歯車
正月早々に体調崩しっぱなしで、ずいぶんとお待たせしまして、申し訳ありません。ようやくUPです。
「・・・ごめん。言い過ぎた」
キャルに笑って、セインはゼルダの形をした人形を抱き続けるピーターの肩に、そっと手を置く。
「君が、死んでしまったら、彼女は君のいないこの世界で、君の想いをずっと抱いて存在し続けることになる。それがどういうことか、わかるね?」
丸いコブの出っ張った、小さな背中をさらに小さく丸めて、ピーターは、ただ、ただ、涙を流して、嗚咽を堪えて、人形を抱きしめている。
「それ、でも、お、おれ、はっ」
生きていて欲しかった
口に出したくても出せない言葉を飲み込んで、ピーターはくしゃくしゃになった顔で、セインを見上げた。
涙でゆがんで見える不思議な青年は、何故かピーター自身よりも、泣いているように思えた。
「君が、生きていて欲しかったのは、三年前に亡くなったゼルダお嬢様?それとも、今、その腕の中にある、人形のゼルダお嬢様かい?」
残酷な質問だった。
ピーターは泣くのも忘れて、小さな瞳を大きく開いて、青年の顔を見つめた。
今の今まで、ゼルダはゼルダだと、二つの魂を別々になど、考えたこともなかった。
あの、可愛らしく、村中の皆に愛された少女と、自分がこの手で作った、作り物の少女。
それでも、少女は、ピーターの中でたった一人の存在なのだ。
選べるはずもない。
「ピーター?」
か細い、自分の知っている少女とは違うトーンの声がして、首を動かせば、金色の、ふわふわした、綿菓子みたいな髪をした、青い瞳の少女が目に映る。
ゼルダの様に、自分を気味悪がりもせずに、優しく接してくれた少女。
そういえば、ゼルダは、この少女に、なんと言っていたただろうか。
「お、とも、だち・・・」
「え?」
ぽつりと、ピーターが呟いた。
「キャ、キャル、さま」
唐突に名前を呼ばれて、キャルはあわてて、ピーターの下へ駆け寄った。
「何?」
「ゼルダお、嬢、様の、お、お、おとも、だち、に・・・」
動かない人形の髪を、いとおしそうに撫でながら、ピーターが呟いた。
キャルに向かって頼み込むというよりは、ただ単に、ゼルダの人形に向かって語りかけるような、そんな口調だ。
「大丈夫よ。私は、一緒に此処に住んではあげられないけれど、お友達になら、なれると思うわ。私、ゼルダにずっと、そう言っていたのよ?」
そうキャルが笑って答えれば、ピーターも、うっすらと笑う。
「キャルさ、ま、なら、きっと、良いお友、だちに、なって、下さる」
ぎゅっと、ゼルダを抱きしめて、ピーターはセインを見上げた。
「お、おれ、が、今、い、生きていて、欲しい、のは、ここに、いる、お嬢、様、です」
しっかりと告げて、人形の閉じた瞳をなで、髪をなで、ピーターは、カチャリと人形をソファに寝かせた。
「そうか。それなら、もう一度、奇跡は起こるかも、しれないね?」
セインは、見上げるピーターに微笑むと、ぐらりとくず折れた。
「セイン!」
慌てるキャルを手の平で制して、荒く息をつく。
傷口からは、赤い血が、まだ染み出しているようだった。
「大丈夫。僕には君がいるからね」
血で染まった手で、キャルに触れないように、腕でキャルを引き寄せる。
「意味が分からないわ」
本当に分からないのだろうか、きょとんと返されて、セインは苦笑した。
「それより、血を止めないと!」
カバンからありったけの包帯を引っ張り出して、セインをぐるぐるに巻いていく。
ひととおり作業を終えてみれば、床の上に座り込んだまま、セインはソファに寄りかかって眠ってしまっていた。よほど堪えているのだろう。
ピーターはピーターで、ゼルダの背中をかぱりと開けて、カリカリと、何か作業をしていた。
「また、動くようになるかしら?」
「オートマタ、ドール、は、得意、なんで、す。だか、ら、だいじょう、ぶ」
でも。
また動いたとして、この人形は、既にただのオートマタドールでしかないのだろう。あの、闊達で、寂しがり屋の可愛らしい少女は、帰ってこない。
「と、とれ、た」
「へ?」
嬉しそうに、ゼルダの体内から真っ赤な歯車を取り出して、ピーターがキャルに掲げてみせる。
「お、お嬢、様、の、心臓、です」
「心臓って」
小さな、赤い歯車は、上質の柘榴石で出来ていた。
「うわ、綺麗」
思わずそう口にしてしまったが、透き通る赤は、血の色に似ている気がした。
「お嬢、さま、の、お友、だちに、持っていて、欲しい、です」
笑顔で言われて、キャルはピーターの意図を汲み取ると、勢いよく頷いてみせる。
「私、大事にする!それで、いつでも身に付けているわ!」
持っていたペンダントに、赤い歯車を通して、首にかけると、ピーターは嬉しそうに手を叩く。
そこで、キャルは唐突に閃いたアイディアに、嬉しくなってピーターの両肩を鷲掴んだ。
「私たち、旅をしているの。探し物の旅!」
それは、とっくの昔に聞いている。だから、この屋敷に留まれないと言っていた気がすると、激しく揺さぶられながら、ピーターは必死になって首を縦に振った。
「さ、探し、もの、な、なんで、すか?」
「人に言うのは恥ずかしいからあんまり言わないのだけれど」
ようやくピーターを解放して、キャルは顎をつまんで考え込む。
「ピーターになら、話しても良いわ」
にんまりと笑った。
「大変、そう、です」
その顔を見て、いろいろと心配になったピーターだった。
そんなピーターにはお構い無しで、キャルは誰がいるわけでもないのに、きょろきょろと辺りを見回す。
「エルドラドって、知ってる?」
ひっそりと、声を小さくするキャルに、ピーターも釣られて、声を小さくする。
「え、えるどら、ど?」
「そう。エルドラド」
不思議なその響きは、どこか遠い昔に聞いたような気がして、記憶を探る。
「・・・・・エル、ハザンド?」
ようやく思い出してみれば、声に出していた。
名前は微妙に違うけれど、太古の昔にとても栄えた王国が、何処か遠い所にあって、まるで楽園のようだったとか。
この森を抜けた所に、かつてその国と公益をしていた民族があって、それが自分たちのご先祖様だと、昔語りに幼い頃、祖母から聞いたような気がする。
そしてもう一つ。
これも、祖母から聞いた話で、誰もが分かち合って平和に幸せに暮らすことが出来るといわれている、幻の。
その楽園にあやかって、いつしか人々が、その大いなる国の名前を、エルドラドに栄光あれという意味で、エルハザンド、と呼ぶようになった。
そのエルドラド?
そこまで話すと、がっくりとキャルが、盛大に肩を落とした。
「また、違ったのかー」
「へ、へえ。すいま、せん」
「ピーターが謝ることじゃないわよ」
ぺたんと、ゼルダを抱えたままの自分に目線を合わせるように、キャルが床に座り込んだ。
「私たち、エルドラドを探しているの」
それはまだずいぶんと、壮大な。
まさか本気ではないのだろうけれど、その楽園を探してどうするというのか。
「この歯車、エルドラドを見つけたら、そこに埋めてあげる」
「え?」
赤い歯車を見つめながら、キャルが言うので、ピーターは一瞬、聞き違えたように思って、何のことかと聞き返した。
「エルドラドみたいな楽園だったら、ゼルダだって寂しくないと思うわ」
誰もが平等で、誰もが幸福な、美しい場所。
そんな場所なら、寂しがり屋の少女だって、きっと喜ぶだろう。
「う、うそ、でも、うれしい、です」
「嘘じゃないわ。本気よ。私たち、必ずエルドラドに辿り着くんだから!」
そう言って、少女はいたって大真面目で、眠る青年を振り向く。原因は、どうやら、このセインという不思議な青年らしい。
「おとも、だちが、欲しかった、お嬢、さま、です。楽しい、場所で、キャル様、と、いられる、なら、喜ぶ、おもい、ます」
「約束するわ!」
華やかに笑って、キャルが小指を差し出した。
「な、なに?」
「いいから、ピーターも小指出して!」
おどおどと、言われるままに小指を差し出せば、その小指に、少女の細くて小さな指が絡まった。
それを、勢いよく降りながら、キャルが嬉しそうに、なにかの呪文のような言葉をとなえる。
「ゆーびきり、げーんまん!」
指を離すと、真剣な眼差しで、ピーターを覗き込んだ。
「これで、約束成立!」
にかっと笑う。
ゼルダとは違う、可愛らしい笑顔だ。
「この前知り合った、気のいい海賊に教えてもらったの。うんとずっと向こうの、東の果てにある島国では、約束をするときにこうするんだって」
気のいい海賊。
そんなものがいるのか。でも、この少女が言うのだから、いるのだろう。
「約束をやぶると、針を千本飲まされるのよ。それで、地獄に落ちてしまうのですって!だから、必ず約束は守りますっていう、制約みたいなものね」
「それ、タカに教わったの?」
「ううん、ギャンガルド」
「・・・タカじゃなきゃ、ラゾワかと思ったけど、そんな物騒な話を君にするのは、やっぱりギャンガルドか」
気がつけば、眠ってしまっていた青年が、目を開けていた。
海賊とは、まさかキャプテンギャンガルドのことだろうか。気のいい海賊なんて、言っていられる相手ではないと思うのだけれど。
「あ、あの、怪我」
「ん。もう、大丈夫」
包帯にも血が滲んでいたし、顔色だって、ずいぶん悪いのだけれど、先程よりは、赤みが出てきたように見える。
それでも、大丈夫といえるレベルではないはずなのに、青年は笑って答えてくれる。
自分より若いように見えるのに、なんというのか。
「人が悪いわね。いつから起きてたのよ」
「酷いなあ。指きり拳万のところからだよ」
たしかに、あれだけうるさくしていたら、起きてしまって当然かもしれない。
「あれ?その歯車」
目ざとく、キャルのペンダントに加わった、ゼルダの赤い歯車を見つけて、セインが指をさした。
「もらったのよ」
「ゼルダの?」
「な、なんで分かるのよ?」
「うん。なんとなく。ああ。それで、指きり拳万?ありがとうね、ピーター」
「だから、何で分かるのよ!」
「いやあ、だって、なんとなく。ピーターからゼルダの歯車もらって、エルドラドにもってって、ついでに埋めちゃったりなんかするんだって約束しての、指きり拳万かなーってくらいの予想はつくよ?」
普通、予想がついてもそこまでぴたりと当たらないのじゃないかと、ピーターはこっそり思う。
「ホントは、起きていたのじゃないの?」
「?どこからさ?」
本気で尋ね返しているらしいセインに、キャルは真っ赤になって怒鳴った。
「今回ばっかりは言わないでおこうと思ったけど、やっぱり言わせてもらうわ!」
「え?」
後ずさって、セインが反射的に身構えるのも待たずに。
いつものアレが炸裂した。
「セインなんか、引っこ抜くんじゃなかったわ!!!」
「ひ、ひどいよ!」
涙目になって訴えるセインだが、わき腹も痛いといえば痛いらしく、結局いつものように長身を丸めて、涙にくれるのだった。