0x07:分解にゃん☆
今日は今年の最終営業日!
終日大掃除の日です!
各自の席やら棚やら会議室やらを掃除しつつ……。
「レモンもキレイキレイしましょうね~」
「そういえば外川さん、豆大福の粉を零してましたもんね」
「ハイ……ソウデスネ」
というわけで、ジャバジャバとレモンうさぎのぬいぐるみを洗う。
「さっぱり! キレイになりました!」
あとは洗濯ネットに入れて、カーテンレールからネットを吊るして干すだけ!
干すだけ!
……なんだけど……。
「うぐぐ……届かない……!」
位置高すぎて、椅子に乗っても手が届かなかった!
「外川さん、レモン干しますよ」
「でもリーダーにお願いするのはねえ。私下っ端だし」
「……俺がやります」
なんでむぅっとしたのかな??
でも奥村君なら手が届きそうだし、お言葉に甘えよう。
「ではお願いします」
まず椅子の上からレモンうさぎを引き渡す。
「任されました」
その後椅子から降りて……と思ったんだけど、降りる瞬間に椅子がぐるりと回った。
「んぎゃっ!」
「外川さん!?」
落ちる!!
と思ったときに、奥村君が上手く支えてくれたので、スチャッ! とキレイに着地出来た!
わー! すごいー! 息のあったダンスしたみたいな着地ー!
とか思ったのはつかの間、ハッと気づくと間近に奥村君の顔面が急接近!!
「……怪我はないですか?」
「う、うん……。あ、ありがとう!」
「どういたしまして」
ぱっと離れてお礼を言う。
この前のこともあるし、なんかちょっと恥ずかしいな……!?
そう思って思わず視線を彷徨わせていると、近くの席で脳波猫耳カチューシャを装備しながらキーボードを分解していた入山さんと目があった。
「着地百点満点♡」
親指を立てて微笑んでるけど、こっちは怪我すると思ってヒヤヒヤしたわ!
さて、奥村君がレモンうさぎを干し終わりました。
「ありがとう〜!」
弊社フロアの天井近くには、ありとあらゆるぬいぐるみがズラッとハンモックならぬ洗濯ネットに包まれて干されていた。
「壮観だねえ」
「うちの会社、ぬいぐるみ持ち多いですね」
「煮詰まったときにぎゅーっとすると、心が安定するんだよねえ」
……あと地味に胃が痛い案件とか、お腹痛いバグとか見たときにも、良い精神安定剤になる。
みんながみんなそうだとは思わないけど、あるとちょっと落ち着く。
「奥村君もぬいぐるみいる?」
「たまにで良いので、ぎゅっとしたくなったら借りても良いですか?」
「ん? 良いよー」
この前貸したときに、抱き心地が癖になっちゃったかな?
「……本当にぎゅっとしたいのは……ぬいぐるみじゃないんですけど……」
なんかぼそぼそ声が聞こえて来たけど、何かを察した入山さんの猫耳が激しくうぃんうぃん動く音で聞こえないんだけど~!!
「え? 奥村君? なんか言った? 入山さんの猫耳がうるさくって聞こえなくって……」
「な、なんでもないです! 俺もキーボード掃除します」
「あっ、私もー」
キーボードの掃除をする前に、まずはキーボードを撮影!
これがないと戻すときに配列間違うからね!
準備が出来たら、マイナスドライバーを使ってひとつひとつキーキャップを取り外し!
外したキーキャップを拭いて、ボードの土台をエアダスターでぷしゅー! っと吹き付けてゴミを吹き飛ばす!
「うん! キレイになった!」
あとはキーキャップを戻すだけ!
「外川さん、エアダスター借りて良いですか?」
「うん、良いよ。缶冷たいから気をつけてね」
ひえっひえの缶を渡すときに、奥村君の手にちょっとだけ触れてしまった。
「缶は冷たいけど、外川さんの手は暖かいですね」
「そ、そりゃ、使ったエアダスターと比べちゃあね?」
奥村君ちょいちょいドキドキすること言うよね?
そして、またなんかの波動を感じた入山のおっさんがニヤニヤしてる!
奥村君に渡したエアダスターは、使いすぎたせいか全然出なかった。
「出ませんね……」
「代わりに掃除機で吸い取る?」
「そうします」
「奥村君にはさっきレモンの洗濯手伝ってもらったから、私が掃除機やってあげるねー」
「……あ、お願いします」
「今なんで一瞬考えたのかな?」
「外川さん、なんかやらかしそうな気がしたので……」
「そんなことないよ! キーボードを掃除するぐらい楽勝だって!」
と言うわけで、奥村君のキーボードの土台を掃除機でお掃除!
ノリノリでゴミを吸い取ると、気分が良いね!
「ひゃっはー! 汚物は吸収だー!!」
順調に埃を吸い取ったので、そろそろ終わりだ! と思ったそのとき……。
「あっ!」
なんということでしょう……。
手が滑って、キーボードの土台の近くに合ったキーキャップを吸い込んでしまいました……。
掃除機のスイッチを止めた頃には、時すでにお寿司!
「あー……」
「……やっちゃいましたね……」
「ご、ごめん!! 奥村君っ!!」
「まあ、外川さんなので、こういうこともありますよね……」
それフォローしてるのしてないの、どっちなの!?
ど、どうしよう……!
掃除機のゴミ収納部分を探せばあるかもしれないけど、黒くて素早い悪魔の残骸とか、アカンやつを吸い込んでるから迂闊に漁って渡せない……!
困惑する私たちの前に現れたのは、猫耳カチューシャを付けたままの入山さん。
「とがわん、むらむらのキーキャップを吸い取っちゃったんだ? 無刻印だけど、僕の予備使う?」
猫耳カチューシャのゴッドおじさんがおる……!!
ちなみに無刻印とは、AとかSとかの英数字が印字されてないキーキャップのことじゃ!
「ありがとうございます! お借りしたいです!」
「よかった~! 入山さん、有難うございます! 奥村君ごめんね……」
こうして入山さんから受け取ったキーには……!
「…………ネコミミ???」
なぜか猫耳パーツが付いていた。
キーキャップの上面に猫耳がぴょんと飛び出ているので、押しづらいんだか、このキーだけ異様に押しやすいんだか?
これじゃたしかに英数字の印字は出来ない……。
とにかく実用性皆無のキーキャップを受け取ってしまった……!
他に代用品がないので、奥村君はすんっとした顔でそれを受け取り、キーボードに押し込む。
『にゃー』
「にゃん……?」
「喋ったアアア!!!」
「にゃんにゃんキーパーツなのでね」
奥村君がキーを押すたびににゃんにゃん聞こえる。
なんだろう……ちょっとこう……可愛いな……。
「本当にごめんね……! し、しばらくこれで我慢していて……」
「……はい」
そのあと年が明けてちょっとするまで、奥村君の席からにゃーにゃー声が聞こえましたとさ……。
……さて。
年が明けてから二月頃。
仕事中にキーボードを打っている最中になんとなく違和感があったけど、本格的に変な気分になってきた……。
「おかしいな? キーボードの調子がおかしい気がする……」
「年末にキーボード掃除したとき、パーツの押し込みが甘かったんじゃないんですか?」
「だとすると、押し込みの違和感に気付くのに一か月かかるとか、遅くない?」
「安定の外川さんって感じがしてほっこりしますけど」
「ほっこりせんわ! 奥村君のキーボードチラ見して良い?」
「はい、もちろんです。どうぞ」
撮った写真見ながらはめたから、配列は間違ってないハズなんだけど……。
……と思っていたけれども……!!
「ハッ……! こ、これはっ……!」
「AとSが……」
「入れ替わってるーー!?」
驚愕の事実に今更気付くのでした!
「気付くのに一か月かかってますね」
「そ、そだね……」
自分で言うのもなんだけど、鈍感すぎる……!
自分の鈍感具合に悲しさを覚えた私は、入山さんの予備キーキャップを借りて連打した。
『にゃーにゃーにゃーにゃー』
「とがわん、猫耳カチューシャもいる?」
「けっこうだぴょん!」
一瞬、奥村君が期待の眼差しで見ていた気がするけど、却下!