いつもと違う帰り道
帰りのHRが終わる合図の号令がする。袋が破れた気体のようにしてクラスが活気に溢れた。僕はと言うとその空気とは別に荷物をまとめてそそくさと教室をでる。今日は純に予定ができたからいつもと同じように帰るだけだ。下駄箱で靴を履き替えていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「本田くん、今帰り?」
振り返ると宮野さんがいた。
「うん。君も?」
「そう。よかったら途中まで一緒に帰らない?」
「いいよ。」
前言撤回。いつもと違う帰り道になりそうだ。
「本田くんってどこに住んでるの?」
「えっと東雲町。」
「あ、隣町。私山吹町。」
「お嬢様の住む町だね。」
「そんな長くないよ。高校進学前くらいに越してきたくらいだし。」
「そうなんだ。お父さんの転勤?」
「うん。医者なんだ。」
どうりで彼女はしっかりとしている。感受性が豊かな性格だとは感じているが、知的な言葉遣いもこの数日で感じていた。授業でも簡単に数学の問題を解いている姿を見ると頭が良いのだなと思った。
「ねぇ、本田くん。いつも気になってるんだけどさ。」
「何?」
「本田くんってなんでいつも1人なの?木村くんとたまにいるのは見るけど…。会話してると、人と関わるのが嫌いな感じはしないのに。」
彼女は直球で聞いてきた。
「…別に。1人の方が気楽なだけだ。」
僕はぶっきらぼうに答える。
「ふーん。私、一人でいる人を見ると、お母さんを思い出すんだ」
宮野さんの表情が一瞬曇った。
「私の母、ピアノの先生だったんだけど、すごく優しい人だったの。高校受験の前に亡くなっちゃたんだけど。でもね、時々すごく寂しそうな顔してた。誰でも心の中には、誰にも言えない秘密があるんだと思う。本田くんも、そうでしょう?」
彼女の言葉は僕の秘密に静かに触れてきた。俺は思わず立ち止まった。
「宮野さんは、強いな」
「強くないよ。でも、自分だけが抱え込んで苦しむのは、もう嫌なの。」
「それに、大事な思い出だしね。」
そう語る彼女はなぜか嬉しそうだった。僕は、彼女に母を失った孤独な少女の面影を見た。その日から、僕を囲っていた壁は少しずつ崩れていったようだった。