落ち着く一歩手前
「図星?」
「ううう、うるさいわね!」
ごいん
「うはあ!」
先ほど蹴られた脛を、今度は殴られる。
「あんたも少しは学習能力ってモノを身に着けといたほうがいいわよ?」
にーっこりと笑うキャルに、セインは痛みに口も利けず、うるうると大粒の涙をこぼした。
「とりあえず、その血だらけの腕だけでも、なんとかしなさいよ」
いまだに流血の治まらない腕を、キャルがカバンから包帯を取り出し、上腕部を締め上げて止血する。
「逃げ出すにしたって、あんたの腕の治療しなきゃ、逃げ出すに逃げ出せないでしょ」
「いやあ、一回セインロズドになれば楽にはなるんだけど」
そう言いながら、セインはそのセインロズドを、自分の左手に突き刺し、ずぶずぶと体内に納めてゆく。
再び血液が滴り落ちるが、剣が全て見えなくなってしまえば、セインロズドを突き刺した傷跡はどこにも見られなくなってしまう。
「あんたがセインロズドだけになっちゃったら、誰があの剣を運ぶのよ」
「あはは。重いもんねー、僕」
「少しはダイエットしてよね」
「・・・それは無理だよ」
「分かってるけど言ってみただけよ・・・って、あれ?」
セインは剣であり人である。
その意味を如実に現した光景に、ピーターが身動きをとれずにいることに、ようやくキャルが気がついた。
「あー」
ぽりぽりと、セインが頭をかいた。
「驚かせるつもりは無かったんだけど?」
「気にしなくていいわよピーター?セインの特技だから。アレ」
「特技って・・・」
なんとなく眼鏡のズレを直すセインだったが、泣きそうだったのは気のせいではないだろう。
「あんた、そ、れ?」
小さな目を見開いて、陸に上がった魚みたいに口をパクパクとさせながら、セインを指差す。
そういった扱いには慣れているものの、うっかりしていたために、どう言い訳したらよいのか。キャルはあわてて、セインの前に飛び出した。
「え、えっとね?言ったでしょ?セインは剣でもあるって。つまりはこういうことで、でもその、あの」
一度は勢いで、特技だから気にするなとは言ったものの、普通、常人がそれで納得するはずも無い。
「僕の話もするし、ピーター、あなたの話も聞きたいから、中に入っても?」
あわてるキャルの頭に、ぽんと手を置いて黙らせると、セインはピーターに結論を促した。
「キャ、ロット、様が言って、いた、のはこういう、こと、で、すか」
「へ?」
いきなり名前を出されて、キャロットが頭の上に乗せられた手をどけようと躍起になりながら、変な声を出した。
「ほ、ほら、剣でも、人、でも、どっちでも、せ、セインは、セイン、だって」
確かに、そんなことを言った気はする。
「キャル、それ、説明になってないよ」
「間違ってはいないわよ」
確かに間違ってはいないが説明不足過ぎる。
「と、とに、かく、中、へ。話、は、それから、で」
気がついたように、ピーターが二人を屋敷内へと誘った。
キャルもセインも、ピーターの後について屋敷の玄関へ、再び足を踏み入れた。
屋敷の中は、相も変わらず少女趣味で、フリルとレースに飾られ、シャンデリアの蝋燭や、ランプに照らされて、さらに雰囲気が醸し出されているものだから、セインはまたもや、いたたまれなくなってしまう。
が。
今度はピーターがいるからか、室内で浮いているのは自分だけじゃないと思えて、なんとなく安堵してみた。
「えーっと」
ピーターだって男なのだし、きっとこの屋敷の内装には似合わないに違いないと思ったのだが。
長年、彼はこの屋敷に暮らしているせいなのか、はたまた着ている服が、どこかしらゼルダに合わせてヒラヒラしているせいなのか。
「な、にか?」
自分を見つめるセインに、ピーターは首をかしげた。
「い、いやあ、馴染んじゃってるなーって思っただけだから」
お世辞にも美形とも言えず、骨格も背が曲がってこぶができ、歯も欠けているのか口の形も上下が合っていないピーターだが。なにより、彼は男で、とてもこのパステルカラーのぴらぴらのゴテゴテの、花園みたいな屋敷の内装に、似合わないはずなのだが。
違和感がないのである。
「そ、りゃ、ここに、暮らして、二、十、年近、く、なりま、す、から、馴染み、ます」
恐ろしきかな、時の流れというものは。
「僕だけ浮いてる?」
結局、明るくて暖かい屋敷内に、落ち着いて入れたものの、自分だけがそぐわない事実に、早くも屋敷から出て行きたくなるセインだった。
ずいぶんお待たせしました。そのわりに短い上に、話が進んでおりません。申し訳ありません。仕事の都合でなかなか手が回らず、執筆が遅くなっております。大変申し訳ありませんが、なるべく早く書き上げるよう努力しますので、ご了承していただけると幸いです。力量不足で本当に申し訳ないです。