可愛さ余って余りすぎ
「あ、やはり、剣、の、名前、なんで、すか」
「人でも剣でもどっちでもセインよ!」
「・・・えっと?」
セインというのが剣の名称なのか人の名前なのかと言われれば、正しくは人の時の名前はセインで、剣そのものの名前はセインロズドなのであるが、どっちにしろキャルにとって、セインはセインなので、ほぼやけっぱちな答えになってしまった.
もちろん、それはピーターには通じる説明ではなかった。
「セイン、さんの、持ちも、の、だったので、したら、申し訳、ない、です」
「いいから、売ったお店を教えなさい!」
なんにせよ、こうなってはセインを連れ戻すことが最優先事項だ。
万が一にも売れてしまえば、どこへ行ったか突き止めるのも大変なことになってしまう。
「そ、それ、は・・・」
「何?」
困ったように視線をそらせ、どもる口調に輪をかけて、しどろもどろになるピーターに、キャルは詰め寄った。
鞘の無い抜き身の剣とはいえ、柄の先に備え付けられたアメジストだけでも見事である上に、柄も刀身も、聖剣というだけあって、それは見事な拵えなのだ。
「お、お嬢様の、お許、しが」
「ゼルダの?」
こっくりと、ピーターが頷く。
「・・・・何だってゼルダの許可が要るのよ。セインは私の連れよ?!」
「そ、そうですが」
「私の持ち物を、勝手に売っておいて知らぬ存ぜぬはないでしょう?ゼルダだって、それっくらいはちゃんと分かるはずだわ!」
キャルの迫力に気圧されて、ピーターの首が、どんどん亀のように竦められていく。
「ピーターをいじめないで!」
甲高い叫び声に振り向けば、三階の、庭に向かって張り出たテラスの手すりの間から、ゼルダがこちらを見下ろしていた。
「どうして?キャル、私と一緒にいるのがそんなに嫌なの?」
大きな瞳に涙をにじませて、泣きそうなゼルダに、キャルは慌てて手を振った。
「ち、違うわ!セインを売った場所を教えて欲しいだけよ」
「・・・・・そんなに、あの背の高い人が良いの?」
「ゼルダ?」
セインのことは知らないと言っておいて、どうしてセインの身長を知っているのか。
「私に、嘘をついたのね?」
「私と友達になってくれるって言ったのはキャルだわ!」
「だからって、嘘をついて良いとでも?」
「友達になってくれるって言って、嘘をついているのはキャルだわ!」
会話が噛み合わない。
「セインがいるからって、どうしてゼルダと私が友達じゃなくなるの?!」
「あいつは私からキャルを奪い取ろうとしているわ!邪魔なのよ!」
ゼルダの顔は徐々に険しくなっていく。
可愛らしい少女の面影は、どんどん醜く崩れ始める。
異様なゼルダに、キャルはようやく、自分がとんでもないところに迷い込んだことに気がついた。
「セインが不安がってたのって、あながち当たってたって事?」
悲鳴に近い叫び声をあげて、ゼルダは赤いドレスもかまわずに、テラスから狂ったように躍り出た。
「キャルは渡さない!あなたも私とずうっと一緒にいるの!」
三階から飛び降りたにもかかわらず、ゼルダはそのままキャルめがけてゆっくりと歩き出す。
可愛らしい口元は大きく裂け、黒目がちの瞳は見開いて、桃色の肌は青白く変色してしまっていた。華やかなふわふわのドレスは、今では血の色に染まったかのような、恐ろしいドレスにしか見えなくなってしまっている。
「来るのよ!」
キャルはピーターの手を引っつかむと、ゼルダを振り向きもせずに屋敷の外へと走り出した。
「ああもう、まったく!うすらトンカチがドジさえ踏まなきゃこんなことにならなかったのに!」
ゼルダの可愛さと屋敷の豪華さに釣られて長居した自分を棚上げにして、キャルはいつもの口癖を、精一杯大きな声で叫んだ。
「セインを引っこ抜いてから、ろくな事がない!!!!!」
「一晩明けちゃった・・・」
昨日目覚めてから丸半日以上が過ぎてしまった。
さすがに飾ったばかりの剣を、早々すぐに手入れするはずも無く、店主はコーヒーカップやらワイングラスやら、細々としたものに手を付けてはいるものの、セインのところまではなかなか手入れをしてくれる様子はなかった。
あれから何人かの客が、やはりセインを気に入って、店主と交渉していたが、皆一様に、ゼルダ屋敷の名を上げたとたんに手を引いた。
「そんなに嫌われてるのに、この店主、よく僕を引き取ったなあ」
変なところに感心しつつ、セインは鎖で縛られたまま、ぼうっと店内を見回す。
外は少し曇り空のようで、窓の向こうが灰色がにじんだような色合いだ。
店主は店の中を行ったり来たりで、商品の値札のチェックやら整頓やらをしている。結構仕事熱心なようで、ホコリや塵一つ、店内には見当たらない。
骨董品や、それを展示している棚などは、暇を見つけては綺麗に磨いていた。
「だったら、向こうの鎧とか槍とか剣とか僕とか、磨いてくれないかな」
夜中に抜け出そうと試みてみたものの、セインロズドの姿では動くこともままならず、セインに戻ろうものなら首をくくりかねず。考えるに考えて夜が明けてしまった。
「致命的だったなあ」
これが人の姿のときであれば、鎖に絡められようが、いかようにもできるのだが。
ひとり悶々と考え込んでいれば、気配が通じてしまったのか、店主がちらりとこちらを見やった。
「しかし、見事だよなあ」
仮にも聖剣。当たり前である。
「この刃の輝きといい、柄のしつらえといいい、そんでこのアメジスト。国宝級じゃねえのか?これがあのお屋敷のお下がりじゃなきゃあなあ」
お下がりじゃなかったらどうするの。
声に出して聞いてみたいが、恐ろしい答えが出そうである。
「まあ、見てる分にゃ、減るもんでもなさそうだし」
見てるだけじゃなくて。
どうせなら手にとって見てみてくれれば何とかなるのに。
店主が、そうっと、手を伸ばしてきた。
おお!手に取るか!?
セインは心臓が飛び跳ねるくらいドキドキした。
「いや、やめとこ。くわばら、くわばら」
急に、店主はその太い腕を引き込めて仕舞った。
「・・・・・・・呪うぞ」
「???」
思わず重低音で呟いた言葉は、店主の耳には辛うじて届かなかった。