図書館と冷たい手
春も終わり、夏を感じる季節になってきた。指定冬服のブレザーを脱ぎ、腕をまくったワイシャツはまだ慣れない。
「この問題、まだ習ってないよね?」
目の前に座るのは宮野さん。あの帰り道から彼女は僕が作っていた壁を悉くすり抜け、以前にも増して話しかけるようになった。
今日も
「ねえ、本田くん。次のテスト範囲、一緒に見ない?一人だと集中できないんだ」
と宮野さんはそう誘われた。
僕は断る理由を探したが見つからず、仲介として純を誘ったが、
「2人で楽しんで来いよ。」
と引き攣ったような笑顔でそう言った。彼女は、いつも無関心を装っていた僕の心に、強引に席を設けてきた。
「本田くん、手が止まってるよ。」
「あぁ、ごめん。集中力が切れたみたい。」
「ふふ、ちょっと休憩しよっか。」
彼女はそう言い、伸びをした。図書館の道を通る人が軒並み僕らを見てくる。それもそうだ。彼女の容姿は優れている。
ふいに、彼女が目を伏せた。そしてこう言う。
「ねえ、本田くん」
「どうした?」
「手、貸して」
「え?」
僕は戸惑いながらも、なぜか逆らえず、手を差し出した。
宮野さんは僕の手を、両手で包み込んだ。彼女の手はひどく冷たかった。その冷たさは、まるで体温を全て吸い取られたかのように、異様なほどだった。彼女の表情は平静だったが、その冷たさは、彼女が心の中に抱える秘密の重さを無言で伝えてきた。
宮野さんは、僕の温かい手をしばらく握り続けた後、静かに言った。
「本田くんの手は、温かいね。…ありがとう」
それは、宮野さんが自分から初めて求めた「助け」のようだった。僕は、その冷たい手に触れることで、彼女もまた自分と同じように孤独な何か戦っていることを直感した。
「いつでも貸すさ」
僕は、冷たい手をそっと握り返した。
「僕にもあるさ、誰にも言えない秘密が」