一話
俺が異世界に行ってる間、地球上の至る所でダンジョンが出来ていた。
どうやら俺が異世界へと旅立って少ししてから出現したらしく、当時は世界中がパニックに陥ったらしい。
だが流石は人類。十年も経つと落ち着いたらしく、今やダンジョンに潜って生計を立てる探索者なんてのもいるとか。
そして俺は今、押し入れにしまってあった木刀(京土産)を手に、ダンジョンの入り口に立っている。
「あーあー。これで音入ってんのかな?」
俺はヤ○ダ電気で買ったビットカメラと呼ばれる電化製品をつつく。
ふわふわと宙を漂いながら身体について回る機械で、ダンジョン配信には必須らしい。
確かにわざわざ片手で自撮りしながら動き回るなんて煩わしい事この上ない。
文明の利器に感謝を捧げながら、俺は深呼吸した。
「よし……じゃあ押すか」
感じたことのない緊張を胸に、俺は配信開始ボタンを押した。
配信している映像の横にコメントが表示される機能らしく、俺はドキドキしながらそれを見ていた。
視聴者数が0から3になり、俺は自分の姿が写っていることを確認してカメラに手を振る。
「どーもー。ジンでーす。ダンジョン配信って初めてだったんだけどちゃんと映ってる? 大丈夫だったら教えてくれるかな?」
ワクワクしながら反応を待っていると、一つのコメントが視聴者から届いた。
『画質ガビガビすぎない?w』
俺は一瞬思考が停止するのを感じた。
何度か深呼吸をして息を整える。
「が、ガビガビだぁ? このビットカメラ15000円もしたんだけど? じょ、冗談にしてもタチが悪いぜ」
そんな筈がない。なけなしの財産からできるだけいいものを、と店員さんと一時間も相談したんだぞ。
だが、次いで表示されたコメントは、俺の期待を裏切るものだった。
『15000円って安物で草』
「──ぶち殺すぞてめえ!!」
思わず叫んでしまった。
なんだこの苛立ちは。初めて異世界でボロ雑巾の様にされた時も、こんなに腹は立たなかったのに。
そもそも草ってなんだ!?
『煽り耐性なさすぎw』
『殺害予告で通報しときます^_^』
『15000円は流石に……笑』
どいつもこいつも人の神経を逆撫でする様なことを言いやがる。てめえらはそんなにカメラに詳しいんか?
思わず木刀を持つ手に力が入るが、その瞬間後ろから人の気配を感じた。
「どいてくれます? 入り口で立たれてると邪魔なんですけど」
振り返ると一人の女の子がいた。真っ黒な髪に、透き通る様な白い肌。
一見すると冷たそうな印象を受けるが、目元の泣きぼくろが少しだけ冷たい雰囲気を和らげている。
俺は思わず見惚れてしまった。
めちゃくちゃ美少女だ。しかも胸もでかい。
「あ、ごめんね。君もダンジョン配信者なのかな? もしよかったら──」
「はあ。初心者でしょうからあんまり言いたくはないですけど、少しはマナーについて調べてから来たらどうですか?」
「う、うん? マナー?」
「大方、ダンジョン配信者になったらお金持ちになれるとか浅はかな考えで来たんでしょうけど。怪我しないうちに帰った方が身のためですよ?」
金持ちになりたいというのは図星だったため、俺は思わず口を噤んだ。
そのままため息混じりに俺に背を向けてダンジョンを進んで行った女の子の背中。
「は……はは。な、なんか気難しい女の子だったな?」
俺は乾いた笑みを浮かべながらコメント欄を見る。
『ユッカちゃんだ!』
『可愛い女の子に罵倒されるとか裏山』
『あの子有名な配信者じゃなかったっけ?』
もはや興味の対象は俺からあの女の子に移ってしまったらしい。
胸のむかつきが収まらなかったため、俺はビットカメラに向かって語りかける。
「確かに顔がいいのは認めるが、普通初対面の人間にあんな言い方するか? 仮にも年上だぞ?」
『顔がいいってのは正義だろw』
『お前も鼻の下伸ばしてたじゃねえか!笑』
『年齢がどうとか前時代すぎる』
『ユッカの配信行くわノシ』
リアルでぐぬぬ、と声が漏れたのは初めてだった。
妙に小賢しいコメント欄にムカムカしながら、25歳という年齢が俺に理性を取り戻させる。
「へっ……勝手にしろよ。だが、あんまり人を小馬鹿にするのも大概にしろよ? 俺が本気出したらこんなダンジョン木っ端微塵にできるんだからな?」
『木っ端微塵ww』
『いいからさっさと進めよ』
『おじいちゃん? 厨二病はさっき食べましたよ』
俺はふうふう、と荒く息をしながらダンジョンをずかずかと進んでいく。
このままコメント欄を見ていたらカメラを叩き割ってしまいそうだった。
途中にいた魔物? そんなん蹴飛ばせば爆散するんだから石ころと同じだ。
『なんか強くね?』
『これ合成じゃないよな。蹴りが見えないんだけど』
『ふむ。いいクンフーを積んでますね』
木刀を抱えたまま進んでいると、少し大きめの魔物がいた。クマみたいな見た目で、異様に長い舌を持っている。
『長舌熊じゃん。逃げた方がいいんじゃね?』
『てか、今思ったけどこの木刀実家にもあるわ』
空気をビリビリと震わす咆哮を上げ、熊は俺に向かって四足歩行で突進してくる。
その横っ面を軽くビンタした。
錐揉み回転しながらダンジョンの壁に激突した熊は、おぼつかない足取りで立ち上がる。
「お前ら、ちょっとは人をリスペクトしろ!!」
俺は右手に闘気を集中させる。
キーンと耳鳴りのような音が空気を振動させる。俺の右拳からソニックブームの様な波動が生まれる。
「グオオオ!」
両手を広げて覆い被さろうとする熊の腹部に、全力で右拳を叩き込んだ。
衝撃で熊の胴体に空間ごと抉り取ったような穴が出来上がり、その波動はダンジョン全体に揺れを巻き起こす。
熊がいた場所から肉片が放射状に飛び散って地面と壁を朱色に染めた。
「ふ、ふふふ。どうだ!? 見たかクソコメント共!」
異世界でもここまで闘気の圧縮を出来るやつはいなかった。俺に唯一与えられた才能と言っても過言ではない。
──意気揚々と振り返ると、ビットカメラの液晶にヒビが入っていた。
「ん……?」
よく見ると黒い煙を吹いて、宙をフラフラと酔ったように飛んでいる。
「嘘、だろ……? そ、そんな筈は……」
確かに全力で殴った。だが、文明の利器が、たかがパンチの衝撃で壊れるなんてそんな事あっていい筈がない。
──15000円。一万五千円。イチマンゴセンエン。
サブリミナル効果の様に脳裏をよぎる数字。
15000円だから壊れてしまったのか。いや、それよりも俺は今の一瞬で15000を失ったのか?
安物買いの銭失い。そんな言葉が頭に浮かんだ。
「……とりあえず……先に進もうか? ビット君……」
ジージーと音を立てる無惨なビットカメラに問いかけながら、俺は少し泣きそうになりながらダンジョンを進んで行く。




