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神宿ル劍  作者: 竹河参号
07章 彼方の星を追う
79/81

01.突入

 本日より「07章 彼方の星を追う」の投稿を開始します。

 いよいよ最終章です。更新をお待ちいただいた方もそうでない方も、お楽しみいただければ幸いです。


瀑布の槍

 水精の剣の戦技

 激しい水流を呼び起こし、大槍を成して刺し貫く

 水気を溜めてから放つことで、より強力になる


 臨界を超えた奔流は、橋梁をも突き崩し

 地形すら削ぎ変える破壊力をもつ

 天然自然の理は、決して命を守るだけではない

 魔王大戦の傷痕“三大忌地”のひとつ、世界の中心に鎮座する死の島――“ガルプスの渦”。そこへ向かう内海は“絶海”とも呼ばれ、魔王が遺した汚染から人界を守る、最後の防波堤とされる。

 ただでさえ膨大な魔力汚染で荒れる海流は、いまや“孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”が放つ魔力に汚染され、嵐と見紛うほどに荒れ狂っていた。赤黒い空を覆う黒々とした曇天の下で、山脈のごとく層を成す荒波は、そのしぶきに黒い残滓を帯び、毒を孕む潮風となって空と岸辺を蝕む。海鳥たちはこぞって逃げ出し、逃げ遅れた海獣たちは毒素に喘ぎ悲鳴の不協和音を奏でていた。逃げ場のない魚たちは形を失い、互いに混ざり合い、異形の骸となって海面に浮かんでいた。

 世界の中心で産まれた地獄は、海を伝い世界に広がりつつあった。



 さて、そんな地獄の辺海を文字通り掻き分けながら泳ぎ進む、一つの巨大な影があった。

 小島と見紛うほどの巨躯、激しい潮風をものともしない重厚な甲羅、荒れ狂う波を踏みしだくように掻き分ける四肢――風伯の鉄弓(カルネクス)の臣獣、大甲龍マクサールである。その背の甲羅に使徒一行を乗せ、荒波をものともせずに悠々と泳いでいた。

 さらにその背の甲羅の上で、金槌と(たがね)、そして焼き(ごて)を振るう二つの姿があった。仮初の工房を構築し、ヴァルク傭兵団全員から得物と鎧を取り上げ、今まさに魔導兵器として調整しているシルヴィアとモルガダである。その手に握られた道具の数々も、窟人(クヴァル)が使う特製の魔導具だ。



「モルガダ、そっちの状況は?」

「人数分は拵えた。お嬢はどうだ」

「思ったより調整が難しいわね。全員分はちょっと用意できないかも」

「残りは寄越せ。“剛化”だけでも施しておく」

「はーい」



 召喚魔術で素品を取り寄せ、魔力を宿したブルーシールドを拵えたモルガダと、剣や斧を前にうーんと唸るシルヴィア。その気配を甲羅越しに感じつつ、マクサールが苦々しげに口を開いた。



『……なぁ、お嬢さんら。仮にも竜の背中で、魔術など使わんでくれるかね』

「なによ。文句でもあんの」

『竜としてはいっぱいあるんじゃがのぅ……』



 竜の苦言にも容赦なく噛み付くシルヴィアに、マクサールは改めて閉口させられた。何しろ魔術といえば、臣獣にとっては不倶戴天の仇敵。特に八百年を法術結界の中で過ごしてきたマクサールにとっては、背中がむず痒くなるのも致し方ないところである。



「こらっ、シルヴィア様。不敬ですよ」

「“絶海”と“ガルプスの渦”の真っ只中で、法術儀式なんてできっこないでしょ。使徒様方には魔人撃破に集中してもらいたいの、このくらいは必要な作業だって割り切って欲しいわね」

「それは、確かにそうですが……」



 堪らず小言を挟んだカヤをもぴしゃりと黙らせると、シルヴィアは再び目の前の大剣に向き直り、調整作業に没頭した。

 魔導兵器の製造は、調整過程が最も危険だ。特に今回は、魔術知識のない素人に扱わせる武器。かん、かん、かん――と甲高い音を立てながら、慎重に魔術式を刻み込む。やがて、一本目がようやく完成した。



「はい、とりあえず一振り。念のため、振りとか調整しといてね」

「……あのよォ、公女さん」



 シルヴィアは黒鉄の巨大な剣をすいと持ち上げ、元の主であるカルドクに渡した。大柄な彼の身の丈ほどもある特大剣を、その細腕で軽々と持ち上げる様は、なるほど常人を隔絶した“魔公女”らしいとも言える。対するカルドクはといえば、その顔面いっぱいを渋面に染めつつ得物を受け取った。



「なに」

「いや『なに』じゃねェんだよ。勝手に人の得物取り上げて、あっちこっち弄くるのはやめてくんねェかなァ」

「しょうがないでしょ、全員が総掛かりで無茶しないといけない状況なんだから」

「傭兵にとって自分の得物っ()ったら、手前(てめェ)の命と同じくらい大事な代物なんだぜ。ほいほい弄くられちゃ困るんだよ」



 苦み走ったカルドクの言葉は、(セトを除く)傭兵団全員の心境を代弁していた。

 お互いに道理のある主張だ。理外の兵器を鍛造しなければならない魔術師と、手に馴染んだ得物の使い勝手を変えたくない戦士。どうにか折り合いをつけて手を取り合い、人外の怪物共に挑まなければいけないのが現実だ。



「それはともかく、どういう造りにしたんスか?」

「周囲を魔力を自動で吸い上げて、雷の魔術として放出する機能を付けたわ。鍔元の輝石が光ったら、この(ボタン)で放出。難しいことは考えなくていいように作ったけど、味方を巻き込まないようにね」

「へー、便利っすね」

「ぶっつけ本番で、複雑な機能とか使えないでしょ。普通の剣の延長線上で使えるようにしたから、おまけ感覚で使っていきなさい」



 ふゥーん、とカルドクたちは大剣を取り囲みつつ見上げた。といっても、本来は修練を積んだ魔術師が触媒と詠唱で調整する複雑な術式だ。それを武器に落とし込み、一小節詠唱(シングルアクション)以下の動作で発動させることができるのは、かつてのレノーンをも超える世界最高峰の神業と称しても過言ではない。だが同じように得物を押し返されたカルタス以下、その価値をいまひとつ理解できない素人しかいなかった。



「こっちの剣も同じ。魔力を充填したら、それで刀身が延伸するようになってる。それでざくざくやっていきなさい」

「ははぁ……その、魔力切れ? とか、起きないんですかい」

「これから魔力汚染ぎちぎちの場所に行くんだから、魔力源はそこら中にあるわ。適度に希釈して勝手に吸い上げるようにしてるから、魔力切れはまず起きないと思っていいわ」

「そんなもんですか」



 文字を読むのが精一杯の素人集団には、残念ながらその価値が分からなかったが、とにかく戦う分には問題ないらしい。あとは、どれだけの敵と相対させられるか。



「じゃあ、公女サマも絶好調ってヤツですか」

「馬鹿言いなさい、汚染の源は魔王の魔力よ? そんなもん直に取り込んだら、発狂間違いなしじゃないの」

「ちぇー」

「世知辛いっスねぇ」

「ま、掠め取れるだけマシって言ったところね。搾りカス程度であっても、魔王の魔力には違いないんだから」

「おい、得物の用意が終わった。全員、装備してみろ」



 その裏側で、得物のみならず鎧までも奪い取っていたモルガダが、ついに調整を終え、傭兵たちへ次々に突き返した。それぞれに鎧を着込み、得物を身に着け、盾を構える。人外の闘争に備えて重装甲を帯びた傭兵たちは、しかしその身軽さに驚愕した。



「わ、軽っ」

「全然重さ感じねぇ。ホントに使えるのか?」

「軽量化も施した。きっと長期戦になるぞ」

「モルガダ特製よ。頑丈さはお墨付きと言っていいわ」



 次々に驚きの声を上げる傭兵たちに、シルヴィアがどこか自慢げに口を挟んだ。

 何しろ窟人(クヴァル)の技工の手になる鎧甲冑といえば、それだけで金貨幾枚もの値段で取引される高級品だ。魔術付与まで施した特製品ともなれば、その性能は推して知るべしというものである。



「魔法の盾かぁ。まるで騎士サマっすね」

「まぁ、一介の傭兵に卸せる代物じゃないわね。正規の軍備なら、あんたたちが逆立ちしても手に入らない額を吹っ掛けてるところよ。

 ところで、“返報の牙”も付けた方がよくない?」

「いきなりだと使い方が分からんだろう。それに、こんな場所で魔術を使ってくるような大物と相対させるのか?」

「うーん、それもそうねぇ……」



 三大忌地“ガルプスの渦”で活動可能で、あまつさえ魔術を使ってくるような大物など、魔人以外にあり得ない。そんな怪物を相手に、少々の防御魔法など物の役に立たないだろう。

 モルガダとの問答を経て、シルヴィアはようやく工具を下ろし、額を伝う汗と油を拭った。貴人らしからぬ泥臭いその姿は、しかし魔術師としての彼女の誇りを象徴するものだった。



「それじゃ、改めて作戦を確認するわよ」



 ふうと一息、空気をがらりと変えたシルヴィアの言葉に、全員が呼応した。



「あたしたちは、これから“ガルプスの渦”に突入する。

 最優先はエレナの奪還。もちろん“孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”の完成前に斃すのが最終目標だけど、その手駒となる使徒が揃わないと話にならない。当然、向こうもそれは想定しているはず」

「時間勝負に加えて、嬢ちゃんの奪い合いになるってことかい」

「そういうこと。連中の迎撃手段については、完全な当て推量だけど――まずは物量戦を仕掛けてくると思う。そもそもこれだけ濃密な魔力汚染の中で、こっちが動ける手段は限られてるし、向こうだって兵力のほとんどはイシマエルでしょ? 出し惜しむような代物じゃないし、使い潰す気満々で差し向けてくると思うわ。物量で押し潰せればそれでよし、それでも乗り越えるなら、疲弊したところを始末すればいい、と考える。

 ――そんでもって、その裏を(・・・・)掻かせてもらいましょ(・・・・・・・・・・)



 シルヴィアの真剣な目つきに、幾人かがぴくりと反応した。期間こそ短けれど、濃い付き合いをさせられている仲だ。何か、よくないこと(・・・・・・)を企てているのは見て取れる。



「連中が油断している間に、別動隊が強襲ということですか?」

「大体そう。連中の迎撃戦力に対応しながら、本隊が退路を確保。その隙間を別動隊が突破し、連中の拠点に潜入してエレナを奪還。とんぼ返りで本隊と合流し、本命の魔人が来る前に速やかに撤退する――これを基本軸としましょ」



 シルヴィアの作戦に、一同が違和感を覚えるのは数瞬をも必要としなかった。撤退? 倒さないということか?



「撤退しちゃっていいんですか?」

「“魔界創生”の位階に至っている魔人は、使徒であっても単独では相対できない。現在の分断されている状況は致命的だ」

「そういうこと。こっちは何とかひとところに合流して、がっちり徒党を組んで魔人を各個撃破。最後に魔王をぶっ倒して、“孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”を破壊するって流れよ」



 ゴーシュの補足を受けつつ、シルヴィアは説明を続けた。“魔人”とは、文字通り人智を隔絶した超越存在であり、正真正銘の一騎当千を実現する超常者である。それと拮抗し、超克するためには、もう一つの一騎当千――すなわち神器とその使徒がいなければ始まらない。



「向こうも同じ作戦で来るんじゃないスか? あっちも手を組んで、こっちに襲いかかってくるってことは」

「それはない」



 ラグの問いを、ゴーシュはきっぱりと否定した。その横顔には、同じ“魔”としての明確な確信があった。



「理由でもあるんスか?」

「“魔界”とは、世界の理を外れた“魔”が創り出す、外法に支配された『新世界』だ。そこでは術者の魂が剥き出しの状態になり、術者の望むがままの世界が創り出される。

 異なる魔界同士が接触すると、互いの法則が衝突し、矛盾し、相克する――つまり領域の食らい合いが生じる。必然として、“魔界持ち”同士が連携して攻勢に出ることはできない」

「つまり、向こうは必ず単騎でやってくるってことかい」

「そういうこと。『単騎でしか戦えない』という意味でもあり、『単騎でもまとめて相手できる』という意味でもあるわ。攻め手は明確だけど、油断は禁物よ」



 シルヴィアの言葉に、傭兵たちはきゅっと口を結んだ。人跡隔絶の魔境で、人外の怪物と対峙する――都会の観劇ならば盛り上がるところだろうが、現実に相対させられる立場に置かれると、緊張の方が遥かに勝る。護ることができるか。勝つことができるか。――生き残ることができるか。



「別動隊の危険度が高い。成功するか」

「――おそらく、大丈夫です」



 空気を変えるように指摘したセトに対し、しかし答えたのはカヤだった。



「根拠は?」

「セトさん、貴方なら感じられるでしょう? 神器の気配がふたつ(・・・)、近づいてきているのを」



 そう言い、どこかに思いを馳せるように彼女は手を組んだ。使徒ならぬ只人の傭兵たちにとっては、何が何やら……という様子だったが、セトもまた荒れ狂う波の先に何かを見出したのか、はっと目の色を変えた。

 六つの神器のうち、霊王の剛槍(ゴールトムク)風伯の鉄弓(カルネクス)はここにある。雷獣の鉤爪(イルンガルツ)玲瓏の宝珠(ラーグリア)は敵の手に落ちている。となれば――候補は、自然と限られる。



「星剣エウレガラムを持つリョウさんと、もう一つ――炎精の戦斧(ガルマエルド)を持つ使徒ベルーダ様が、まもなく駆けつけるはずです」

「うまく行けば、このまま最終決戦にもつれ込むってわけよ。話が早くていいわね」

「早すぎないっスか!?」

「あの“樹”の成長を待つだけの相手と違って、こっちは時間との勝負だもの、ここで仕掛けられるならその方がいいわよ」



 けろりとした様子で言い放つシルヴィアの横顔は、しかし緊張で硬直しかかっていた。前代未聞の大戦、まさに一世一代の大勝負である。その緊張は傲岸不遜な“魔公女”をして、余裕を奪うに余りあるものだった。

 一同がぴりりとした緊張に呑まれる中、クライドの意識は遥か彼方――“絶海”の向こう、“ガルプスの渦”の先に飛んでいた。



(――エレナ様……どうか、ご無事で……このオレが、すぐにお迎えに上がります)



 想像を絶する過酷な戦い――その緊張下にあって、クライドは揺らがぬ覚悟のもとに魔槍を握りしめた。

 愛する主君(エレナ)だけは、必ず救い出す。たとえ、“魔”である自分がどうなろうと――その覚悟が、魔槍を握る手に力を与え、そして全身に漲る魔力に勢いを与えた。





 オルステン歴七九一年、八月五日。

 世紀に残る“第二次魔王大戦”、その二日前のことである。






 ◇ ◇ ◇






 ――時間を遡る。



「うぅ……」



 “孕魔霊樹(ナヴァ・ム・グリア)”の下層、大空洞のさらに底。マルシアルの罠によって叩き落とされたエレナは、全身を鞭打つ痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと目を覚ました。

 玲瓏の宝珠(ラーグリア)の加護によって、外傷は負っていない。ぴちょん、としたたる水滴の音が、いやに大きく響いていた。



「……ここ、は……?」



 顔を上げ、身を起こしたエレナの視界に飛び込んできたのは、薄暗い洞窟のような場所だった。整地され、広大な空間として拡張されたそこには、巨大なガラス筒が所狭しと置かれ、一定間隔に配置された仄明るい緑光が足元を照らしている。

 エレナはゆっくりと起き上がった。淡く照らされたガラス筒には、何かの液がごぼごぼと揺蕩っている。エレナの知見には薄い、魔術師の工房だろうか。どこに罠が仕掛けてあるか分からない。エレナは“水精の剣”を抜き、構えたまま慎重に進んだ。

 しばらく、何も現れなかった。足元を這い回る何かの配管を慎重に避けながら、一歩一歩を踏みしめるように歩く。重く、粘っこい魔力が充満している。この場所は打ち捨てられたものではない。まだ生きて、何かしらの目的で稼働している場所だ。

 この空間の出口は、終わりは一向に見えない。単純に広いのだろうか、それとも、濃密な魔力で方向感覚を歪められているのだろうか。何があるか分からない。たった数十メートルを歩くのに、エレナはどっと疲労を覚えさせられ、小休止を挟むことにした。無防備にもガラス筒の一角に寄りかかったのは、仕方ないと言えるかもしれない。

 ――だん、と何かがガラス筒を強く叩いた。



「ゲェぇェェッ」

「ひぃっ!?」



 大きな音と何かの鳴き声に、エレナは文字通り飛び上がった。反射的にガラス筒から離れ、“水精の剣”を構えながら、その正体を検める。

 鍔元の宝玉、玲瓏の宝珠(ラーグリア)が輝きを放ち、巨大なガラス筒の全貌を浮かび上がらせる。そこに映っていたモノに、エレナは度肝を抜かれた。



「……これ……は……!?」



 それはヒトの頭だった。老翁の頭、青年の頭、少女の頭が、無秩序に継ぎ接ぎされていた。

 それは獣の脚だった。狼の脚、山羊の脚、獅子の脚が、挿し木のように無理矢理に押し込まれていた。

 それは植物の枝だった。肉片を縛るように蔦が伸び、筋線維を補うように枝が這っていた。

 ――腐腫蜘蛛(オヴリグルマ)よりもさらに醜い、生物の出来損ないが、ガラス筒の内側からエレナを見つめていた。



「……うぇ……っ……」



 思わずえづきを覚えたエレナは、しかしはっと何者かの気配に気づき、周囲を見回した。

 老婆が見ていた。婦女が見ていた。老翁が見ていた。少年が見ていた。青年が見ていた。少女が見ていた。

 同じように肉片を継ぎ接ぎされ、獣の脚を挿し込まれ、植物の蔦で固定された肉塊が、周囲のガラス筒からエレナを見つめていた。その数は、三十を優に超える。

 これは、何だ? ここで何が起こっている? 自分は何を見せられている?



「……まさか……イシマエルの、製造工場……!?」



 ガラス筒の内側に浮かぶ肉塊のひとつが、ゲェぇェェッっと呻いた。それに呼応するように、他の肉塊たちも呻き声を上げ始めた。不快な不協和音に吐き気を覚えながら、それでもエレナは、その一つ一つを見つめ続けた。

 この人たちは(・・・・・・)まだ生きている(・・・・・・・)

 五体を引き裂かれながらも、まだ死んでいない。異形に変わり果てながらも、その意識ははっきりしている。もはや人ならざる声を発しながらも、唯一無事なエレナに向かって助けを求めている。



(助けなきゃ――)



 反射的に、エレナは“水精の剣”を構えた。生きているなら、魂が残っているのなら、玲瓏の宝珠(ラーグリア)の権能で元通りに――



――たすけて、どうするの?



 そんな(こえ)が、内側から囁いた。

 エレナはばっと振り返った。誰もいなかった。肉塊たちの不快な合唱が響く以外、何者もいなかった。

 そんなはずはない。だって、今確かに聞こえた。聞き覚えのある声(・・・・・・・・)が、自分を咎めるように――

 それが己自身の(こえ)であると、気付くのに少々の時間を要した。



――たすけてどうするの? クライドたちが助けに来るのを待ち侘びて、みんなで飢えて干からびちゃう?

――それともここで置き去りにして、魔力汚染で発狂させる? ふふふ、結果はおんなじだね。



 醜い異形たちの醜い合唱が木霊する中、エレナは内側からの(こえ)に苛まれた。

 助けを求めている。救いを求めている。唯一の生者であるエレナに、希望を求めている。それなのに――



――そもそも、どうやって助けるの? 誰の部品がどこにあるか、分かってる?

――男の人の腕の代わりに、女の子の脚をくっつける? おじいさんの足の代わりに、おばあさんの頭をくっつける?

――ふふふ、子供のお遊びみたい。あの魔人たちと、やってることがおんなじだね。



 内側からの(こえ)に反論できず、エレナは頭を抱えて蹲った。

 どうしようもない。玲瓏の宝珠(ラーグリア)の権能でできるのは、傷を癒すことだ。質量保存の法則を覆して再生させることではない。生きたまま重要臓器を切り離されて、別の生物と継ぎ接ぎにされ、苦しみながらも生かされているこの人たちを、綺麗さっぱり元通りにすることではない。自分が何物かも分からなくなったまま、ただ苦痛に喘ぐだけの生命を――不可逆的な変質を経てしまったモノを回帰させることではない。

 あとひとつ、エレナにできることは――



「……はぁーっ……はぁーっ……はぁーっ……」



 エレナは震えながら立ち上がった。先ほどと同じように“水精の剣”を握り、しかし決定的に異なる構えをとる。その刀身が水を纏い、ごうごうと激流に変じ――エレナは、ガラス筒の一つに向けて振り抜いた。



「ギィぃィエェェぇぇッ」



 激流の刃がガラス筒を両断し、その中にいる肉塊を斬り裂いた。びちゃびちゃと夥しい血を噴き出し、割れた断面からナニカの液体を垂れ流し、浮かんでいた肉塊がべちゃりと崩れ落ちる。激痛に悲鳴を上げる肉塊は、しかしさらに押し込まれた激流の刃に圧し潰され、か細く消えていった。それきり、肉塊は動かなくなった。

 それを見届ける余裕は、エレナにはなかった。ただ縋るように(あし)を伸ばしエレナに向ける肉塊たちに向かって、エレナは無心に激流の刃を振るった。それが炸裂しガラス筒を両断するたびに、内容物である肉塊たちを引き裂くたびに、あまりに醜い末期の声を聴くたびに、エレナは心胆が押し潰される思いに襲われた。その頬を濡らす液体の正体について、自覚する資格はなかった。



「グェぇぇあァぁァッ」

「……ごめん、なさいっ…………ごめんなさい……っ……!」



 肉塊たちの悲鳴に混じり、絞り出すような少女の懇願が聞こえてきた。



 やがて半刻も経つと、悲鳴は聞こえなくなった。ぴちょん、とナニカの液体がしたたる音が、いやに大きく響いていた。




雷撃断鋼

 ヴァルク傭兵団の長、カルドクが振るう大剣

 “魔公女”シルヴィアの手により、魔導具として調整された

 周囲の魔力を取り込み、電撃として放出する


 魔人との戦闘に備え、急遽調整された武器

 だが彼は、魔導具をいまひとつ信用していない

 いつも通り、普通の剣として振るうだろう


 ……使い方がよく分からん。頭悪ィんだよ、俺は

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