそうになった。
ピーターは後ろを振り返って動こうとしない。
「ピーーータアアアーーー!!!」
彼を呼ぶ、そのゼルダの声は、狂気を孕んでいるように思えた。
「ピーター!ピーターったら!」
押しても引っぱっても、その場から動こうとしないピーターに、キャルは諦めた。
どうしたって、ピーターはゼルダの使用人なのだから、キャルの言う事より、ゼルダの言う事を聞くに違いなかった。
「お願いピーター!出口を教えて!」
これ以上、案内させるのは不可能に思えて、キャルはピーターの顔を掴んで自分に向けさせた。
ゼルダに捕まれば、屋敷から脱出するのは、今よりもずっと難しくなる。
キャルは必死だった。