04.魔人の里
閼伽水
無仁流奥義のひとつ
両脚で対手の胴に組み付き、締め付ける
全霊で締め上げれば、対手の腸を傷付けるだろう
対手が血を吐き、倒れ伏すさまを見て
十代目・柾秋は狂乱に笑った
神仏照覧、これぞ武の神髄であると
“秘境ランゼル”。やがて資料を読み飽きた崚は、クルセブルの言葉に従い、秘境の様子を見て回ることにした。子供は苦手なので、その面倒は後回しである。
秘境全体は、太い樹々が囲う大森林の中にあった。吊橋で繋がれたツリーハウスがあったり、ログハウスがあったり、竪穴住居のような重厚な家屋があったり。周囲すべてがくさいことに目を瞑れば、まさに秘境絶景と呼んで差し支えない景色である。崚は地の上に建設されたログハウスにいたようだ。ラクラーガンの家なのかクルセブルの家なのかは分からないが、周囲を見回しても、極端に贅貧の差が見える様子ではない。『世界の理』からはみ出した魔人たちが身を寄せ合う、小さな小さな集落だった。
「おにいちゃん、だぁれー?」
ぼんやりと秘境を見回す崚のもとへ、背丈の低い魔人たちが歩み寄ってきた。茶色の犬頭に、白い兎頭に、キジトラ柄の猫頭。崚の半身程度しかない背丈の獣人たちは、魔人の年齢判別のつかない崚でも幼く見えた。これらがクルセブルの言っていた、里の子供たちだろうか。
「しってる、こないだクルセブル兄ちゃんが連れてきた『にんげん』だろ」
「毛がうっすーい。へんなのー」
「角もなーい。へんなのだー」
「へんなみみー」
子供たちは崚を指差し、好き放題に言い放った。面倒くせえ、と崚は無視した。他種族を見たことがない子供の反応としては、至極真っ当なものだろう。それにいちいち目くじらを立てるほどの自尊心もない。あと角がないのはお前たちもだろうが。
なお、もしも髪色に触れていれば即抜刀し、小さな首なし死体が三つ出来上がっていたであろうことは、読者諸兄のご想像の通りである。
「おれしってるぜー。“シト”なんだろ、にいちゃん」
家屋の縁に座り込んだ崚に向かって、犬頭の子供が口を開いた。
「“シト”ってなにー?」
「な、なんか、『そと』のやべーやつだよ」
「……それは知ってるとは言わん」
が、その知ったかぶりは即座に剥がれ落ち、さしもの崚も思わずツッコんだ。半端な知識で得意ぶる様は、見た目相応の振舞いに見える。こんな幼児には、“使徒”も“大いなる理”も関係ない話だろう。
それをつつくかのように、兎頭の子供が口を開いた。
「ぼく知ってるー、『外』のせんしなんでしょー」
「せんしー?」
「ぼくたちみたいなのを狩るんだってー」
「きゃー、こわーい」
その言葉に、子供たちはきゃっきゃと笑った。あまり笑えない話のはずなんだが……と崚が閉口したのは言うまでもない。生まれてこの方、里の外を知らない子供の認知などそんなものだろう。
「シトのにいちゃん、『外』ってどんなとこー?」
「なにがいるのー?」
「おれしってるぜー、『にんげん』がいっぱいいるんだ」
「どれくらいー?」
「知らん」
頬杖をついて眺める崚に向かって、子供たちは口々に問いを投げた。この異世界にあって、むしろ崚が知らないことの方が多い。人間の数が多いのは間違いないが、その人口など知らないし――ともすれば、総数としては魔物の方が多い世界なのかも知れない。知らぬものは知らぬと、崚は雑に聞き流した。
「『にんげん』ってなにしてるのー?」
「魔物と殺し合いやってる」
「知ってるー、まもの食べるんでしょー。こわーい」
「人間同士でも殺し合いやってる。いっぱい」
「きゃー、こわーい」
続けられる頑是なき質問と、崚の雑な返答に、子供たちは再びきゃっきゃと笑った。まさにその両方の当事者としては、「こわーい」で済ませられるものでも、笑える話でも、そのつもりで言ったわけでもないのだが……この辺りは、閉鎖的な環境が生み出した浅薄な認識というべきなのだろうか。
崚のことなど半ばそっちのけで、きゃっきゃと笑い合う子供たちの様子を眺めながら、崚はラクラーガンとの対話を思い返した。
◇ ◇ ◇
「『“魔”とは何か』――君は、考えたことがあるかね?」
そう切り出したラクラーガンに、崚は眉をひそめた。あるといえばあるし、ないといえばない。
「“大いなる理”に仇なす怪物。世界を脅かす邪悪。――それ以上のことは、聞いてない」
「だろうね。少なくとも“神”の側にいる君に、それ以上の情報は必要ない」
普通の人間ではない。普通の動物ではない。普通の植物ではない。――では、その境界線は? 『普通』と『邪悪』を区分する基準は、どこにある?
崚が自分から認めた無関心を、ラクラーガンは咎めなかった。“魔”とはすべからく滅ぼすべき邪悪であり、いかなる理由があろうと見逃してはならない。それは“神”の側にとって――そしてきっと“人”の側にとっても――常識であり、当然であり、無謬なのだろう。それを『思考停止』と自ら咎める崚こそ、異端と言えるかもしれない。
「だが、今一度考えて欲しい。そもそも何故“魔”は発生する? 何故、君たち使徒が神器を用い、征伐する必要性に駆られる?」
しかし、ラクラーガンは意外な方向に舵を切った。“理”と“魔”を分ける境界線ではなく、“魔”の発生そのものの原理?
「どういう意味だ」
「“大いなる理”が完全に機能しているなら、そもそも“理”に叛逆する“魔”など現れないはずだ。この世界を廻す大原則なのだから。
“魔”の尖兵たる魔物も同じ。その頂点たる魔人も同じ。生物が有する魔力も同じ。その萌芽そのものが、顕れるはずがないのだ」
それは――と、崚は言葉を失った。そもそも魔力のない地球から来訪した崚だからこそ、納得できる視点だろう。
無論、地球科学でも、未だ不可解なことは多い。解明されていない事象の謎は多い。しかしそれは世紀を追うごとに、年を追うごとに、あるいは月を追うごとに減りつつある。「これとこれがこのように作用したからこうなった」と、理路整然と解明されつつある。「不思議な力が働いたから、そういうものである」と思考停止するこの世界の方が――『解明しようのない力』を前提とした在り方こそが、実のところ異常なのだ。
「無論、それを祓う精霊と法術が存在し、何より君たち神器の使徒がいる。神器が“魔”を征伐し、精霊が世界を鎮めることで、この世界は成り立っている。
――しかし、それらは対症療法でしかない。はじめに“魔”という不正ありきで、その不正を糺すために、君たちという“理”の尖兵が必要とされる。そう思わないかね」
ラクラーガンの言葉は、崚を納得させるだけの説得力があった。“魔”あるいは魔力と同じように、神理霊験もまた地球には存在しない――少なくとも、科学的な証明を伴うものは。
つまり両者は、表裏一体というわけだ。“魔”があるからこそそれを討つ神器が必要となり、魔力が尽きないからこそ精霊がそれを祓う必要に駆られる、ということなのだろう。
「そもそも、“理”のありようが厳正で、“魔”が発生する余地がなければ、それを殺す神器の存在も必要ないってことか」
「その通りだ。――しかしそれならば、この現実はどう説明する? 『あってはならないものが発生する』という矛盾は、どうやって解決する?」
それが問題となる。地球のそれがどうであれ、“大いなる神の理”が正しく機能しているのなら、そもそも“魔”という邪魔者が発生する前に、その芽を摘むことができるはずだ。しかし、この世界の在り方としてそうなっていない以上、どこかに限界が存在する。“大いなる理”で制御しきれない何かが、その軛を壊す何かが存在するということになる。
しかし、そこで崚の思考は行き詰まった。“大いなる神の理”――そんなものを超克する存在? まるで想像がつかない。それこそ“魔王”に匹敵、あるいは凌駕しうる強大な存在だろう。そして、魔王トガがその起源ではないことははっきりしている。崚の頭を悩ませているそれの正体は、有史以前から存在したはずだ。
そんな崚の悩みを見抜いたかのように、ラクラーガンは口を開いた。
「答えは一つだ。――生命そのものが、“魔”の可能性を宿している」
「……は……!?」
思わず唖然とする崚に構わず、ラクラーガンは淡々と畳みかけた。
「自然環境への適応による進化。生存領域の拡大に伴う環境への影響。そもそも生物とは、その根源からして捕食簒奪という、『他者からの収奪』を前提とする存在だ。必然、世界のありように干渉を与える能力を有している――そして“大いなる理”の抑止が、それに追いつかない」
「ちょ――まて、それは――そんなの――」
言葉が理解できない。思考が追い付かない。憔悴する崚の認識に誤りがなければ、その論理はあらゆる生命に適用されることになる。ヒトも、魔物も、魔人も関係なく。あらゆる人間、あらゆる動物、あらゆる植物に該当しうる。それはまるで――
「『生きようとする意志』そのものが、急激な自己変革――つまり、『進化』という名の変質を生む。それが天然自然をも歪め、変容させ、“あるべき自然の理”を破壊する。
生命の第一原則たる生存本能は、しかしそれ故に“理”という名の軛を破壊する強大なエネルギーを秘めている。そのエネルギーの発露こそ、“魔”の誕生なのだ」
生きることそのものが罪悪である、という理屈ではないか。
◇ ◇ ◇
脳裏にへばりついたラクラーガンの言葉が、崚の思考をぐるぐると混乱させていた。
――魔物もどきの讒言と切って捨てるのは容易い。迫害される側の妄言だと切って捨てるのは容易い。
「そう否定できないことは、他ならぬ君が識っているはずだ。無辜のヒトの血に塗れた神器を抱える、君自身が」
神器はヒトを救わない。
ただ“魔”を――『“大いなる理”に不要な敵』を鏖殺するための、冷酷無比な兵器。
何らかの理由で『”魔“ではないヒトを殺せる』というロジックエラーが生じていることに目を瞑れば、この神器が行使する権能はあまりに強大で残酷だ。ひとたび『要らない』と判断してしまえば、あまりにも呆気なく殺処分する――その本質は、ヒトを護る盾ではなく、敵を穿ち殺すための矛。邪魔者を消し去るための、無機質な兵器でしかない。そんな酷薄な代物を、人々は『自らを救う神』と崇めているわけだ。あまりに醜い欺瞞、笑えない茶番劇だと罵ることができるのは、余所者である崚だからこそなのか、どうか。
だが、“神なる理”に正義があるのも事実だ。“魔王”が天地廃絶に向けて動き出し、複数の魔人がそれに呼応している。人類どころか世界そのものを崩壊させる大事に対し、それを討つために神威を振るうことが邪悪であるはずがない。起源がどうあれ、過程がどうあれ、現在の状況として神器の権能が必要不可欠なのは事実だ。
生命そのものの原罪。矛盾を抱えた摂理。正義と大義。己自身が、どちらに傾くべきなのか――
「ねぇシトのおにいちゃん、なんかやってー」
そんな懊悩を抱える崚の意識は、とててと寄ってきた猫頭の子供の声によって引き戻された。
「なんかって何だよ」
「わかんなーい。おもしろいことしてー」
「ブッ飛ばすぞクソガキ共」
「きゃー、こわーい」
しかめっ面をした崚の脅し文句に、猫頭の子供はきゃっきゃと笑った。別に本気で脅かすつもりがあったわけでもないが、それにしても無垢すぎやしないか。めずらしい客がいるだけで面白い、箸が転んでも可笑しいお年頃、というやつだろうか。
「じゃあ、おもしろいことやったげるー」
そういうと、猫頭の子供はポケットから一粒の種を取り出し、地面に植えた。地面を軽く掘り、種を置き、ぽんぽんと土をかぶせる。ぼんやりと見守る崚の目の前で、猫頭の子供は埋めたその場所へと手をかざし、魔力を注ぎ込んだ。
見る見るうちに若芽が生え、勢いよく茎と葉を伸ばし、その先端に蕾を結び、そしてぱぁっと開いた。淡い色の、ユリのような花が咲いた。
思わず唖然とした崚の前で、猫頭の子供はぷつりとその花を摘み取った。そして、崚の目の前に突き出した。
「あげるー」
「え」
「にんげんって、まじゅつへたっぴなんでしょー? あげるー」
当然のように突き出された花に、崚は思わず面食らった。『花を贈られる』という行為を――それに相応しい応対を、崚は知らなかった。
「おはな、きらい?」
言葉ひとつ発しない崚に、猫頭の子供は首を傾げた。
――“魔”のにおいがする。ユリ科の強いにおいがする。不快感を露わにするには、十二分な理由があった。
それでも、
「……ありがとう」
崚は静かに受け取った。ぴりりと指先が僅かに痺れる痛みを、意図的に無視した。
「へへへー、きれいでしょー」
「……そうだな」
得意げに笑う猫頭の子供の言葉を、崚は静かに肯定した。――なるほど、こういうのも悪くない。
満足に付き合ってくれない崚に興味を失ったのか、子供たちはそれぞれに遊び始めた。魔術を使ってモノを生み出したり、駆けっこをしたり。快活なその姿を見ながら、崚はふと口を開いた。
「……お前、たちは……」
「なぁに?」
「『外』に出たいと、思わないのか」
崚の問いに、子供たちは揃ってきょとんと首を傾げた。
我ながら無為な質問だと思った。「世界を切り取った」というラクラーガンの言葉を信じるなら、ここにだけは“大いなる理”が作用しない。つまりその外側は“大いなる理”の支配する領域であり、彼ら魔人を拒絶し排斥する地獄に他ならない。
「ぼくたちは『外』にでちゃいけないんだってー」
「『そと』はこわいところだって、さとおさがいってるー」
「“おおいなることわり”にころされちゃうんだってよー」
案の定だ。子供たちの返答は、ラクラーガンに教えられた通りだった。ヒトにとっては正しき道理である“大いなる理”も、ヒトならざる魔人にとっては容赦なく牙を剥く絶望だ。口酸っぱく教えられてきたのだろうが、この子供たちは、それをただ鵜呑みにしているだけのようにも見える。
「そいつが何者なのか、知ってるのか」
「しらなーい」
「わかんなーい」
子供たちの曖昧な返答は、崚の想像通りだった。外に出てはいけない、外は危険だから――そんな訓戒を、ただ頭ごなしに教えられているだけだ。里の内側で満足し、外に出ようという好奇心を抑えつけるために。
「――じゃあ、そいつが無かったとしたら? お前たちが『外』に出ていいって、認められたとしたら?」
ともすれば、この里を崩壊させかねない――崚の核心的な問いに、子供たちは揃って顔を見合わせ、そして首を傾げた。
「しらなーい」
「わかんなーい」
「べつにいいかなー」
その返答は、崚に意外さを覚えさせた。『外』への興味がない、ということなのだろうか。
「『そと』はにんげんでいっぱいなんでしょー? きっとなかよくできないよー」
「……何で?」
猫頭の子供の言葉に、崚は思わず問い返した。
『仲良くできない』――それは概ね真実だろう。同じ人間同士でも殺し合いをしている連中だ、“魔人”などという異物を容認しなくても奇しくはない。それは、その通りなのだが――
「わかんなーい」
「ちがういきものだからねー」
「ねー」
頑是なき子供たちの核心的な言葉に、崚は反論の言葉を失った。
◇ ◇ ◇
「ボロボロだなぁ。これ、もう新しいのを設えた方がいいんじゃないか?」
「魔王の呪詛がびっしりこびりついておる。繕ったところで、どうにもならんじゃろうな」
里の職工の一人エダニアの工房に、複数の魔人たちが集っていた。
その関心の先は、崚から引っぺがした装備の数々である。休む間もなく重ねられた闘争、そして魔王の呪詛。ぼろぼろな見た目以上に痛めつけられた痕跡を、ヒトならざる生物たちは正しく見抜いていた。
「鎧の方もひでぇ有様だ。直したところで重荷になるだけだな」
「新しく鍛えてやるか。その方が良かろう」
「しかし、俺たちの魔力がこびりついてると、それはそれで嫌がるんじゃないか」
「そうだろうね。彼の“感”は特に繊細なようだ」
口々に喋る職工たちの言葉に、ラクラーガンは同意した。新しい装備を鍛えてやるというなら、できるだけ魔力が残留しない形にした方がいい。普通の人間や魔術師ならまだしも、相手は“使徒”という特別な存在だ。
「じゃあ手縫いね。ふふ、いつ以来かしら」
「鎧の方はそうもいかんな、魔術抜きで鍛える方法がない。魔力を抜くまで待つ必要がある」
職工の一人モルスはふふふと柔和な笑みを浮かべる一方、職工の一人ガプドラーは渋い顔を浮かべた。エダニアやモルスが担当する外套はともかく、ガプドラーらが担当するのは鎧と鎖帷子だ。魔術呪術ありきで成り立っているこの里で、鍛冶という複雑な工程を魔術抜きで行う想定などない。魔力をなるべく込めずに鍛造した上で、それが自然と消失する期間を想定しなければならない。
「では、すぐにでも始めるぞ。手早く取りかかれよ」
「おう」
ラクラーガンの一言に、職工たちはそれぞれ動き出した。『外』の事態は一刻を争う。なるべく早く動き、彼を送り出さなければならない。
「それにしても――魔王を討たせるために、使徒の武装を鍛えることになるとはの」
「世の中、何が起きるか分からんものだな」
ガプドラーがふと零した言葉を、ラクラーガンは静かに認めた。何かとイレギュラーが多いこの時勢とはいえ、魔人が使徒を補佐するなど、それこそ天地がひっくり返らなければ起こらない話だろう。
「あのよぅ……いいのかい?」
そこに、おずおずと割り込む声があった。クルセブルである。
「なんじゃ、お前さんが連れてきたくせに」
「いやぁ、そりゃそうなんだけどさ。
あの兄ちゃん、使徒じゃねぇか。俺たちの天敵なんだろう? いっとき匿うくらいならまだしも、こうして皆して助けてやるのも、どうなんだってさ」
職工の一人ニオスベの文句を認めつつ、クルセブルは苦言を呈した。何も、このまま放り出して見捨てたいという訳でもないが、本来なら一も二もなく殺し合う――どころか、右から順に虐殺される関係だという話だ。そんな相手を積極的に助けるなど、あべこべも極まる話だろう。
そんなクルセブルを否定することなく、ラクラーガンは静かに口を開いた。
「……魔王が、かつてと同じように天地廃絶を企てているのなら――我々にとっても、安息はない。魔人もどきなど、生かす価値はないのだから。
だとすれば、彼の魔王討伐を補佐する代わりに、使徒として目溢しをしてもらう方に賭けるしかない」
屁理屈の類だろう。誰もがそれを理解し、そして黙認した。クルセブル以外は。
「乗ってくれなかったら? あの様子なら、話せば分かってくれるかも知れねぇけど……」
「――他に道はない。問答無用の魔王より、対話の余地がある使徒に託すのみだ」
なお食い下がるクルセブルを、ラクラーガンはきっぱりと否定した。分の悪い賭けであることは承知している。しかし、魔王に縋る余地がない以上、『“外”の使徒』という特例存在である崚の良心に賭けるしかない。
「それに、彼なら解ってくれるはずだ。我々の意思を――ヘクターの遺志を」
使徒の加護を失った只人による、四十年の挑戦と挫折と苦悩――その意味を汲んでくれると、信じることにした。
魔界創生:護法の断崖
秘境ランゼルを包む結界
世界を切り取り、覆い隠す断絶の轍
秘境の住人に導かれなければ、訪れることはできない
ただの魔物から進化した、脆弱な魔人たちは
“大いなる理”と折り合うために、世界の端を切り取った
呪われた出生。それでも、生きていたかった




