2話 葬送
姫は無表情のまま鹿沼に視線を送る。
「お前達、この者はなんぞ?」
「八重様を地縛から解いた者でございます。
極楽浄土への案内を生業にしておるようです」
「左様か……」
姫様は冷たい眼差しで鹿沼を見つめた。
そして膝をつき、地面を愛でるように撫で始める。
「お前達だけで逝けばよい……」
「八重様、何を申される!」
「この地に多くの家臣たちが散った。無念であったろう。
その者達を置いて、我だけ極楽浄土へは行けぬ」
「八重様の幸せが我らの幸せ。
八重様が極楽浄土へ向かわれることこそ、
我らにとってこの上ない幸せなのですぞ!」
それを聞いた姫様は、近衛のふたりを見つめて呟いた。
「すまぬな。たとえそうであっても、
皆の無念を思えば我だけ動くことなどできぬのだ。
ここで殺された者、自死を選ぶことになった者、
同じ時に同じ場所で共に死んでいった者たちを放っては逝けぬ」
「そのような気遣いは不要でございますぞ、八重様!
皆、あなたの幸せだけを望んでおったのですから」
「特に若かった次郎、宗衛門、たえ、きぬ……。
我を慕ってくれていたあの者たちが眠るこの地から、
我だけ離れることなどできぬわ……」
「くぅ! 八重様、なんというおやさしさ。
我ら、お仕えできていることを誇りに思うております」
「お前達だけで逝くがよい。我はここにて皆と残る」
「八重様が残られるなら、我々も残り申す!」
そのやり取りの最中、鹿沼はタブレットを取り出し、ある画面を姫様へ向けて見せた。
画面には、ひとりの男性の姿が映っている。
「お取り込み中すみませんが、次郎様とはこのお方ではありませんか?」
「!?」
姫様はタブレットという小さな板をまじまじと見つめ、
映っている男性が、自分の家臣であると気付き静かに頷いた。
鹿沼は続けて画面をスワイプし、宗衛門、たえ、きぬ――3名の姿を映し出す。
「なんじゃこれは!? なぜ皆がここにおる?」
「道案内よ、これは何ぞ?」
姫様と近衛の者は、タブレットに映る身内の姿に驚嘆する。
何百年もの間、この場所から動けなかったため、タブレットというものを知るはずもなかった。
「お身内の方々で、お間違いないようですね」
「我が家臣たちじゃ。お主は我が家臣と、どういった関係なのじゃ?」
「何の関係もございません。死に場所をここに設定し、
お名前を入力したところ、この方たちが検索されました」
「……けんさく?」
「えぇ。この4名の方々ですが……」
「……」
「すでに成仏され、天国で悠々自適な生活を過ごされていますよ」
「……!」
「なんと!?」
「宗衛門様とたえ様のおふたりは輪廻され、すでに何度か人間世界での生活を繰り返されています」
「輪廻とな……」
「次郎様ときぬ様は天国で結ばれ、あちらで5人の子宝に恵まれておられますね」
3人は絶句した。
姫様が気にかけていた家臣たちは、
すでに成仏し、それぞれの幸せを得ていたのだ。
「我は……あの者たちの無念を思い、今までここに……」
「皆さま300年前にはあの世へ逝かれ、成仏されています。
ここに縛られていたのは、あなた方3名だけですねぇ」
「……っ貴様! 八重様に対して無礼であろうが!」
「控えよ――」
姫様の一声で、場が静まる。
「左様か……皆はすでに極楽浄土へ逝っておったのか」
「あ奴ら、なんと薄情な!」
憤る近衛へ、姫様はなだめるように言う。
「よいのだ。彼らが幸せなら、それでよい。
我は皆のことが気がかりで、今まで動けなかっただけのこと。
案内人よ、これで未練はなくなった。
極楽浄土への案内を頼めるかの?」
「えぇ、喜んでご案内いたします」
鹿沼は3人をタクシーまで誘導した。
姫様の希望で、助手席に姫様、後部座席に近衛のふたりが乗る。
姫様は自動車という乗り物に興味があったらしく、
地縛霊でありながら、どこか嬉しそうにも見えた。
「さぁ、どこへなり連れて行っておくれ」
「かしこまりました。それでは縁分駅に着くまでの間、ゆっくりとなさってください」
鹿沼は静かにタクシーを走らせた。
やがて縁分駅に到着し、3人にタブレットへ名前を記入してもらう。
プリンターから白い切符が印刷され、それを手渡す。
「1番ホームへお進みください」
3人の背が闇に溶けていく。
鹿沼は車内で、内心震えていた。
「1人20ポイントは堅いでしょうねぇ……3人で60ポイント。
余裕のノルマ達成です。
何百年も彷徨っていた魂を送ったのですからねぇ、臨時ボーナスも期待できますよ……これは」
受付でのポイント換算が待ち遠しい。
ノルマ達成により始末書を免れることも、素直に嬉しかった。
――――――
帰社後の成績発表では、社内に衝撃が走った。
一夜で60ポイントの加点は、記録的な珍事だったからだ。
しかも接客下手と評される鹿沼が、大昔に亡くなった地縛霊を3人も送迎したことで、瞬く間に話題となった。
「鹿沼ドライバー、これはYOタクシー設立以来初の出来事です。一夜で60ポイントなんて前例がありません」
「運が良かっただけですよ」
「ノルマも達成ですし、社長賞も狙えるレベルです」
「もしそうなら光栄です」
受付から賞賛を受け、同僚たちも鹿沼を囲んで祝福する。
「鹿沼、これだけポイント獲ったら金一封くらい出るんじゃないか? 飲みに連れてってくれよ」
「おっ、いいね」
「えっ、私のおごりでですか……」
社内は色めき立ち、同僚たちが半ば冗談めかして、たかり始める。
そこで受付が苦笑しながら制した。
「皆さん、鹿沼ドライバーにたかるのはやめてください。皆さんも見習ってお仕事を頑張ってくださいね」
救われた鹿沼は受付に一礼し、その日は足早に帰宅した。
――――
月末も鹿沼はタクシーを走らせていた。
普段は通らない夜の山道を選び、客を探す。
ノルマはすでに達成しているため、心持ちはいつもより軽い。
その時――。
キイィィー。
泣いている5歳くらいの女の子の姿を見つけ、鹿沼は急ブレーキを踏んだ。
タクシーを降り、その子のもとへ駆け寄る。
「こんばんは。逝き場所に迷っているのでしょうか?」
「ママがいないの……」
「お母様ですか?」
「うん」
「よろしければ、お名前を教えていただけますか?」
「りな……」
「上のお名前は言えますか?」
「杉山」
「杉山……りな様!?」
「うん」
「あの、もしかするとお母様のお名前は里香さまでしょうか?」
「どうしてママを知っているの?」
「やはりそうでしたか。先日、お母様をお送りしたのですよ」
「ママがどこにいるのか知ってるの?」
「もちろんです。よろしければ、この鹿沼がご案内いたします」
「お願い。ママに会いたいの」
鹿沼はりなをタクシーに乗せた。
向かう先は縁分駅だ。
「りなさん、少しの間ですが、ゆっくりとなさってくださいね」
「うん。ママにすぐ会える?」
「えぇ。駅員に伝えて、できるだけ早くお会いできるよう手配します」
「ほんと?」
「はい」
「うれしい!」
「あそこで、ずっとお母様を待っていたのですか?」
「うん。ゆうくんに棒で叩かれて痛いなって思ってたら、あそこでひとりになってたの……」
「ゆうくん?」
「一緒に暮らしてた男の人。ママの友達」
「その方に叩かれていたのですか?」
「うん……謝っても許してくれないの。ママも叩かれてたし、怖かった」
「そうですか。
もうそのような方と会うことはありませんから、ご安心くださいね」
「うん!」
縁分駅に到着すると、
まだ文字の書けないりなの代わりに、鹿沼が生年月日とフルネームを入力してあげた。
プリンターから白い切符が印刷されると、
鹿沼も車を降り、りなを一番ホームまで案内することにした。
駅員に母親のことを伝え、終着駅に到着後はりなに案内係が付くよう申請する。
事務局で手続きをしていると、駅員がふたりを待合室まで誘導してくれた。
「りな!」
「ママ!」
そこには、先日送迎した女性が立っていた。
りなの姿を認めるや駆け寄り、強く抱きしめる。
ふたりは再会に歓喜し、大泣きしながら何度も互いの名を呼び合った。
「まだ出発されていなかったのですか?」
鹿沼が駅員に尋ねる。
「先日こちらに来られた際、天国へ着き次第お子様と会えるよう準備しておりました。
しかし、お子様がまだ成仏されていないことが判明しまして……。
そのことをお伝えしたところ、娘が来るまでここで待つとおっしゃったのです」
鹿沼は安堵の息を吐く。
「……そうでしたか」
「鹿沼ドライバー、これはお手柄です。親子を再会させたのですから」
「偶然ですよ」
「下手をすれば、再会まで何年もかかったかもしれません。
小さなお子様のことを思えば、あなたはヒーローです」
「お役に立てたなら幸いです」
親子が鹿沼のもとへ歩み寄る。
母親は涙を流し、深々と頭を下げた。
「鹿沼さん、本当にありがとうございました。りなまで見つけていただけるなんて……
感謝してもしきれません」
「いえ、杉山様からお子様がいると伺った時点で、私が所在を調べるべきでした。
気が回らず申し訳ございません」
「親子そろって、あなたに見つけていただいて本当に良かった。
ありがとうございます」
「あちらでは、どうか末永くお幸せに」
ふたりは手を繋ぎ、駅員に導かれて一番ホームへ向かう。
途中、りなが振り返った。
「おじさん!」
「!」
「ありがとう!」
大きく手を振る。
鹿沼は少し照れながら、手を振り返した。
今日は良い仕事をした。
胸を張れる一日だ。
しかし、タクシーへ戻る途中、
ふと気になった。
――ゆうくん。
ふたりを殺した男の名。
タブレットで杉山里香と杉山りなを検索する。
死因欄には「西尾裕二による撲殺」と記載されている。
西尾裕二――ゆうくんに違いない。
さらに検索すると、
存命。
杉山家で生活を続けていることが分かった。
「ゆうくん……どのような人間なのでしょうねぇ」
鹿沼は、仕事とは無関係なことに興味を持ってしまう。
――それが彼の悪い癖だった。
――――
鹿沼はその足で、里香とりなが住んでいたアパートへ向かった。
一階の部屋に西尾はいる。
中の様子を確認したいが、現世の物に干渉することは社内規程で厳しく禁じられている。
違反すれば懲戒処分は免れない。
――侵入はできない。
思案していると、アパートを見上げる30歳ほどの男が目に入った。
穏やかな顔立ち。
しかし、その姿は地縛霊だ。
鹿沼は声を掛けた。
「もし、そこの地縛霊の方」
「……はい!?」
「その場から動けないのであれば、私が地縛を解き、あの世までお送りいたしましょうか?」
「いえ……結構です。僕はまだ動きたくないのです」
「なぜでしょう?」
男の視線は部屋へ向けられている。
「僕はあの男を……道連れにでもしなければ、逝けません」
西尾と因縁があるようだ。
「彼に恨みがおありですか?」
男が息を呑む。
「もしかして、彼に殺されたのでしょうか?」
「……あなたは、西尾を御存じなのですか?」
「えぇ、少し」
男は語り始めた。
共同事業の話で金を預けたこと。
裏切られ、抗議に向かった日に殺されたことを……。
「相手が悪かったのですね」
「僕が愚かでした。飲み屋で知り合ったレベルの人間を信じるだなんて……」
「……酷い話です」
「だから何としても西尾を道連れにして逝きたいのです」
鹿沼はしばし黙って考え込む。
そして、静かに口を開いた。
「あの……ひとつお願いがあるのですが、聞いていただけませんか」
職務外の私事は禁止されている。
それでも一度興味を持ってしまうと止まらなくなる――
それも彼の悪い癖だった。
――今月のノルマは達成済み。
始末書が1枚増えるくらい、誤差の範囲と言い聞かせた。




