パパといっしょに婚約破棄を
「クレア! 貴様との婚約を破棄する! お前のような平民が、高貴な身分の私と一瞬でも婚約出来た事をありがたく思うがいい!」
王立学園の卒業パーティーに、グラマラスなリンダの腰を抱いたディビス第五王子の声が響いた。
標的にされた垢抜けない少女が何も言い返せずにいるのを、周りの生徒たちがクスクスと笑っていると、
「婚約破棄ぃぃぃ!?」
の声が上がった。
父兄の親交を深めるための父兄席からだった。
「クレア! お前はいつの間に婚約してたんだ!」
父兄の間をぬって、黒髪の青年が現れる。
流れる腰までの黒髪を無造作に一つに結んだだけだが、そのさり気なさが容姿を引き立てている。服装はシックな黒で統一しているが、その素材も縫製も一流なのが見て取れた。
女生徒たちがざわつく。
婚約破棄されたクレアが面倒くさそうに答える。
「あー、一年前に国王陛下が決めたんですよ。報告をするのを忘れてました。どうせ婚約破棄されると思って」
「なっ、何でこんな男と! クレアは男の趣味が悪いのか? 悪いんだな?!」
「こんな男なもので、しっかりした嫁が必要だからだそうです」
平民の奨学生のクレアに押し付けられた縁談。無能な第五王子に男爵の身分と小さな領地を与えて、後は優秀な嫁に何とかしてもらおうという魂胆。もちろん、貴族の令嬢にそんな不良債権処理を押し付ける訳にはいかないからだ。
「でも、こんな男がいいという奇特な女性が現れたのですよ。なら、これは婚約破棄されるな、と」
婚約が決まった年に入学してきたリンダに、ディビスは分かりやすく恋に落ちた。
『こんな男』と連呼されたディビスはムカッとするが、自分の横のリンダが青年をうっとりと見ている事の方が大問題だと気づく。
「クレアよ! その男は何者だ」
「私の父です」
あっさりとした返答に会場がどよめく。どう見てもクレアより数歳年上なだけだ。
「父……。お前の母が再婚したのか?」
クレアは、国の端っこの地の農民の母と、他国の商人の父の間に生まれたそうだ。
「いえ、間違いなく生物学上の父です』
「そんな馬鹿な事があるか! 大して歳が変わらないだろう!」
言い合う二人に割り込むように、青年が優しい声で言った。
「クレア、『父』と言うのはやめなさい」
やはり父ではないのか!と、会場中が注目する。
「『パパ』と言いなさい」
一気に脱力する。
「もう『パパ』と呼ぶ歳ではありません」
「パパにはいつまでも可愛いクレアなのにー」
「そんなのはいいから!」
ディビスが痺れを切らせた。
「コホン、申し訳ございません。父は、魔族なのです。こう見えて150歳です」
ええええ?!、と会場がどよめく。魔界に存在して、人間の前に滅多に姿を表さない魔族にこんな所で会えるとは。
「魔族は寿命が長いため、成人後の成長がゆっくりになるのです。ご納得いただけたでしょうか」
「……本当に父親なのか」
「本当にパパでーす! 魔界で魔王やってまーす!」
今度は会場に悲鳴が響き渡った。魔界ナンバーワンの人だ!
(このバカ王子は、魔界のトップの娘を婚約破棄したのか?)
(魔界と交易を開くチャンスだったのに!)
(いや、うちだけでもお近づきに……!)
……などと思った父兄がじわじわと近づいているなんて事は、ディビスは気づかない。
「き、貴様の父は外国の商人だと言っていたではないか!」
「そりゃあ、父親が魔王だなんて言えませんよ。幼い頃は、今は亡き祖父母に『父親について、こう聞かれたらこう返す』という問答集を練習させられました」
「えーっ? パパが魔王だって言って無かったんだー。それで、パパのお金を受け取ってくれないで奨学生になんてなったんだ」
「農民には、王立学園の学費は高額なんですよ。払ったら逆に怪しまれます」
「人族はダイヤモンドが好きって聞いたから、お友達の手土産にそこらへんのダイヤモンドを持って行って、って言ったのに」
「ダイヤモンドは手土産に入りません」
バナナは遠足のおやつに入りますか、みたいな会話をしている二人を
(ああっ、仲良くしておけばダイヤモンドが!)
(いや、今からでも!)
と、じわじわと近づく生徒たち。
ちなみに、魔族には宝石より自分と波長が合う石の方が好まれるので、ダイヤモンドなどの宝石は「磨くと綺麗な石」程度の認識。
特に硬いダイヤモンドは研磨オタクの魔族の心をくすぐり、「魔王〜。こんなのが出来た!」と上手に研磨出来た物を持って来るので否応なく溜まってるのだった。
「でも、奨学生になったり、ダイヤモンドを持って行かないと、お金が無い子だと見下されて辛い思いもしたのだろう?」
「まあ、かなり」
ぎくっ!、と一部の生徒の血の気が引く。
クレアを貧しい平民の子と蔑んでいた者たちだ。
「辛かったのなら、ここを火の海や血の池にしたげるよ?」
近づいていた父兄や生徒たちが、蜘蛛の子を散らしたように離れた。
「いいえ、とても勉強になりました。私は、遠回しに当てこすりを言ったり嫌味を言う人間界より、はっきりものを言う魔界の方が向いていると分かりましたし」
「クレア……」
「卒業したら、私は魔界に行きます」
「クレアー!」
抱きつくパパに反して、ディビスは不満を爆発させる。
「貴様、卒業したら私の妃になりたかったのではないのか?」
「いえ、全然」
(間違いなく魔界向きだ……)
「嬉しいなー。ピアもやっと魔界に引っ越してくれたし、やっと親子三人で住めるね!」
「母さんも魔界に?」
「そう! 20年も通い夫をしてたから、村の人たちが同情してくれて『いい加減に旦那さんの国に行ってあげらっせ』って説得してくれたんだ!」
「魔王が同情されてどうするんです……」
呆れたクレアの呟きなど、上機嫌な魔王には聞こえてない。
「今、ピアは新しい家を片付けているよ。畑も用意したし、ピアの犬も猫も鶏も牛も豚も運んだ! あとはクレアだけだ!」
「私は豚の次ですか……」
もちろんこれも、上機嫌な魔王には聞こえてない。
「でも、本当にいいのですか? 母さんは人族なので、寿命が短いですよ」
「人族の『老化』だな! ちゃんと勉強したぞ! 私は、ピアの髪が白くなっても、シワシワになっても、ウロコが生えても、角が伸びても愛しているぞ!」
「もう一回、勉強し直してください」
「そうそう勉強! 明日からクレアは次期魔王の勉強をしようね!」
(次期魔王?!)
ギャラリーに何度目かの震撼が走る。
「私は『魔界に行く』と言っただけで、魔王になるとは言っていません」
「クレアがならないで誰がなるんだよー。クレアの兄さんたちは、書類を読むくらいなら書類を消し炭にする奴だよ!」
「ああ、確かに……」
50年前に離縁した前妻との間に生まれた三人の息子は、既に成人して好き勝手、いや自由に独立している。たまに会うクレアを毛色の変わった妹と可愛がってくれるが、確かに三分以上は机に向かっていられないだろう。
「たまに現れる『お前を倒して俺が魔王だ!』って人も、魔王譲位手続きの説明を聞くと『面倒くさい』って帰っちゃうし」
「どんだけ事務作業が嫌いなんですか、魔族」
呆れたクレアに付け込むように
「でしょうー? だからクレアが」
そこまで言った時、
「時間ですよぉ〜、魔王様」
の声と共に、魔王の後ろにリンダの1.5倍の胸とお尻を申し訳程度の布で覆ったドレスを纏った美しい女性が現れた。
「もうそんな時間か。待て、もう少し」
「ダメでぇ〜っす」
絶対に離さないと、魔王の腕に絡み付く。
(胸が、当たってる……)
男子生徒の視線が集中する。
彼女は、魔王に絡み付いたままクレアに声をかけた。
「クレアちゃん、卒業おめでとう! パパを連れてくけどごめんね〜」
「いえ、どうせこれから毎日顔を合わせますから」
「クレアってば冷たい!」
「さあ、魔王様ぁ」
魔王の首に腕を回して、魔王の顔を胸に埋めるようにして出口に歩き出す。
(ち、近い!)
(確実に当たってる!)
「クレアぁ〜」
情けない声を残して魔王は去って行った。
(何で嫌そうなんだ?)
(天国ではないか!)
と、男子生徒たちが謎に思っているなど夢にも思わず。
魔王を見送ったディビスが呟く。
「……魔王になると、あんな美人の秘書が付くのか……」
「いえ、あの人は秘書ではなく父を強制的に連れ戻すお目付け役ですよ。父は、目を離すと姿を消してしまうので」
いつの間にか人間界まで遊びに行って結婚して子供まで作っていたと知って、慌ててお目付け役を付けたそうだ。
だが、ディビスは返事を聞いていない。
「いいなぁ……」
「いいんですか? あれが?」
首に腕を回してホールドされて引きずって連れて行かれる事の何が羨ましいのだろう?、と不思議に思うクレア。幼い頃から見慣れた風景だ。
魔族の血を引くクレアには、あの女性が200歳を超えた父の苦手なタイプのオバチャンだと分かるが、人族の青少年にはスキンシップが激しいセクシーダイナマイトなお姉さんにしか見えない事をクレアは知らない。
ディビス様は理解できない、とつくづく思うクレアに、ディビスはさらに続けた。
「クレア。お前とまた婚約して俺様が魔王になってやろう!」
「はぁ? たった今、婚約破棄しましたよね」
「仕方がないから許してやる」
「何を? リンダ様と結婚するのでしょう?」
「リンダなど、お前ほど金も無いし、あの秘書に比べたら女の魅力も無いゴミではないか!」
クレアをはじめ全女生徒に殺気が湧いた時、
「お嬢〜」
「迎えに来ましたぜ」
と、2メートルくらいの大きな男性二人が扉を開けて入って来た。
女生徒たちが悲鳴を上げないように慌てて口を押さえたほど、ゴツゴツとした固そうな赤い肌をした男と青い肌をした男は、捻じ曲がった角が生えた凶悪な顔付きをしていた。
(魔族って、美形だらけじゃないのか……!)
皆がひっそりとガッカリしているのに反してクレアは大喜びだ。
「おっちゃんたち! 迎えに来てくれたんだべか!」
「おうよ。大事なお嬢だ。魔王に、パーティーの終了時間になったら迎えに行くように言われたさ」
「なんだべ、もうこんな時間!」
「くれぐれも迷子にならないように連れて来てくれ、とさ」
「迷子になるわけねぇべした! おらもう大人だで!」
今までのクレアのかっちりした話し方が消えている!、と驚いている皆に、クレアが向き合う。
「それでは、お先に失礼させていただきます。もう二度とお目にかかる事はありませんが、皆様お元気で」
優雅にカーテシーをした後、ディビスに向かって言った。
「誰がおめなんかと婚約すっぺか。だいっきれぇだ」
心からの言葉を言って微笑むと、左右の手を赤い肌の男と青い肌の男の手と握った瞬間、クレアは消えた。
ディビスの後ろで怒りに震えているリンダを残して……。




