腰を据えても据わらない
「こ、こち、らの、部屋へ」
ピーターに案内されて、屋敷の奥へと進んでみれば、小さな部屋に通された。
ピーターが扉を開け、中に入るように促す。
「うわあ、これまた何て言うか」
玄関のそばの、中央階段の左側にある、少々大きめの部屋。そこは応接室であるようだったが、豪奢なゴブラン織りの椅子もソファも、猫足のテーブルにチェストも、全て少女趣味にピンク色で統一されていた。
屋敷の玄関よりも、自分がこの雰囲気に合わない、というよりも似合わなさ過ぎる気がして、何でもないのに怖気づく。
「あんたがこのお屋敷にそぐわないのは分かりきってることじゃない」
背中をキャルに押されて、よろよろと室内に踏み入った。
毛足の長い絨毯はふかふかで、踏んでしまうのがもったいないように思われた。おまけに、柄が繊細な蝶の飛び交うゴシックなもので、自分のごつい足と見比べてしまう。
「セインは図体がでっかいんだから、扉の前で立ち止まらないでよ」
「い、いやあ。なんだか気がひけちゃって」
「とにかく早く入って、扉を閉めちゃって」
そうだ。この屋敷の中には、ゼルダも、機械仕掛けのメイドたちもいるのだ。
「ごめん」
キャルを中に入れると、セインはあわてて扉を閉めて、ピーターがいるソファにキャルを促し、自分も席に着いた。
部屋の中には暖炉が焚かれ、室内はほどよく暖かかった。
二人が座ったことを確認すると、この部屋で待っていてください、そう言い残して、ピーターは部屋を出て行ってしまった。
少々遅い帰りに、キャルが機嫌を損ね始めた頃、扉がノックされた。
「お、おれ、です。入っても、い、良いで、すか?」
セインが、すぐに扉を開けてやると、そんなことをされた事がなかったのだろう、驚いて硬直してしまった。
その手には、薬箱が抱えられている。
「あはは。驚いた?」
「と、扉、を、開け、るのは、使、用人、の、しご、と、です」
「うん。でも、多分大変かなって思って」
ひょい、と、ピーターの持って来た薬箱を、セインが取り上げた。
「これ、ありがとう」
にっこりと微笑むセインに、ピーターがポカンと口を開けて、また固まってしまった。
「ピーター?」
キャルが彼の目の前で手を大きく振ってやると、我に返って、小さくてつぶらな目をしばたたかせた。
「どうかしたの?」
「い、いえ。その」
心なしか顔が赤いのは気のせいか?
「・・・セインって、やっぱり女顔なのかしら?」
「キャキャキャ、キャロットさん?」
そういえば、ついこの前も、まぬけな海賊に女性と間違えられてトラブルの元になったような。
「まあ、どうでも良いわ」
「どうでも良いんですか」
「だって、あたしに実害はないもの」
きっぱり言い切るキャルに、いつものことだが、セインは悲しくなった。
「これでも僕、長い人生送ってるけど、女性に間違えられるなんて、なかったよ?」
「まあ、時代が変わったからじゃない?」
全てそれで説明がつくわけでもなければ理由にもなっていないのだが、キャルはそこでその話を打ち切ってしまった。
長い長い、桁外れな人生の中で、ここまで猛烈に、今、すぐに、鏡が見たいと思ったことはないセインだった。
「いいから、手当てしましょ」
ぶつぶつとモンクを並び立てていても仕方がなく、腕を引っぱられるままにソファに再び座りなおして、キャルに傷の手当てを任せる。
「キ、キャロット、様、お、おれ、が、やりま、す」
こういう事も使用人の仕事とばかり、ピーターが慌てふためくので、キャルは彼を睨みつけると、無言で椅子に座らせた。
壁際に置かれた小さな猫足の椅子が、ピーターの専用であるらしく、彼はその椅子を大人しく二人の向かい側のソファの端に持って来て、そこに腰掛けたのだった。
「なんでソファに座らないの?」
キャルが聞けば、ピーターは首をかしげて、不思議そうな顔をした。
「し、使用、人、で、すか、ら」
「ふうん」
納得したのかしないのか、キャルはそう言って、そのままじいっと、ピーターから目を逸らさない。
「あ、あの?」
「んー?何から聞いたらいいのかなーって思って考えてるだけだから、気にしないで?」
にっこりと微笑んだが、ピーターは戸惑っているようだ。
「キャル、それじゃあ、ピーターが落ちつかないよ」
「セインは黙ってて」
止めていた手をまた動かして、くるくると、器用にセインの腕に包帯を巻いてゆく。
「やっぱり、セインロズドになっちゃえば早いんだけど」
「さっきも言ったけど、セインがその姿になったら、誰がカバンとセインロズドの両方を一緒くたに運ぶのよ」
「分かってますよ。だから大人しくしてるでしょう?」
なんだか、キャルの機嫌はどんどん悪くなる。
「・・・・・・何かした?僕」
顔を覗き込むセインの腕の包帯を、わざとぎゅうううっときつく縛ってやれば、声にならない悲鳴をセインが上げた。
すぐさま緩めて、今度はきちんと結んでやる。
「冗談よ。治療おわり」
ぱたん、と、薬箱の蓋を閉じれば、セインが包帯の上から傷口をさすっていた。
目には涙を浮かべて。
「ヤワだわね」
「うう、ひどいよう」
キャルの不機嫌さは、どうやら自分の怪我にあるらしいので、セインは眉間をハの字にした。
「まだ、ゼルダに謝ってもらってない」
「キャル?」
「セイン傷つけて、化け物呼ばわりして、謝ってもらってない」
「や、でも、僕なら大丈夫だし?」
そう言ってみれば、包帯の上から傷口を叩かれる。
「!!!!」
再び、声にならない悲鳴を上げて、セインはついに、だーっと泣き出した。
「どうして僕に八つ当たりするの?」
「大丈夫なんかじゃないくせに、大丈夫そうなフリをするからよ」
「だからって・・・」
優しいのか厳しいのか。
照れ隠しの一旦なのだろうとは思うが、怪我人はもっと労わろう。
そう思ってみても、相手がキャルなので、大人しく身を縮ませて、これ以上の被害が届かないように、長身をできるだけ小さくするのだった。