セインとセインロズドの身の上
「うう、どうしたら良いか、考えたところで今現在剣の身。動こうにも動けないし。話しかけようにも・・・・気味悪がられてるし」
ゼルダの屋敷が、そんなに気味悪がられているのなら、あの屋敷には何かあるはず。
そして自分が気を失ってしまった直前まで感じていた、あの肌寒さ。
「キャル、大丈夫かな?」
あの人形のような少女は、キャルと友達になる約束をしたと言って喜んでいた。なら、キャルには危害を加えていないとは思うが、あの言い知れない肌寒さに、やはり一抹の不安がどうしても残る。
キャルのことだから、大丈夫とは思いたいが、相手は同じ年頃の少女だ。
すっかり気が良くなっていた自分の持ち主に、セインは自信が持てずにいた。
「はあー・・・・・」
肺と心の奥底から、長い長い溜め息が出た。
気がつけば窓の外はオレンジ色に染まり、夜が近いことを知らせている。
店主が、店の入り口のドアノブに掛かっていた札を、くるりとひっくり返して、扉を閉めて鍵をかけている。
どうやら今日もまた、閉店時間になってしまったようだ。
「う。これで丸二日目か」
店の片付けを店主が始め、カチャカチャと商品整理の物音が店内に響く。
個人経営の小さな骨董屋であるので、店内はさほど広くはない。それでも、こまごまとしたものから大きなものまで、陳列しているものは意外に多い。
整理整頓がいきわたっているのと、ディスプレイが上手いので、狭い店内であるのに、それを感じさせない。
店主は小太りのオヤジであるのだが、案外器用である。それもこれも、骨董品への愛情のなせる業なのかもしれないが。
「鼻歌を歌いながら仕事ができるって、いいことだよね」
なんとなく、うらやましく思える。
ずっと、仕事といえば戦場であったり会議室であったりと、人生八百数十年と少し。あんまりやりたい仕事をしてきた記憶がない。
「そうだなー、こう、のんびり手作りの小物なんかをつくって、畑とか耕して、牛とか山羊なんかの乳絞りとか。してみたいなー」
おおよそ、自分の辿ってきた人生とは、全く正反対なことを夢見てみる。
「争いのない場所なら、僕だって」
しかしそれは、考えてみても詮方ないことだ。何せ自分は聖剣なんて代物である。
聖なる剣であるなら、戦なんてもの、魔法の一つ、奇跡の一つ、そんなものでも起こせてしまえればいいのに。そうしたら、この世から争い事なんて、消し去ってしまうのに。
実際は、名ばかりの、ちょっと大分、常識外れの単なる剣で、大分長生き過ぎる只の人なのである。そりゃ、まあ、自分のような存在が、普通であるわけがないのだけれど。
「何で僕、剣なんかになっちゃってるんだろう」
愚痴っても仕方のないことだ。
青い空の下、緑色の畑で、野良仕事をする自分に思いを馳せてみる。
「・・・・・似合わないね」
あの、ゼルダ屋敷のフリルとレースの中にいる自分より、畑仕事をしている自分の方が、全然違和感がある。そう思う。
自嘲気味に笑った。
「さて、と、次はお前さんだな」
店主の声で、セインは我に返った。
少々物思いに耽りすぎたらしい。
見れば、店主がオイルで鎧を磨いている。
その隣には、既に磨き終わったと思われる、ピカピカの青銅の盾。
そういえば、昨日はティーカップなんかの小物を磨いていた。今日は、大きなものを磨くのだとしたら、順繰りに手入れをしているのかもしれない。それでも今磨いている鎧だけでも、磨き上げるのは結構しんどそうだ。そのほかにも、あと二体、鎧は待ち構えている。
「あー、じゃあ、僕らみたいな武器にまで、手は回らないか」
しかし、店主の手際はすこぶるよかった。見る見るうちに、キュキュキューっと鎧を磨き上げてゆく。
「手馴れてるなあー」
感心して見ていれば、目が合った。
いや、正確には、今のセインには目はないのだから、自分の視線と、店主の視線がかち合っただけに過ぎない。
視線を感じられでもしたのだろうか。でも、今までこの姿のときに、相手に気配を悟られるようなことはなかった。では、これは単に。
視線を外さずに店主は、じいっとセインロズドを見つめている。自分が只の剣ではない事がバレでもしたのかと、セインは汗が滝のように全身から流れるような心境に陥った。
しかし、すぐに店主は、もう一体の鎧の手入れに取り掛かった。
また、手際よく磨き上げてゆく。
しかし、先程の鎧のときとは違って、ちょこっと手を止めてはチラリとこちらを見やる。
鎧は専用のテーブルの上に、各パーツ毎にバラされて丁寧に磨かれているのだが、こちらを見やる頻度が、徐々に増していく。
気になってはくれているようだったが、そんな見られ方をするのは、正直セインも落ち着かず、なんと言うか。セクハラでもされているような気分だ。
それでも、気がつけば磨き上げたパーツはあっという間に組み立てられて、最初の鎧の隣に並べられた。
仕上げに値札のプレートを、手に持たせられている。
そして、最後の一体に店主が手を掛けた。
やはり、各々のパーツに分解されるのか、背伸びして腕を冑に伸ばした。
「あれ?」
店主は体を伸ばしたまま、ぴたりと動きを止めた。
どうしたのかと思えば、チラリ。
伸びたそのままの姿勢で、セインロズドを見ている。
「ふう」
店主が溜め息をついて、鎧から身を引いて、もう一度。
チラリ。
「ああ、どうしようもねえ!」
そう怒鳴って、頭をガリガリとかきむしった。
「気になってしようがねえや!」
ほぼ投げやりに吐き捨てると、どかどかとセインロズドの元へ大またに歩み寄り、からめた鎖に手を掛けた。
「おお!」
セインは喜んだが、一度手を引き込められている。
「解け〜、解け〜」
呪いの言葉のように、心の中で電波を送ってみる。すると、ぴたりと店主の手が止まってしまった。
「ああ!」
また、元の木阿弥に帰してしまうのかと思われたが、決心がついたように、店主は一つ大きく頷くと、真剣な面持ちで鎖をセインロズドから外し、ついに手にとって、鎧を手入れしていたテーブルの上に置いたのだ。