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神宿ル劍  作者: 竹河参号
07章 彼方の星を追う
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05.我美しく、故に我在り

桜霞

 晦冥の湾刀(イーレグラム)の戦技

 闇の力で空間を歪め、超高速の斬撃を繰り出す

 無仁流の極致は、闇の神器によって再現された


 神の力で、人の技を凌駕した

 あるいは、それに縋らねば至れない境地であったのか

 それは、黒々と聳え立つ壁だった。

 空全体を覆うかのように、黒々とした巨大な樹壁が聳え立っている。その表面には無数の赤黒い線が縦に走り、どくんどくんと大きく脈打つ。蠕動する不気味な輝きの奥に、名状しがたいナニカが壁面の随所を巡っている。その脈動すら聞こえてきそうな圧迫感に、ムルムルの背に跨るシルヴィアは、思わずたじろぎそうになった。



「――……これが、“孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”……」



 その威圧感に圧倒されつつ、三人を乗せたムルムルは根元へと飛翔していった。ごうごうと吹き荒ぶ風など、重苦しい魔力の圧迫感に比べれば屁でもない。首を限界まで上げてようやく、拡がっていく太い枝が見える。魔王の魔力に汚染された空の上で、黒々と燃える太陽すら覆い隠さんばかりの大きさだ。その先にあるべき葉は見えない。枝が太すぎて視界に映らないのか、そもそも光合成を必要とする尋常な樹ではないということか。これが、やがて世界中に拡大し、理ごと焼き尽くす災いの毒となる――

 十分か、一時間か、それとも永遠に続くか――そんな錯覚まで襲ってくるほどの長い飛翔の果て、ムルムルはようやく根元に辿り着いた。元の赤土など見る影もなく、幹と見紛うような太い側根がどす黒い瘴気を放っている。



「ご丁寧に、入口が用意してあるぜ」



 崚が指差した先に、小さな洞が見えた。直径数十メートルにもなるその洞穴も、遠近感が麻痺しているせいで、小さな窪みにしか見えない。あそこから内部に入れるだろうか。問題は、こんなに都合のいい洞が存在しているということだ。



「――十中八九、罠だろうな」

「罠でも何でも、突っ込むしかないわ。ムルムル、降りて」



 魔人による罠を予期しつつも、崚たちに選択肢はなかった。瘴気を掻い潜りつつ、ゆっくりと降下していく。

 全員の予想通り、空洞は“孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”の奥底へと続いている。その洞の中に、ぽつぽつと仄白い斑点のようなものが見えた。十や二十ではない、百を優に超える数がそこら中をびっしりと覆っている。――それがただの斑点ではなく、うごめいている(・・・・・・・)と気付くのに、数秒とかからなかった。その全てが、イシマエルだ。



「げっ……!?」

「イシマエル共が、こんなに……!」



 背筋が粟立つようなおぞましい光景に、シルヴィアとクライドは思わず怯んだ。それに気付いたかのように、イシマエル共の腐った視線が向けられ、ぼぉぉぉぉと喚声が木霊した。

 怯えている場合ではない。これが全て襲い来るとすれば、甚大な脅威となる。侵入経路が他にないということは、脱出経路もここだけだろう。どうやって凌ぐべきか――と身構える二人をよそに、崚がエウレガラムを構えた。



「――突っ切れ、ムルムル」

「ガァァァッ!!」



 そして彼は跳躍した。その声に合わせ、ムルムルが勢いをつけて飛翔する。

 ――ずん、と世界がずれた(・・・)

 黒く染まったエウレガラムの刃が、薄暗い洞を縦横無尽に走り回り、空間を微塵に斬り裂いた。塵ひとつ逃さない斬撃の嵐が、イシマエル共の腐った肉を斬り刻んでいく。ごぇぇぁぁという悲鳴の木霊を遺すと、やがて洞は静かになった。

 あの数を、あっという間に殲滅――一瞬で規格外の所業を成し遂げ、ムルムルの背に飛び込むように戻ってきた崚を見やりながら、シルヴィアは思わず身震いした。



「……つくづく、無茶苦茶よね……いなくなってた間に、修行でもしてきたの?」

「一朝一夕に成るようなもんじゃねえだろ、修行なんて」

「じゃあ、これも使徒様の恩恵ってやつ?」

「知らね」



 シルヴィアの問いに、崚は半ば投げやりに返した。この程度の人外など、物の数に入れている場合ではない。それを一息で蹂躙できる力量を有する大物こそが星剣(かれら)の狩りの対象であり、匹敵するだけの出力を実現しなければならないのが現実だ。その権能の引き出し方を考案し、人間の技術として落とし込み、小手先の制御で苦労している場合ではない。呼吸と同じ自然さで権能を叩きつける――それを可能としているのが、今の崚だ。

 それはともかく、ムルムルは洞の中を滑翔していった。散発的に生じるイシマエルの群れは、崚による光の剣気が、闇の剣戟が、轢き逃げのように蹂躙していく。やがて、薄暗い洞道が二手に分かれた。



「――分かれ道か」

「……念入りですこと」



 どすんと降下着陸するムルムルの衝撃を尻に感じながら、シルヴィアは苦い表情を浮かべた。そもそもが、こちらを招き入れるかのような不自然な洞道だ。十中八九、こちらを分断するための策略だろう。馬鹿正直に手分けを試みた先で、脱出不可能な罠に嵌められる可能性は決して低くない。

 とはいえこの広い“孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”、順繰りに捜していっては時間がかかり過ぎる。さてどうするべきか――と思案するシルヴィアの背後で、崚がさっとムルムルの背から飛び降りた。



「クライド、シルヴィア、お前らはそっちを行け。俺はこっちを探す」

「ちょ、この馬鹿。あんた一人で行くつもり?」



 抜き身のエウレガラムを担いだまま歩き出す崚を、シルヴィアが慌てて止めた。クライドやムルムルも不安そうな表情を浮かべている。しかし当の崚は、頑として譲らなかった。



「この魔力の中で活動するには、ムルムルの霊気が必須だろ。単騎で動ける俺は別れた方が、効率がいい」

「馬鹿言いなさい、それが敵の狙いに決まってるでしょ」



 “孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”と魔王の魔力が綯交(ないま)ぜになり、濃密な汚染下で活動できるのは、霊気の加護を有する臣獣(ムルムル)使徒(りょう)のみ――特に崚の星剣エウレガラムは、その加護を他者へ分け与える能力に乏しい。必然として、ムルムルにクライドとシルヴィアが同行し、崚が単騎で別行動を取ることになる。まさにその戦力分断を、敵は狙っているはずだ。



「時間勝負なのは向こうも同じだろ。丸ごと足止めを食らうよりは、少しでもリスクを分散した方がいい」

「でも……」



 何とか食い下がろうとするシルヴィアに対し、崚はどこまでも譲らない姿勢を堅持した。

 お互いに理のある主張だ。手勢に優れる敵方に対し戦力分断は間違いなく悪手だが、かと言って虱潰しに捜していては時間がない。罠にかかってしまった場合、脱出に手間取ってしまうとさらに面倒だ。現在の優先順位は、あくまでもエレナの保護と合流だ。

 とはいえ、ここでうだうだと言い争っていてもしょうがない。割り切ったクライドが口を開いた。



「――時間がない、ここで押し問答をしていても始まりません。

 リョウ、お前はそっちを頼んだ。……エレナ様と逢えたら、任せたぞ」

「おう」



 クライドの言葉に、崚は短く応えると、全身に色のない闇を纏い消失した。それを見届けたクライドは、物言いたげなシルヴィアを急かし、ムルムルの背を叩いてもう一方の空洞へと進入した。

 先ほどよりは狭くなった空洞を、ごおと飛翔するムルムル。空間に余裕がないだけあって、イシマエルの姿はほとんど見られない。一体一体にかかずらうよりは、無視してさっさと進んでしまおう。どうせ脱出の際にも、同じ道を通ることになるはずだ。濃密な魔力汚染を伴う風圧をクライドの背越しに浴びながら、シルヴィアはぽつりと口を開いた。



「……あんた、あいつのあんな台詞を信じたの?」

「まさか。十割建前でしょう」



 シルヴィアの問いに、クライドはきっぱりと言い捨てた。

 思い起こされるのは、崚の態度。口では何のかんの言いつつ、これまでこちらを信頼してきた素直さが、今の彼には感じられない。



「あいつは――何か、変わりました。

 あいつ自身に何かがあったのか、それとも“魔”に変じかけているオレのせいなのかは分かりませんが……以前とは、決定的に変質しています。

 あいつ自身、それを直感してるのでしょう。だからオレたちから――オレから、遠ざかった。来るべき戦いを前に、諍いを遠ざけるために」

「……男って、本当に面倒臭いわね。あんたたちが特別なの?」



 硬い表情で語るクライドに対し、シルヴィアはやれやれと嘆息した。魔王打倒という一大事の最中で、個人の下らない感情を差し挟んでいる場合か。あるいはそれが邪魔をしないための、精一杯の理性というべきなのか。



「今は、エレナ様の探索を急ぎましょう。いずれ合流し、共に魔王打倒を目指すことになるはずです」



 クライド自身、苦いものを感じつつ、しかし彼にできることは、ムルムルの背を叩いて飛翔速度を上げさせることだけだった。






 ◇ ◇ ◇






 誤解を恐れず形容するならば、それは苛立ちだろう。



「――ふっ!」



 崚は闇の中を駆けつつ、道中に立ちはだかるイシマエル共を斬り伏せていった。両手に煌々と輝く黒白の刃は、あらゆる角度から柔軟に敵を斬殺し、足を止める手間すら与えない。一息に十数もの腐肉を斬り伏せられる俊敏さは、崚に小さなストレス解消を与え続け、自身を省みる余裕を与えた。

 ――正直に言うならば、彼は苛立っていた。

 “魔”に変じかけているクライドの存在に。仲間を排除しようとする自身の衝動に。それを抑えつけようとする無為な理性に。それを『無為』と断じる自身の感性に。

 クライドは、確かに“魔”に変わり始めている。斃すべき存在だ――神器が絶え間なく崚の脳裏に囁き続ける。しかし魔王打倒に当たって、エレナ救出に当たって、替えの利かない仲間であることは変わりない。衝動と理性が錯綜し、崚の心中はむかむかと苛立つばかりだった。神器の囁きと崚の思考が絶えず衝突し、どちらが自分の考えなのか分からなくなってくる。

 故に、遠ざかるしかなかった。魔王と対峙し撃滅するまでは、クライドの存在を棚上げにするしかない。手近な獲物を遠ざけ、本当に斃すべき敵へと一歩でも近づくことで、強引に優先度を書き換えるしかない――一時凌ぎだ、自覚はある。よしんば魔王を斃せたとして、すぐさまその場でクライドと殺し合いを演じる羽目に――



「ずぇいッ!」



 無数の腐腫蜘蛛(オヴリグルマ)の群れを焼き潰すと、崚は目の前の開けた空間に飛び込んだ。既に数キロメートル分は走り抜いている。罠を仕掛けてくるならそろそろだろう。何より、濃密な魔力の気配が脳裏を苛んでくる。

 目の前に広がる数十メートルの空白には、うぞうぞと這いずる死に蠢く(エンピエル)――いや違う。まだ生きている。豪奢な甲冑を纏った騎士が、剣や槍を携えた無数の兵士が、何者かに操られているかように、緩慢な歩みで崚に迫ってきている。その数はすでに五十を超えるが、まだまだ召喚されているようだ。



「――俺はかくれんぼも鬼ごっこも嫌いだ。そもそも碌な思い出がない」



 崚は双剣を構え、騎士たちの向こう側の空白に向かって言い放った。一見して何もないその場所には――しかしこの場の何よりも濃密な魔力の気配が存在する。

 果たして、そこに音もなく女の姿が現れた。流れるような金髪(ブロンド)、切れ長の怜悧な瞳、豊満でありながら無駄のない魅惑の肢体――その唇を蠱惑的に歪める、魔人カンデラリアだった。



「あら、つまらない。異界の稀人とやらも、可哀そうな人生を送ってきたのね」

「押し付けられた『人の道』なんぞをはみ出した連中ほどじゃない」



 カンデラリアの憐れむような物言いに、崚はふんと鼻を鳴らした。並みの男なら垂涎ものの美貌も、彼にとっては斬りやすい敵でしかない。そのつっけんどんな態度に構わず、カンデラリアは艶然と微笑んだ。



「では、まずは自己紹介といこうかしら。

 私はカンデラリア。世間では、“堕落”の魔人などと呼ばれているわ。

 さぁ、異界からやってきた使徒さん。お名前を教えて下さる?」



 まるで敵対者に向けるとは思えない、優雅な手つきで崚に問いかけるカンデラリア――その返礼は、逆斬りとともに噴き出した白い光波だった。

 幾多の騎士兵士を呑み込み、まっすぐに殺到する光波。手弱女(たおやめ)一人を両断して余りある熱量は、果たして彼女を呑み込み、その向こう側の樹壁を焼き焦がしたが――肝心のカンデラリアには、傷ひとつ付いていなかった。その身を包む真っ白なドレスさえ無傷、煤ひとつ付いていない。



「……礼儀のなっていない子。名前を尋ねた淑女に向かって、剣を振り上げるなんて」

「ほざけよ売女。百回生まれ変わってから出直してこい」



 不機嫌そうに口を尖らせるカンデラリアは、しかしその眼に嘲笑を浮かべていた。仮にも神器、それも一段と苛烈な退魔の光剣(エウトルーガ)の権能を、まるでスポットライトのように嘲弄できるのは、明らかに尋常ではない。



(ただ頑丈なだけじゃない――何か、絡繰りがあるのか)



 思えば不自然だ。魔界を展開している他の魔人たちとも引けを取らない、濃密な魔力を宿していながら、それを外界に漏れ出させる様子がない。攻撃性と引き換えに、神器すら凌ぐ防御力を獲得したか。

 思索に沈み口を塞ぐ崚を嘲るように、カンデラリアは艶然と笑った。逸る若人の相手には慣れている。有り余る精力を制御できず、昂るままに貪るように組み伏せてくる、獣のような情欲のいなし方には慣れている。



「ふふ、がっついちゃって。前戯を楽しむ余裕もないのかしら?

 ――いいわ。お姉さんが丁寧に、手取り足取り教えてあげる」



 あやすような言葉とともに、どろりと粘着くような、甘い香りの魔力が溢れ出した。それに呼応するかのように、虚ろな目をした騎士たちが崚に飛び掛かった。






 ◇ ◇ ◇






 相も変わらず“孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”の薄暗い空洞を滑翔すること、数里分――がおお、と突如ムルムルが咆哮し、その飛翔速度を急激に低下させた。

 慣性の法則に従い、つんのめるような圧力がクライドとシルヴィアを襲う。内臓が捲れ上がるような不快感に、二人は咄嗟に異変を感じ取った。だが周囲は纏いつくように濃密な魔力汚染ばかりで、新手の様子は見えない。

 代わりに、清澄な霊気の気配を感じた。その視線の先にあったのは――ふらふらと覚束ない足取りの、細剣を携えた少女。



「エレナ様!!!」

「エレナ!!」



 ムルムルの着地を待つまでもなく、二人は咄嗟に飛び降りた。慌てて駆け寄る二人に、少女もといエレナが顔を上げる。茫然自失となりかけていたエレナは、二人の姿を見、その顔を思い出し、はっと気力を取り戻した。



「クライド――! シルヴィ――!」



 反射的に駆け出したエレナは、先に走ってきたクライドの胸に抱き着いた。ぴりりと身を切るような霊気の気配に、しかしクライドは構わず主君をぎゅっと抱き締めた。



「わたし――わたし……!!」

「――よかった……! よくぞ、ご無事で……!」



 今にも泣き出し(くずお)れそうな、か細い身体を力強く抱き締める。今度こそ、決して離さぬとばかりに。ぎゅっと抱き締める力強い腕に、エレナもまた細い腕を這わせて応えた。



「とにかく、無事? 怪我はない?」

「う、うん……わたしは……」



 再会の喜びにひとしきり満足した二人は、互いに気恥ずかしさを覚えながら離れた。平時なら微笑ましく眺めているところだが、状況がそれを許さない。シルヴィアの問いに、エレナは心を落ち着かせながら答えた。

 ともかく、これで第二段階は達成。あとは崚と合流してこの“孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”を脱出し、カヤたちの許に戻りたいところだが……

 ――ぴりり、と痺れるような霊気の気配を感じた。



「――お二方、お下がりください」



 クライドは咄嗟にエレナとシルヴィアを庇い、二人を背に進み出た。ムルムルも異変を察知し、ぐるぐると唸りながら前へ進み出る。

 何かが闇を歩いている。覚束ない足取りで、こちらに歩み寄ってくる。その気配に、その正体に、三人は覚えがなかったが――この魔界の奥深くにあって、まともに活動できる存在など、候補は自然と限られる。



「――……でん、か……」

「――まさか……!」



 果たして、その人物は闇を抜け姿を現した。苦悶に震えるその声には、聞き覚えがある。今は煤けたその赤毛にも、見覚えがある。



「……久々、ですな……エレナ、殿下」



 ――レイナード・アレスタ。ベルキュラスに召し上げられ、カドレナに通じ、而してその双方を裏切った奸臣。

 往時の美麗さなど見る影もない襤褸を纏い、煤けた赤毛を振り乱し、落ち窪んだ眼窩はひたすらに虚空を映すばかり。その手に携えている大鎌――雷獣の鉤爪(イルンガルツ)も、濃密で苛烈な魔力によって余すことなく締め上げられ、ぎちぎちと軋むような音を立てている。

 いつかのシルヴィアの懸念は的中した。神器、雷獣の鉤爪(イルンガルツ)でさえ魔王の魔力に隷属させられ、その尖兵となっている。まずいことに、こちらには(・・・・・)()がいる(・・・)。濃密な魔力汚染に総身を縛り上げられながらも、決して翳ることのない使命を果たす理由が、存在してしまっている。

 クライドはアレスタに向けて長槍を構えつつ、毅然とした態度で口を開いた。



「――……アレスタ、一度だけ訊いておく。

 同じ使徒として、エレナ様と轡を並べる意志はあるか。貴様が積み上げてきた全ての罪を償い、清算し、世界を護るために己を擲つ覚悟はあるか」



 “魔”が、使徒に、戦いの是非を問う。何とあべこべな絵面だろう。恐るべきは、この善悪逆転の絵図を成立させ、使徒エレナを含む三人に刃を向けさせる魔王の魔力か。



「……むろ、ん……世界を――あるべ、き形に、正す、ために……」

「それが魔王に従い、世界廃絶を成すことだとでもいうのか!!」



 大鎌を構え、苦しげに喉を震わせながら答えるアレスタの言葉に、クライドは声を荒げた。

 分かってはいたことだが――この男は、決して味方たり得ない。“魔”(クライド)と敵対し、使徒(エレナ)に害をなす怨敵だ。そして、もしも悪い想像が当たっているのなら――



「――……くく、ははは……“魔”たる、貴様が、言え、た口、かね……」

「――ちっ……!」



 果たして、その顔に嘲笑を浮かべながら問い返すアレスタに対し、シルヴィアは歯噛みしながら錫杖を構えた。

 事ここに至って、雷獣の鉤爪(イルンガルツ)の意志は消えていない。斃すべき“魔”を、片端から殲滅する本能は狂わされていない。人の世の道理すら蹂躙する荒魂(あらみたま)は、その影を色濃く残している。



「……さて――それでは……弔い合、戦と、でも――いこう、かね」



 ぎちぎちと魔力に軋みながら、アレスタは雷獣の鉤爪(イルンガルツ)を突き付けた。ぎらりと輝く大鎌の刃が、紫電を迸らせた。



魔界創生:我美しく、故に我在りフォルモサ・エルゴ・スム

 “堕落”の魔人、カンデラリアが司る魔界

 世界を侵食し、“理外の理”を押し広げる魔導の究極

 しかし彼女の魔力は裡に巡り、その理想を映し続ける

 すなわち、何者にも侵されぬ完全なる美を


 とある時代に、とある高級娼婦がいた

 類稀なる美貌と才智を備えた彼女は

 多くの権力者の寵愛を得、愛欲に狂わせた


 そして傾城の汚名を着せられ、都を追われた

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