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HEAVEN!ヘヴン!HEAVEN! 2  作者: coconeko
17/31

浸透する病

「あ、ご、ごめんね?」

 ぽかんと口を開けて、二人のやり取りを見ているピーターに気がついて、セインが彼に謝った。

「い、いえ」

 ふるふると首を振って応えてくれたが、驚かせてしまったようである。

「セインが謝ることないわ!売り飛ばされた上に、こんな怪我までしてるんだから」

 その怪我を叩いたのは誰ですか。

 喉まで出かかったが、ぐっと堪えた。

「すみ、ませ、ん」

 ぺこりと、頭を下げるピーターに、セインは笑って見せた。

「大丈夫。僕なら、これくらいの怪我は、なんとかなるから」

 聖剣の姿に戻れば、傷の治りは早くなる。

 聖剣とセインは一心同体で、セインが鞘であると同時に、剣はセインの受け皿になる。

 昔は持ち主が戦場で振るうときに、セインロズドの姿を取っていたが、今ではもっぱら、宿代を浮かせるために使っている。

 たまーに、大怪我したりするときもあるが、平和なものである。

「お茶、淹れようか?」

 セインが、暖炉にかけられたポットに気がつく。

 お湯が沸きだして、水蒸気が注ぎ口から立ち上っていた。

「俺が、用、意、します」

 暖炉の上に、交差して二本の剣が飾られており、その前にいくつかの写真立てと共に、お茶の缶が綺麗に並べられている。その中から、ピーターが適当なものを選び、細かい細工の綺麗な食器棚の中から、ティーセットを取り出して、手際よく紅茶を淹れてゆく。

 ほどなく、いい香りが室内を埋め尽くし、カップに紅い液体が注がれた。

「おいしい!」

「よ、よか、った、です」

 ピーターが、嬉しそうに目を細めた。

「さ、落ち着いたところで」

 水を指すような感じで、心持ち気はひけたが、聞いておかなければならないことが、沢山ありすぎた。

「どこから聞いたものか。僕も正直分からないのだけれど」

 まずは。

「あの、メイドたちのことだけれど」

 その一言で、ピーターから笑顔が消えた。

「彼女達は、人ではないようだったけれど?」

 セインの質問に、ピーターは頷いて返した。

「あ、あれ、らは、オート、マタドー、ル、です」

「オートマタドール?」

 キャルが首をかしげた。

「自動人形、もしくはからくり人形のことだよ」

「そうで、す。よ、良く、ご存知、で」

「話に聞いた事があるからね」

 機械仕掛けの人形は、戦場で使われた。

 痛みを感じず、ただ突き進む人形は、格好の道具だった。

 ただ、それらは脆くもあり、兵の水増しに使われる事が大多数であった。

「あんなに、性能の良いオートマタドールは、見た事がない」

 腕も足も、首さえも切り離したところで、動くことをやめようとはしなかった。セインが見てきたどのドールよりも、良くできていた。

「卓越した技術がないと、あんなにしつこく稼動する人形は作れない」

 そして何より、あの外見だ。

「まるで、生きているようだった。腕や体を見なければ、オートマタドールだとは気がつかなかったよ」

 同じ顔の、同じ格好をしたメイドたちに疑問は抱いたが、一瞬人形だとは思いつかなかった。それほどリアルに良く出来ていた。

「あれを作ったのは誰?」

「それ、は・・・」

 下を向いてしまったピーターに、セインは懐から、あるものを取り出した。

「森の中の廃屋で、見つけたものなんだけど」

 テーブルの上に、ことりと置いた。

 綺麗な、長い指。整った筋が通った甲。

「これを作ったのは、きこりだね?」

 壊れかけた空き家で見つけた、手を模した細工物は、一つ一つの関節が、稼動できるように作られた、極めて緻密なものだった。

 森の中で、かつて生活していた住人達。

 彼らは、あらゆる物を、森からの恵みで作り出す。家や家具、装飾品から衣類まで。

 この緻密な細工物も、彼らなら、作ることができたはずだ。

「そう、です。きこりが、作った、の、です」

 きこりがオートマタドールを作るのなら、あの大量のメイド達を作ったのは、捨てられた森を離れずに残った、彼らの生き残り。

「・・・そのきこりは、君なんだね?」

 しばしの沈黙の後に、ピーターが、ゆっくりと頷いた。

「その、手、も、俺、作り、ました」

「じゃあ、あの家は、君の家だったのか」

 細かな作業道具。壁一面の彫刻刃。

 きちんと整頓されていた、朽ちかけた家の内部を思い出す。

 ピーターの家だったといわれれば、確かに彼らしい、朴訥で、それでも整然とした部屋だった。

「なぜ、メイドの人形を?」

「屋敷、は、広い、です。お嬢、様、の、お世話、ひ、一人、では、無理だった、から」

 はじめは、掃除の手伝いをしてくれる人形を。次に、料理をしてくれる人形を。

 一人でまかなえない部分を、まかなうために、人形達を増やしていった。

「でも、おかしいわ」

 キャルが、不機嫌に眉根を寄せる。

「私、このお屋敷で、あのメイドたちを見たのは、今日が初めてだった。それまで、この屋敷にメイドがいるなんて、気がつきもしなかったわ」

 誰もいない調理場と洗い場。使用人部屋さえ、もぬけの殻で、ピーターが一人で全てをこなしているのかと、感心したりもしたが、気味悪く思ったことも事実だ。

「それ、は」

 言いよどむピーターの代わりに、セインが言い切った。

「ゼルダ、だね?」

 びくり、と、ピーターの肩が震える。

「彼女に、オートマタドールを、見られたくなかったんだろう?」

 セインの言葉に、自分の膝の上に置かれたピーターの拳が、ぎゅうっと握りこまれる。

「大方、夕方から朝方にあれらを動かして、彼女には気づかれないようにしていたんじゃないのかい?」

 その問いに、ピーターは沈黙で返した。

「流行り病は大変だったらしいね?君は、大丈夫だった?」

 はっと、小さなピーターの目が、見開かれた。

「僕を、森のそばの村に売り飛ばしたのは失敗だったね。あの村で、僕はゼルダの葬儀に出席したという人に、会っているんだ」

 静かな瞳で、セインはピーターを見つめる。

「ゼルダの葬儀って、どういうこと?その村の人、おかしいんじゃないの?ゼルダは生きているわ。生きているのに、お葬式をしたっていうの?」

 キャルが怒鳴った。

「どういうことよ!セイン!」

「キャル」

 胸倉を掴みかかられたまま、セインはずれた眼鏡も直さずに、寂しそうに笑った。

「もう、分かっているんでしょ?」

 その言葉に、全身から脱力して、キャルは椅子に、どっと寄りかかって座り込んだ。

「不幸なことに、過去、この辺りで流行り病があった。村人が何人もなくなった。領主であるゼルダの両親が手をつくしたけれど、その猛威は、彼らの娘にまで及だ」

 大人でさえ命を落とす。

 小さな子供には、ひとたまりもなかっただろう。


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