浸透する病
「あ、ご、ごめんね?」
ぽかんと口を開けて、二人のやり取りを見ているピーターに気がついて、セインが彼に謝った。
「い、いえ」
ふるふると首を振って応えてくれたが、驚かせてしまったようである。
「セインが謝ることないわ!売り飛ばされた上に、こんな怪我までしてるんだから」
その怪我を叩いたのは誰ですか。
喉まで出かかったが、ぐっと堪えた。
「すみ、ませ、ん」
ぺこりと、頭を下げるピーターに、セインは笑って見せた。
「大丈夫。僕なら、これくらいの怪我は、なんとかなるから」
聖剣の姿に戻れば、傷の治りは早くなる。
聖剣とセインは一心同体で、セインが鞘であると同時に、剣はセインの受け皿になる。
昔は持ち主が戦場で振るうときに、セインロズドの姿を取っていたが、今ではもっぱら、宿代を浮かせるために使っている。
たまーに、大怪我したりするときもあるが、平和なものである。
「お茶、淹れようか?」
セインが、暖炉にかけられたポットに気がつく。
お湯が沸きだして、水蒸気が注ぎ口から立ち上っていた。
「俺が、用、意、します」
暖炉の上に、交差して二本の剣が飾られており、その前にいくつかの写真立てと共に、お茶の缶が綺麗に並べられている。その中から、ピーターが適当なものを選び、細かい細工の綺麗な食器棚の中から、ティーセットを取り出して、手際よく紅茶を淹れてゆく。
ほどなく、いい香りが室内を埋め尽くし、カップに紅い液体が注がれた。
「おいしい!」
「よ、よか、った、です」
ピーターが、嬉しそうに目を細めた。
「さ、落ち着いたところで」
水を指すような感じで、心持ち気はひけたが、聞いておかなければならないことが、沢山ありすぎた。
「どこから聞いたものか。僕も正直分からないのだけれど」
まずは。
「あの、メイドたちのことだけれど」
その一言で、ピーターから笑顔が消えた。
「彼女達は、人ではないようだったけれど?」
セインの質問に、ピーターは頷いて返した。
「あ、あれ、らは、オート、マタドー、ル、です」
「オートマタドール?」
キャルが首をかしげた。
「自動人形、もしくはからくり人形のことだよ」
「そうで、す。よ、良く、ご存知、で」
「話に聞いた事があるからね」
機械仕掛けの人形は、戦場で使われた。
痛みを感じず、ただ突き進む人形は、格好の道具だった。
ただ、それらは脆くもあり、兵の水増しに使われる事が大多数であった。
「あんなに、性能の良いオートマタドールは、見た事がない」
腕も足も、首さえも切り離したところで、動くことをやめようとはしなかった。セインが見てきたどのドールよりも、良くできていた。
「卓越した技術がないと、あんなにしつこく稼動する人形は作れない」
そして何より、あの外見だ。
「まるで、生きているようだった。腕や体を見なければ、オートマタドールだとは気がつかなかったよ」
同じ顔の、同じ格好をしたメイドたちに疑問は抱いたが、一瞬人形だとは思いつかなかった。それほどリアルに良く出来ていた。
「あれを作ったのは誰?」
「それ、は・・・」
下を向いてしまったピーターに、セインは懐から、あるものを取り出した。
「森の中の廃屋で、見つけたものなんだけど」
テーブルの上に、ことりと置いた。
綺麗な、長い指。整った筋が通った甲。
「これを作ったのは、きこりだね?」
壊れかけた空き家で見つけた、手を模した細工物は、一つ一つの関節が、稼動できるように作られた、極めて緻密なものだった。
森の中で、かつて生活していた住人達。
彼らは、あらゆる物を、森からの恵みで作り出す。家や家具、装飾品から衣類まで。
この緻密な細工物も、彼らなら、作ることができたはずだ。
「そう、です。きこりが、作った、の、です」
きこりがオートマタドールを作るのなら、あの大量のメイド達を作ったのは、捨てられた森を離れずに残った、彼らの生き残り。
「・・・そのきこりは、君なんだね?」
しばしの沈黙の後に、ピーターが、ゆっくりと頷いた。
「その、手、も、俺、作り、ました」
「じゃあ、あの家は、君の家だったのか」
細かな作業道具。壁一面の彫刻刃。
きちんと整頓されていた、朽ちかけた家の内部を思い出す。
ピーターの家だったといわれれば、確かに彼らしい、朴訥で、それでも整然とした部屋だった。
「なぜ、メイドの人形を?」
「屋敷、は、広い、です。お嬢、様、の、お世話、ひ、一人、では、無理だった、から」
はじめは、掃除の手伝いをしてくれる人形を。次に、料理をしてくれる人形を。
一人でまかなえない部分を、まかなうために、人形達を増やしていった。
「でも、おかしいわ」
キャルが、不機嫌に眉根を寄せる。
「私、このお屋敷で、あのメイドたちを見たのは、今日が初めてだった。それまで、この屋敷にメイドがいるなんて、気がつきもしなかったわ」
誰もいない調理場と洗い場。使用人部屋さえ、もぬけの殻で、ピーターが一人で全てをこなしているのかと、感心したりもしたが、気味悪く思ったことも事実だ。
「それ、は」
言いよどむピーターの代わりに、セインが言い切った。
「ゼルダ、だね?」
びくり、と、ピーターの肩が震える。
「彼女に、オートマタドールを、見られたくなかったんだろう?」
セインの言葉に、自分の膝の上に置かれたピーターの拳が、ぎゅうっと握りこまれる。
「大方、夕方から朝方にあれらを動かして、彼女には気づかれないようにしていたんじゃないのかい?」
その問いに、ピーターは沈黙で返した。
「流行り病は大変だったらしいね?君は、大丈夫だった?」
はっと、小さなピーターの目が、見開かれた。
「僕を、森のそばの村に売り飛ばしたのは失敗だったね。あの村で、僕はゼルダの葬儀に出席したという人に、会っているんだ」
静かな瞳で、セインはピーターを見つめる。
「ゼルダの葬儀って、どういうこと?その村の人、おかしいんじゃないの?ゼルダは生きているわ。生きているのに、お葬式をしたっていうの?」
キャルが怒鳴った。
「どういうことよ!セイン!」
「キャル」
胸倉を掴みかかられたまま、セインはずれた眼鏡も直さずに、寂しそうに笑った。
「もう、分かっているんでしょ?」
その言葉に、全身から脱力して、キャルは椅子に、どっと寄りかかって座り込んだ。
「不幸なことに、過去、この辺りで流行り病があった。村人が何人もなくなった。領主であるゼルダの両親が手をつくしたけれど、その猛威は、彼らの娘にまで及だ」
大人でさえ命を落とす。
小さな子供には、ひとたまりもなかっただろう。