「背、高いね。」
あの日は、白陵高校の受験日だった。
母はその数日前に心筋梗塞で急死した。
家を出たもののとても受験をする気持ちになれない私はこと公園のブランコに1人座っていた。悲しみに暮れる私を助けてくれたのが、本田柚希くん、君だった。
「具合?悪いの?」
私は一瞬で君に恋をした。
高校に入学してからも、私は常に君の情報を集めていた。背が高い男の子という情報から、どうにか君の情報を人づてに聞いていた。高校一年生の時、私はB組にいた彼の席、そしてその瞳に宿る孤独を、遠くから見つめ続けていた。
見ているだけで十分だった、それだけで私は幸せだった。何度か男子に告白された。しかし、私は君が好きだった。
そんな時だった。去年の3学期、私は父の机の上にあったカルテを見てしまった。そこには乗るはずのない君の名前が載っていた。
私は考えを改めた。君が幸せであればいい、と思っていた。でも、私が幸せにすることにした。クラスが同じになったことは本当に運が良かった。しかも後ろの席なんて。そして、私は初対面のフリをした。
「ねぇ。」
「うん?」
「背、高いね。」……
「そうだったのか。」
そうか、4月よりもっと前、僕は出会っていたんだ。君と。あの茶色の髪、懐かしさを覚えたのはそういうことか。
「見損なったでしょ。私はそんな卑劣な女。君も、私とはこれから付き合えないでしょう?」
「そんなことない!」
僕は天を抱きしめた。
「そんなことで、天を嫌いになるはずがない!天は、僕の光だ!それに変わりはない!」
「…。ごめんね。ごめんなさい。嘘をついて。」
涙ながらに天は訴える。
「それを言うのは僕のセリフだ。病気のこと、言わなくてごめん。僕こそ嘘をついていた。」
「うん…。」
そうして、僕らは口づけを交わした。これが2回目だ。でも、また前とは違う哀愁さが滲んでいた。
天を自宅の前まで送り届ける。
「じゃあ、また正月に。」
「うん。初詣行こうね。」
そう言い別れようとすると、
「宮野先生。」
先生が出てきた。会話が聞こえたのだろうか?
「パパ」
「天、家に戻っていなさい。これからは男同士で話したいんだ。」
「うん。わかった。」
「天。」
「?」
「素敵な彼氏だね。空が羨ましがっていたよ。自慢してきなさい。」
「!うん!」
そう言い天は家に戻った。
「送っていくよ。車に乗りなさい。」
そう言うと、明らかに高い外国車にエンジンをかけた。ビクビクしながら乗ると、語りかけてきた。
「柚希くん。」
「はい。」
「娘をよろしく頼む。」
そう言うと、先生は頭を下げた。
「…。僕は、娘さんに嘘をつき続けた男です。そんな卑劣な男なんです。」
「人には一つや二つ、言いたくない秘密だってあるよ。」
そのまま言葉を続ける。
「ただ、天はここ何ヶ月か笑顔が絶えず、楽しそうだった。君のおかげだ。
私は妻が亡くなってからあの子とどう関われば良いかわからなかった。ここ最近さらにだ。だからこそ、仕事に打ち込んでいた。」
「でも、君になら娘を預けられる。」
彼は天のような、穏やかな笑みを浮かべていた。