期限付きの恋
夏休みも終わりが近づき、俺の体調に少しずつ異変が出始める頃、僕と天は近くの小さな水族館へデートに行った。クラゲの水槽の前。青い光に照らされた天の横顔は、まるで人魚のように幻想的だった。
「ねぇ、柚希。クラゲって、何考えてるんだろうね?」
天が囁いた。
「さあな。何も考えてないんじゃない?ただ、流されるままに生きている。」
「ふふ。でも、流されているだけじゃないよ。生きてる。限られた時間の中で、ただ漂っているだけに見えても、光を放ってる。私たちみたいだね。」
天の言葉が胸に刺さった。僕たちの恋は、まさに「限られた時間の中で光を放つクラゲ」だ。
僕は天の肩を引き寄せた。
「そうだね。僕たちは、誰よりも輝いてる。」
天は僕に頭を凭れかけさせ、幸せそうに目を閉じた。僕は、彼女に隠し事があることは薄々感じていた。ただ、この瞬間だけは何もかも忘れて彼女の体温を感じていた。
「体調は悪化していますね。」
カルテを見つめる医師がそう告げる。茶髪の40代半ばごろだろうか?聡明な顔つきをしている彼は僕の担当医だ。
「冬ごろからは入院しなければならないかもしれません。覚悟はしておいてください。」
「はい。」
やはり魔の手は近づいてきているようだ。
「今日は親御さんは?」
「ついてきていません。僕が無理を言いました。」
「では、何か相談したいことがあるのでしょう。どうぞ。」
彼は頭が回る。判断が早かった。
「先生は、大切な人を残して先に逝くことに、どう感じますか?病気のことを告げるべきなのでしょうか。」
「…。なるほど。青春だね。」
ニヤッとした彼は恐ろしいくらいに頭が回る。
「結論からいうと、僕にはわからない。病気のことを告げるべきか、告げないべきか。それは君が選ぶことが正解だと思う。ただ、何も知らず取り残される人は知っていて残される人よりも辛いよ。しかも後から知ることになるなんてことは。」
「ありがとうございます。」
「後悔のない選択を。」
そういうと病室から出た。天を残して先に逝ってしまう。この事実を塗り替えることはできない。天に病気のことを伝えないで死んでしまうと、彼女はひどく悲しむだろう。しかし、そのことを告げることも同様だろう。
何が正解かわからない。これは僕もだ。