逝く側と残される側
また、お待たせしました。もうちょっと、もうちょっと続きます。
「ピーター、うまくやっていけるかしら」
振り返って、森の木々に隠れて屋敷が見えなくなった頃、心配そうにキャルが呟く。
「大丈夫でしょう。多分、ゼルダはまた、彼と一緒に暮らしてくれるだろうし」
「だって、もう人形だわ」
もう、可愛らしく笑ってくれることもない。あの花のような唇で、楽しそうにおしゃべりしてくれることも、綺麗な庭で走り回ることもない。
彼女の歯車の心臓は、キャルの胸に下がって、キラキラと輝いている。
「忘れた?元から彼女は人形だったんだ。ピーターの思い入れが、彼女を作ったんだよ?」
死んだ少女の面影を、オートマタドールに写して、オートマタドール以上のドールになった。
「亡くなった領主の娘ではなく、自分の娘として、あのオートマタドールのゼルダを受け入れたんだから、ドールだって、それに応えてくれるさ」
それは、また、以前のように、人と変わらぬ仕草で、自分の意思で、あの人形が動くという事だろうか。
「僕らさ。ゼルダに違和感を感じてたと思うんだ」
森の中の一本道を、鞄を引きずりながらてくてくと、二人並んで歩く。
つい先ほどまで、あの屋敷で起こったことが嘘のように、森は静寂で、朝日が枝葉の間からこぼれる様は清々しい。
「ゼルダの気配を感じ取れなかったり、何か変な冷たさを感じたり」
「あの子が人形だったから、てこと?」
「そうだろうね、きっと」
人ではない、生命のない存在である彼女に、存在としての微妙なズレを感じ取っていたのだろう。
彼女にあっさり背後を取られたことも、セインが屋敷に来るなり感じた冷たさも、生命の温度を感じなかったからに他ならない。
「そうね。そう言われれば納得がいくけど」
「けど?」
「あの子はそれでも、生きていたって、思うわ」
たとえ、あの木と皮で作られた、歯車だらけの身体でも。脈打つ心臓と、体中を流れる熱い血が一滴も無くても。
「うん。そうだね。僕みたいな存在がいるんだから」
もし、ゼルダがまた、以前のように自分の意思で動けるようになったなら、ピーターは自分が動けなくなる前に、彼女を停止させられるだろうか。
それが出来なければ、ゼルダは壊れるまで彷徨うことになってしまう。
「二人が、幸せになってくれるといいんだけどね」
願わくば。
終焉が訪れるその時まで、二人が幸せであれば良い。
「本物のゼルダのご両親には、あのドールは辛いものがあるかもしれないけど」
それとも、喜ぶだろうか?
「・・・・・・・?な、何?」
下から視線を感じて見てみれば。
キャルが歩きながら器用に、自分の顔を覗きこんでいる。
変なことを言ったかと、聞いてみる。
すると、思い切り盛大に溜め息をつかれた。
「な、なに?僕何か言った?キャル?」
「別に?」
そう言いながら、視線は外さない。
「別にって、そんな顔じゃないじゃないか」
これでは気まずい上に歩きにくい。
「セインって、苦労症よね」
「へ?」
「ゼルダのこと、本物の人間のゼルダのこと、その子の親のこと、ピーターのこと」
キャルが、指折り数える。
「だって、気にならない?」
「あたしは、あたしが会ったゼルダのことしか頭にないわ」
「そうかもしれないけれど」
失った大切な人にそっくりな姿をしたドールがあったら、自分はどう思うだろうか。
死んでしまった人は、二度と帰っては来ないのだと分かっている。それでも、もう一度、会えるものなら会いたいと思ってしまうのは、罪になるのだろうか。
たとえどんなに似ていても、それは同じ人ではないのだと知っていても、求めてしまうのではないか。
厳しいことを言いはしたけれど、ピーターの気持ちも分かるのだ。
長い時を、沢山の人の死と共に生きてきたのだから、今更そんなことを考えるのはおかしいことなのだけれど。
「・・・・・」
黙ってしまったセインに、キャルはまた、盛大に溜め息をついた。
「キャル?」
声をかけた瞬間、鈍くて重い傷みが顎に直撃した。
「あぐうっ!!!!」
あまりの痛さに、顎を押さえてうずくまる。
「ひ、ひろいお!」
直訳。酷いよ!
「あんまり阿呆な顔しているからよ」
言いながら、キャルはキャルで頭のてっぺんをさすっている。
キャル渾身の頭突きが、セインの顎にクリティカルヒットしたのだった。
「大方、くらーいことでも考えていたんでしょうけど」
「暗いことって」
「違うの?」
「違わないです」
ぷい、と、また前を向いて、キャルが大手を振って歩き出すので、セインは顎をさすりながらカバンを引きずり、後に続く。
「まったく」
「へ?」
会話が止まると思い込んでいたので、キャルの大きな声に、気の抜けた返事を返してしまった。
ぐし
「!!!!!!!」
思い切り足を踏まれ、声にならない声を上げる。
ぴょんぴょん飛び回るセインにはお構いなく、キャルはまた前を進んで行ってしまうので、セインはズレた眼鏡の下の涙を拭いながら、一生懸命追いかける。
「あんたがそんなだから、私だっておちおちしていられないじゃない」
一体、キャルが何をそんなにぷんぷん怒っているのか、セインには分からない。