友達の定義2
唇を噛み締めて、キャルはゼルダを見つめた。
どうしたらいい?
どうしたらセインを助けられる?
どうしたら、元のゼルダに戻ってくれるのだろうか。
ちらりと、キャルはゼルダの体にできた無数の引っ掻き傷を見やった。
薔薇の棘で作られたそれらは、やはり裂けているだけで、血のにじんだ跡さえない。
彼女を元に戻す。
それは、自分の思っているよりも、不可能に近いのかもしれない。
「ねえ、ゼルダ」
「なあに?」
「あなた、痛くはないの?」
「何のこと?」
きょとりと、ゼルダは首を傾げる。
「あなたのその傷よ」
彼女に銃口を向けたまま、セインの腕を貫くナイフを握ったままの腕を、キャルは示す。
「その引っ掻き傷。薔薇の棘で作ったのでしょう?」
そう言われて、初めて気がついたかのように、ゼルダは自分の腕を見た。
引っ掻いたような綺麗な傷と、そのすぐ下には、セインの流す大量の血とが見える。
「なあに?」
セインの顔を、ゼルダが見つめた。
「・・・・え?」
初めて、キャルではなく、セインを見た彼女の顔は、驚いたような、怯えたような。
「この、赤いものは何?」
「・・・・あ、赤いものって・・・」
ぐり、と、ゼルダの腕に、さらに力がこもった。
「ぐ、うっ・・・!」
「こんなもの、知らない!気持ち悪い!」
セインは、既に力の入らなくなってしまった右腕を、左腕で支えて押し戻しながら、バタバタと溢れ落ちる己の血を、顔に浴びなければならなかった。
「バケモノ!」
「ひ、酷いなあ」
笑ってみたいが、実際は口元が引きつっただけだった。
ドン!
キャルが、ゼルダの足元に一発打ち込んだ。
もうそろそろ弾を込めたいところだが、銃弾の入ったカバンはセインの側だ。
「赤い血が、恐いの?」
キャルの言葉に、ゼルダはセインから視線を外し、キャルへと戻した。
「血・・・?」
「そうよ。血よ」
生きていれば、体中に流れていなければならない、命の根源。
「知らない」
「ゼルダ?」
「血なんて、知らないわ!それは何?」
「!」
血を知らないなんて、有り得るのだろうか。キャルは、ごくりとつばを飲んだ。
「血は、血よ?生きていれば必ず体内に流れているものよ」
「どういう事?」
ゼルダの瞳に、動揺が浮かぶ。
「セインの腕から流れているのは、血よ」
「見たことなんてないわ。こんなのが体から出てくるなんて、この人、バケモノなんでしょう?殺さなきゃ!」
「確かに、セインは薄らボケなわりに、バケモノなんて言われそうな特技があるけど、彼はバケモノじゃないわ」
「特技って。しかも薄らボケって・・・」
痛みよりも、キャルの台詞に泣きそうなセインだ。
「あなた、怪我したこと、ないの?」
「怪我?」
「そうよ。たとえば、今のあなたの腕にある、その引っ掻き傷」
ゼルダは、自分の腕を見る。
白い肌に、彫刻刀で削ったような傷跡が、たくさんできている。
「これが、どうしたっていうの?」
「痛くないの?」
「痛い?」
「そうよ。ちりちりしたり、ずきずきしたり。嫌な感触はないの?」
「どうして?これくらいの裂け目なら、ピーターがすぐになおしてくれるわ」
傷ではなく裂け目。痛みもなく、血の出ない体。
「そこの機械メイドと、同じって訳ね・・・」
違うのは見た目。
メイドたちは、服を剥いでしまえば、人形の体が現れる。比べて、ゼルダは全く普通の、生きている人間と変わりがない。
それは、一緒に風呂に入ったときに見ている。
「ピーターに、聞いてみるのが早いかもね」
ゼルダの下から、セインが乾いた笑いを漏らす。
先程よりもゼルダのセインに対する集中力が欠けているのか、セインに幾分余裕が出てきた。
それでも、彼女を突き放すほどまでには行かないが。
切っ先は、まだ眼前にあるままで、跳ね除けようにもゼルダの力は相変わらずだ。
セインロズドはまだ手元にある。
しかし、それでゼルダを傷つけるわけにはいかない。
目線だけ彷徨わせてみれば、自分の右側に、キャルのカバンを見つけた。
「何をもそもそしているの?」
「!」
再び、ゼルダが力を込め始める。
「セインから離れて!」
キャルが怒鳴った。
「どうして?この人、バケモノなんでしょう?バケモノなら、退治しなくちゃ!」
ゼルダが笑いながら言うのと同時に、今まで動かなかったメイドたちが、一斉にセインめがけて押し寄せる。
「セインは化け物じゃない!!!」
キャルの悲鳴に、ゼルダとメイドたちの動きが止まる。
「セインが化け物なら、私だって化け物よ」
キャルが、落ちていた小枝を拾い上げた。
「どうして?このバケモノは、私からキャルを奪おうとする悪い人だわ。腕から赤いものが溢れるなんて、きっとバケモノだからに違いないわ」
「セインは化け物じゃない。単なるトウヘンボクよ」
そう言って、キャルは自分の腕に小枝をつきたてた。
「キャル!」
「何を?!」
セインの悲鳴と、ゼルダの疑問の声とが重なった。
キャルは、自分で自分の腕を突き刺した小枝を、ぽい、と捨てると、痛みに顔をしかめながら、傷口をぺろりと舐めた。
「痛てて。この代償、高くつくからね」
「あうー」
ぎろりと睨まれて、セインはまた泣きそうになった。
いろんな意味で。
「これが、血よ」
赤くにじむ腕を、ゼルダに差し出す。
じわりと、にじんだ血は広がって、やがて一本の筋になって、キャルの腕から滴り落ちた。
「生きているのなら、当たり前に、誰もが持っているものよ」
「どういう、こと?」
「血を持っている人間を、化け物呼ばわりするなら、ピーターも化け物ってことね」
「嘘!ピーターは、バケモノじゃないわ!」
ゼルダが叫んだ拍子に、彼女の手がナイフから離れた。
セインは体を回転させて彼女の下から転がり出ると、カバンをキャルの方へ蹴り飛ばし、自分はそのままセインロズドを杖代わりに立ち上がる。
「あなたの知らない血を持っている私を、あなたはそれでも、友達と言ってくれるのかしら?」
キャルが、ゼルダへ微笑んだ。