刻一刻と近づく最期、君は何を思うのだろう
初詣から数日後。僕の体調の波が激しくなり始めたため、天が「今日は外に出ないで、うちでゆっくりしよう」と提案してくれた。僕の母は、天が僕のことを誠心誠意想っていると知り、過干渉を減らし、天に僕のことを任せるようになっていた。
リビングで、天は熱心に料理を始めた。
「柚希は、あんまり無理して食べなくても大丈夫。でも、これだけは食べてね」
天が作ってくれたのは、たくさんの野菜が入った優しい味のお粥だった。僕の体調に合わせて、栄養を考えてくれている。僕は、まるで本当の看護師のように献身的な天に、申し訳なさと愛しさが募った。
食後、二人はソファで映画を見た。僕は咳き込みそうになるのを必死でこらえ、天にもたれかかった。
「ねえ、柚希」
天は僕の頭を優しく撫でた。
「今、この瞬間、すごく幸せだよ」
「僕もだ」
天は、棚に飾ってある古いバスケットボールを見つめた。
「柚希、バスケ、好き?」
「ああ。純と毎日やってた。でも、もう無理だ」
僕は、アキレス腱の傷に触れた。
「私、知ってるよ。純君が、あなたのこと『師匠』だって思ってること。でも、あなたは今も、純君の心の中で、最高の選手だよ」
天の言葉は、僕と純の間に横たわる重い過去に、優しく光を当ててくれた。僕は、この病気さえなければ、どれほど天を幸せにできたのだろうと考えずにはいられなかった。
妹の鈴がピアノ教室から帰ってきて、リビングで天に懐き、ピアノを聴かせた後、母と二人で買い物に出ていった。
部屋に二人きりになった。僕は天を抱き寄せた。
「天。もう少しだけ、このままでいさせてくれ」
僕は、彼女の柔らかな髪と温かい体温を感じていた。僕に残された時間が少ないことを、天が同じように冷たい秘密を抱えていることを知っている僕たちは、言葉を超えた何かを求めていた。
僕は天の顔を両手で包み、見つめた。天は目を閉じて、静かにそれを受け入れた。
「柚希。私、もう、怖いものは何もないよ」
天のその静かな言葉は、僕の全ての不安を打ち消した。僕たちは、未来がないからこそ、今、ここで、互いの全てを捧げようとしていた。病の影に怯える心は、互いの肌の温もりによって一時的に溶かされ、「今」という永遠を求めた。
その静かな空間の中で、僕たちは互いの孤独な秘密を分かち合い、一つの愛へと昇華させた。この穏やかな時間が、永遠に続けばいいのに。しかし、僕の体は刻一刻と病魔に侵されていた。