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HEAVEN!ヘヴン!HEAVEN! 2  作者: coconeko
14/31

戦い微妙で日が暮れて

 ゆっくりと、ゼルダが後退する。

 黒い大きな瞳を見開き、ふるふると首を振って、今にも泣き出しそうだ。

 裏庭でキャルを襲い、先ほどまでセインの腕をナイフで突き刺していたとは思えない、出会った頃の、愛らしい少女そのものだった。

「わ、私・・・!」

 混乱しているのか、両手で自分の顔を覆って、ゼルダはその場にぺたりと座り込む。

「赤い、ち。血?ち?血って、何?わたし、ちが、ない?ピーター?ピーターにも、赤い、血が?」

 彼女の混乱に共鳴しているのか、機械仕掛けのメイドたちまでが、カタカタと震え始める。

「キャル、今のうちに!」

 くい、と、セインがキャルの腕を引っぱった。

 しかし。

「だめ」

 キャルは、ゼルダを見つめたまま、動こうとしない。

「でも、今なら逃げられるよ?」

 セインが、キャルの顔を覗き込む。

「ゼルダと、お風呂に入ったわ」

 唐突な言葉に、セインは首を傾げた。

「あの子、綺麗な体で、体のどこにも継ぎ目なんかなかった」

「キャル・・・」

 泣きそうになりながら、キャルはなおも言い募る。

「同じベッドで一緒に寝たの」

「・・・うん」

「あったかくて、いいにおいがしたのよ」

「・・・・」

「ゼルダは、人ではないの?」

 こちらを見もせず、カバンを開け、銃のマガジンを交換する。

 そんな風に冷静な作業をしながら、キャルの表情は無表情だった。

「・・・まったく」

 ふう、と、セインは溜め息をつく。

「な、なによ!」

「何でもないですよー」

 振り向いて食ってかかって来たキャルの瞳は大きく揺らいでいて、大粒の涙が今にもこぼれそうだ。

 泣きたきゃ、泣いてしまえば良いのに。

 そうは思っても、キャルが必死で堪えた涙だ。その努力は無駄にしたくない。

「正確に言えば、今の彼女は生きていない、ということだね」

「どういうこと?」

 人か人でないか、その質問に、セインは少々ずれた返答をした。

「この近くに村があってね。そこで、この森に住んでいた領主の娘は、三年前に流行り病で亡くなったのに、最近になって、元の姿のまま生き返ったらしい、なんていう、馬鹿げた話を聞いたんだ」

 セインは、自分が売られた骨董屋の村で聞いた話を語った。

「それって・・・」

 驚いたキャルに、セインはこくりと頷いてみせる。

「領主の娘の名はゼルダ。当時七歳だったそうだよ」

「じゃあ、あのゼルダはいったい誰?なんなの?!」

 セインにすがりつくキャルの疑問に答えたのは、セインではなく、別の方向からの怒鳴り声だった。

「違う!!!」

 振り向けば、屋敷の玄関先に、駱駝のようなコブのある、背中の曲がった一人の男が立っていた。

「お、お嬢様、は、死んじゃいねえ!」

「ピ・・・」

 男の名を呼ぼうとしたキャルの脇を、小さな影が横切った。

「ピーター!」

 ゼルダが、両手を広げてピーターにすがりつく。

「お嬢、さま。恐、い、思い、しなすった、だか?申し訳、ねえ、です」

 えんえんと泣きじゃくるゼルダの頭を、ごつごつした手の平で、優しく撫でる。

「君が、ピーター?」

 セインの問いかけに、ピーターがセインを見上げた。

「お、おれ、ピーター、です」

 意外にも、彼は怒るでもなく、静かに頷いた。

「君と、少し、話をしたいんだ。いいかな?」

 それにも、ゆっくりと頷くと、ピーターは泣きじゃくるゼルダに合わせてしゃがみ、少女の腕を取る。

「ああ、やっぱり、傷だ、らけ、で、ねえですか」

「ご、ごめ、なさい」

「あやまる、こと、ない、です。後で、おれが、なお、して、差し上げ、ます、から、お屋、敷、入ってて、くだ、さい」

 彼のゼルダを見つめる瞳は、本当に優しく、純粋で、どれだけゼルダを大事にしているのか、推し量るまでもなかった。

「ピーター、あなた、バケモノじゃないわよね?私と、おんなじなんでしょう?」

「お、おれ、の、どこが、バケモ、ノ、ですか?お、お、お嬢、様、が、いち、番分かって、る、でしょう?」

 微笑むピーターに、ゼルダは拗ねたように、ぷっくりと頬を膨らませた。

「だって・・・」

「ほら、お嬢さ、ま。夜は、冷え、ます。お屋敷、に、お入り、くださ、い」

「分かったわ。ピーターがバケモノなわけないわ。キャルが間違っているのよ。安心したら、お腹が空いちゃった!」

 ぱっとピーターから離れると、屋敷の中へパタパタと走って行ってしまった。

 嬉しそうに笑うゼルダは、出会ったときの彼女そのものに見えた。

 ぽかんと、様子を見ていたキャルとセインに、ピーターはゆっくりと頭を下げると、屋敷の中を指し示す。

「も、森、の、夜は冷え、ます。ど、ぞ、中、へ」

 かさかさと背後から音がして振り向けば、半壊したメイド人形達が、一斉に後退してゆく。

「あいつ、らに、手、出し、させね、え、で、す、から。安心、してく、ださい」

 キャルとセインは顔を見合わせた。

「大丈夫かしら」

「多分ね」

 セインが、へらり、と笑う。

 がいん!

「うはあ!」

 セインが飛び上がった。

 足の脛を、キャルが思い切り蹴り飛ばしたからだ。

「それが怪我人にすることなの?」

 本気で泣きそうなセインだ。

「屋敷に入ったらどうなるのか分かんないのに、へらへらしてるからよ!」

 それだけの理由で脛を蹴られるのは納得がいかないが、そこをセインはぐっと堪えた。

「ピーターっていうんだっけ?彼」

「庭師もやってるらしいわよ」

「ゼルダもメイド人形も、彼の言う事ならよく聞くみたいだし、彼は彼で、とても誠実な人だと思うんだけど。違う?」

 確かに、ピーターは悪人には見えなかったし、どちらかといえば、純朴で、優しい心根の持ち主に思える。

 裏庭でも、なんだかんだで、逃げ道を教えてくれたし、うっかりなのかどうなのかは分からないが、セインを売ったことまで正直に教えてくれた。

「そうね。ピーターが側にいれば、なんとかなるかしらね。聞きたいこともあるし」

「ゼルダとも、仲直りしたいんでしょ?」

 にこにこと、嬉しそうなセインに、キャルは顔を真っ赤にした



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