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神宿ル劍  作者: 竹河参号
04章 魔の凱歌を謳え
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07.霊山エルネスカ

 使徒エレナとその供回りであるクライドとエリス、シルヴィアとモルガダ、ヴァルク傭兵団の面々とゴーシュ。

 全員の支度が整い、ムルムルの待つ野営地の外れへと集合した頃には、オルスの刻(午後六時ごろ)に差し掛かろうとしていた。夕闇の暗がりが襲い掛かろうとする中、塞がりかけの傷を全身に負った竜態のまま、ぐるぐると低く唸るムルムルの姿に、及び腰で畏怖しているのはラグとエリスだけだった。その腹に(もた)れかかるように昏睡し続けているのが、崚である。目立った外傷は見られないが、ぴくりとも動かないその姿に、全員が不安に襲われた。

 カヤは一足先に到着し、地面に法陣を描きながら支度を整えていた。金色に輝く霊王の剛槍(ゴールトムク)のもと、呪詛で腐った汚泥がひとりでに押し退けられ、がりがりと大地を削る音が響き渡っている。



「皆さん、揃われましたね?」

「こっちは大丈夫そうよ」

「ところで、どうやって移動すんだい。まさか、そいつの背中に乗って運んでもらうんじゃねェだろうな?」



 カヤの呼びかけに、それぞれが応答した。ゴーシュから連絡された定員通りではあるはずだが、それにしても一塊で移動するには少し多い。いかな(ムルムル)といえど、この人数をまとめて背に載せることは不可能だろう。



「“隙間の回廊”という法術を使い、空間を飛び越えて転移します。皆さん一斉に、瞬時に移動することができますよ」

「へー、便利っスね」

「いろいろと制約はありますが、エルネスカに帰還するのであれば最も有効な手段でしょう」



 カヤの説明に、一同はほーと感心の声を上げた。特に、シルヴィアを驚嘆させる事実だった。遠距離、多人数の同時転移は、魔術界では極めて難解な理論と下準備を要する高等技術だ。実用性という意味では、机上の空論にさえ近い。無論、精霊の権能を借りる法術儀式であるからして、制約が多いのは間違いないだろうが、『できる』という点においては、一歩優れていると言えるだろう。

 法陣を敷き、七宝の祭器を配置したカヤは、一同に向き直ると「法陣の中にお集まりください」と指示した。法術儀式どころか、魔法の知識も碌にない連中が大半だ。地面に刻まれた法陣を損なわないようにと、恐る恐る踏み込む傭兵たち、その全員が法陣の中に入ったのを見届けると、カヤは改めて口を開いた。



「実行前に、ひとつ注意を。

 ――“隙間の回廊”は、闇に由来する法術です。一瞬ではありますが、発動すると暗闇に呑まれます。くれぐれも、動揺なされないように」



 カヤの注意喚起に、一同は無言で頷いた。とはいえ、その意味を正確に理解できている者はほとんどいない。彼らの知る闇と言えば、夜更けのそれがせいぜいであり、つまり星と月の灯りを有するものばかりだった。『光なき完全なる闇』というものを、彼らは本質的に知らなかった。



“――闇よ来たれ、夜より来たれ。輝ける栄光の(きざはし)、アルメギスの頂の彼方。偉大なるレーベフリッグの御許へ、我らを導き給え――……”



 カヤの詠唱と同時に、闇が降ってきた。一部の隙もない漆黒が、瞬く間に一同を呑み込んだ。






 ◇ ◇ ◇






 一分経ったか、十分経ったか、それとも一秒と経っていなかったのか。その正確な経過を知る者は、一人としていない。

 一同は、滾々とした闇に取り残された。光もなく、音もなく、熱もない。法術師カヤから事前に聞かされていたとはいえ、濃密に満たされた無辺の闇は、どうしても不安を煽る。世界の外側、どこでもない場所(・・・・・・・・)に一人取り残されたような不安――その恐怖を全員が感じていながら、しかし誰とも共有できなかった。隣にいるはずの仲間たちの気配すら、彼らは感じ取ることができなかった。

 闇に呑まれたときと同じように、光の世界に放り出されたのもまた唐突だった。急激な光量の変化に視神経が適応できず、一同は視界がホワイトアウトする錯覚に襲われた。

 やがて光に慣れ、視力を取り戻した一同を取り囲んでいたのは、堅牢な石造りの壁だった。竜に守られた七ツ星の紋様は、神器と竜を奉る七天教の象徴である。その隙間を埋めるように掲げられた篝火が、ぱちぱちと爆ぜる音を響かせていた。闇に襲われる前に見ていた風景、屋外である野営地の外れの景色とはまるで異なる。つまり――到着したのか。かの七天教の総本山、霊山エルネスカに。



「え、もう着いた!?」

「みたいね。さすがは“長巫女”サマ、法術の腕前も伊達じゃないか」



 殊更に驚愕するエレナの隣で、しかしシルヴィアも驚嘆を隠せなかった。ざわざわと喧騒に包まれる一同の前に、一人の神官が現れ、先頭に立つカヤへと恭しく頭を下げた。



「カヤ様、お帰りなさいませ」

「ただいま戻りました。こちら、使徒エレナ様とその護衛隊です。皆さんお疲れですので、すぐに部屋の支度を」

「承知いたしました」

「レーベフリッグ様からは何か?」

「はっ。カヤ様のご報告をお待ちになっておられます。星剣エウレガラムの使徒様の容態も確認したいと」

「耳が早いですね。すぐに向かいます」



 万事了解済みと言わんばかりに、てきぱきと話が進んでいく。一通りの情報共有を果たしたカヤは、改めて一同に向き直った。



「皆さん、これからわたくしは、リョウさんを伴い、大智竜レーベフリッグ様へ報告に伺います。部屋の支度を命じましたので、皆さんはゆっくりとお休みください」

「その、レーベなんちゃらサマに任せれば、リョウの奴も回復するのかい」

「こ、こら! 失礼っスよそんな言い方!」

「少なくとも、何らかの知見は得られるかと。レーベ様は博識でいらっしゃいますから」



 不躾なカルドクの質問を、ラグが慌てて制止にかかるが、カヤは柔和に微笑むばかりだった。

 ともかく、崚のことはカヤに託すしかないらしい。神官が案内のために進み出る横で、カヤに向かって歩み寄る者たちがあった。



「わ、わたしもご一緒します!」

「オレも、参ります」

「あたしも。色々聞かせて欲しいことがあるんだから、のんびり休んでなんていられないわ」

「了解しました」



 エレナ、クライド、シルヴィアの三名である。その顔に疲労の色を見せながらも、決して退く気のない強い意志を見出したカヤは、それに逆らわなかった。一団の意思決定に深く関わる人物である以上、事情の説明をしておくに越したことはない。カヤは、その手の金色の長槍をムルムルへ――その傍らで眠り続ける崚へと向けた。



“――エンリスの風と雲よ、優しく慈しめ”



 カヤの詠唱とともに、ふわりと風が舞い、崚の体躯を包んだ。そのまま宙へ浮かび上がったのを見届けると、ムルムルはようやく毛玉姿に化身し、ふわりとエレナの肩に向かって滑翔した。心なしか、その毛並みがよれているように見えた。



「では、こちらへ」



 そう言いつつ歩き出すカヤに追従するように、崚の体躯が音もなく宙を滑った。その後ろに付いて歩き出す一行の背後を、ゴーシュが無言で付き添った。






 ◇ ◇ ◇








「――まず、そもそもの話を聞かせて欲しいんだけど」



 篝火が照らす廊下に、一同の足音が響く。その沈黙を最初に破ったのは、シルヴィアだった。



「『魔王復活』ってのは、どうやって? 八百年前の“魔王大戦”で、滅ぼされたんじゃなかったの?」

「……その話をするには、まず“魔王大戦”の顛末を説明する必要がありますね」



 シルヴィアの詰問に、先頭を歩くカヤの顔がわずかに強張る。その表情の変化に、その意味に気付いた者はいなかった。



「結論から言うと、魔王は滅んでいませんでした」

「――はぁ!?」



 衝撃的な回答に、驚愕したのは当然シルヴィアだけではなかった。それは、前提情報そのものの破壊ではないか!

 そんな一同の衝撃を慮る余地もなく、カヤは説明を続ける。



「“魔王大戦”において、最後まで生き残った使徒たち――“聖剣使い”ヘクター・ベルグラントと、“水の乙女”カロリーネの手により、魔王トガはその肉体から魂を奪われ、ひとつの宝玉に封じられたといいます。

 そして、その肉体は三大忌地“ガルプスの渦”に封印され、その魂を宿した宝玉は、使徒カロリーネに託されたそうです。玲瓏の宝珠(ラーグリア)の神威“抱擁の水面”によって、その魔力を封じ続けるために」

「――まさか、それが……」

「“魔王の紅涙”――ベルキュラス王国では、“紅血の泉(オプセデウス)”という名前で伝わっていたそうですね。それが、あなた方の王国の起源。王室の秘宝として、隠され続けた聖遺物の正体です」

「そんな……」



 淡々と語られる説明に、クライドはあんぐりと口を開けることしかできなかった。思わず立ち止まりそうになるほどの驚愕を覚えた。そして同時に、並び歩くエレナへと意識が向いた。そんな“紅血の泉(オプセデウス)”を抱えていた彼女は、この真相をどこまで把握していたのだろうか?



「エレナ様、は……これを、ご存知で?」

「えっと……その、強大な“魔”の魂が封じられている、ってことまでは。さすがに、あの魔王だとは思わなかったけど……ごめんね、秘密にしてて」

「いえ……王国の機密なれば、仕方ないことかと……」



 申し訳なさそうに眦を下げて白状するエレナに、クライドも返す言葉がなかった。そんな劇物が、他でもないベルキュラス王室によって隠されていたというのか。終わったはずの神話が、現代にまで影を落としている――当たり前の常識が、根底から覆されているかのような気分だった。



「で、問題は――どうして今、その封印が破られたの?」

「おそらくは、アレスタの計略だ。配下を遣って“紅血の泉(オプセデウス)”を奪い、その封印を破らせると同時に、魔王復活の依代としたのだと考えられる」



 シルヴィアの質問に、答えたのはその後ろを追従するゴーシュだった。突然の失踪、死亡したと思われていたジャンの裏切り、そして魔王復活……状況証拠としては妥当なところだと思った一同だが、当のシルヴィアはぎょっとした表情で振り返った。



「え――ちょ、待ちなさいよ。そんなはずないでしょ」

「シルヴィ?」

「アレスタの奴、雷獣の鉤爪(イルンガルツ)の使徒なんでしょ? なんでアイツが魔王復活を画策するわけ!?」

「そうなの!?」



 シルヴィアの言葉に、今度はエレナが驚愕する番だった。失われたはずの雷獣の鉤爪(イルンガルツ)、その使徒が、事もあろうにあのアレスタ?



「ご存知だったのですか?」

「あくまで推測どまりだけどね。状況証拠から言って、他の可能性はかなり低いわ」



 一方、カヤもまた驚いてシルヴィアに問うた。中立不干渉として距離を取っていた七天教とは異なり、シルヴィアには崚という情報源があった。アレスタと実際に交戦した彼の証言から、『雷獣の鉤爪(イルンガルツ)の使徒である』という推論に至ることができたのだ。



「――ていうか、ちょっと待ちなさいよ」

「どうされたのですか?」

「アンタ、確か王女軍の諜報よね? 何しれっと付いてきてんのよ」



 シルヴィアはぎろりとゴーシュを睨んだ。使徒であるエレナ、その護衛を務めるクライドと異なり、彼はそもそも霊山(ここ)に同行する動機自体がない。この男は何者だ?

 ところが、それに答えたのはゴーシュ当人ではなかった。



「わたくしの依頼ですわ」

「は?」

「数年前、ここエルネスカの占述にて、ひとつの疑惑が生じました。――『“水の国”に不穏な動きあり。雷獣(・・)が騒乱をもたらす』と。

 雷獣の鉤爪(イルンガルツ)の再来と、その使徒が謀略を弄していると判断したわたくしは、大神官長として彼を雇い、その調査を依頼していたのです」

「結果として、事前阻止には失敗したが。今回の一件は、私の力不足がもたらした失態ともいえる」



 さらりと明かす大神官長カヤとその密偵ゴーシュに、シルヴィアはもう何も言えなかった。そういう大事なことはもっと先に言えとか、清らかな聖職者ぶっといてなかなか腹黒い連中だとか、責任を感じているならもっとそれらしい態度を取れとか、言いたいことは渋滞しているが、いまさら糾弾しても仕方ない。シルヴィアは大きくため息を吐くと、それらの文句をぐっと飲み込んだ。

 ――実のところ、カヤのそれは神官として(・・・・・)かなり思い切った判断であったのだが、そのことを理解しているのは、当人たちだけである。



「話を戻すが――アレスタ自身の魂胆は分からない。だが、彼も最後の一手を欠いていたはずだ。つまり、封印を破るための“鍵”がなかった」

「そうですね。神器の権能で施された封印であれば、それを破るのも神器でなければならないはずです」



 ゴーシュの説明に応えつつ、カヤはついに一つの大扉の前で立ち止まった。その両脇に立つ衛士がばっと姿勢を正して立礼し、即座に大扉を開けた。篝火も焚かれていない暗がりに、カヤは迷いなく踏み込んだ。その奥は、どうやら大広間のような空間らしい。躊躇なく突き進むカヤに、一同は戸惑いつつその後を追った。

 ともかく、問題は封印破壊のための“鍵”だ。シルヴィアの意識は、崚の手に握られたままの刀に向いた。



「――つまり、こいつが持ってるこの剣ってわけだ」

「そ……そうだったのですか?」

「でも、“剣の神器”はないはずじゃ……?」



 シルヴィアの確信に、クライドとエレナはそれぞれ疑問を口にした。伝説が正しければ、“剣の神器”は退魔の光剣(エウトルーガ)晦冥の湾刀(イーレグラム)であり、そしてそのどちらもが失われたはずだ。果たしてその疑問に答えたのは、彼らのいずれでもなかった。



『もう百八十年は前……たしかオルステン歴では、六一二年だったかねぇ。四代目のオレステが、ひとつの預言を発表した』

「――誰だ!?」



 どこからか、老婆のような声が木霊し、クライドはばっと槍を構えた。エレナとシルヴィアも同様に身構え、声の主を捜す。カヤだけは、了解済みであるかのように静かに立っていた。

 大広間の壁に掲げられた篝火が、ぽつぽつとひとりでに灯り始める。その中央に鎮座するそれ(・・)の姿に、カヤとゴーシュを除く三人は度肝を抜かれた。

 ――そこには、一頭の巨竜がいた。

 鈍い黄金色の鱗に覆われたその巨体は、化身したムルムルのさらに数倍はある。この場の全員を一呑みできそうな巨大な顎を閉じ、身を伏せる形で一同を睥睨していた。顎を乗せるように置かれた前脚には、太く鋭い鉤爪を備えている。三対の大角も巨大な皮翼も、その巨体に隠れ、一同からは見えない位置にあった。爬虫類特有の鋭い瞳は、優しげに細められた瞼によって、辛うじて和らげられていた。



「この方が、大智竜レーベフリッグ様です」

『初めまして、坊や。そこまで警戒されると、さすがの(ばば)めも悲しいよ?』

「も、申し訳ありません……失礼をいたしました」

「うふふ。レーベ様はお優しいですから、心配はいりませんよ」



 カヤの紹介を受け、巨竜ことレーベフリッグが言葉を発した。七天教にあって、竜もまた崇拝の対象たる本尊である。ひたすら己の無作法を恥じ入るクライドに対し、しかし当のレーベフリッグとカヤは、柔和に笑うばかりだった。

 一方、シルヴィアとエレナもその威容に衝撃を受けていた。



「これが――霊王の剛槍(ゴールトムク)の臣獣、大智竜レーベフリッグ……」

『噂は聞いているよ、“魔公女”。意外と可愛らしい反応をするんだねぇ。

 それと……そっちが玲瓏の宝珠(ラーグリア)の使徒、エレナ王女だね?』

「は、初めまして」

『こんな(ばば)めに緊張するこたぁないよ。今回は、お前さん方が頼りだからねぇ』



 緊張を隠せない二人へ、レーベフリッグは柔らかい言葉を投げかけた。とはいえ、はいそうですかと順応できるほど厚顔な二人ではない。大智竜レーベフリッグといえば、現代では最も齢を重ねた古竜であり、七天教を興した実質的な開祖、歴史の生き証人である。

 エレナの肩に留まるムルムルが、「きゅ!」と前脚を上げて鳴いた。それに気付いたレーベフリッグは、その目をいっそう細めた。



『はい、元気でよろしい。お前さんが、玲瓏の宝珠(ラーグリア)の新しい臣獣だね? 名はなんていうんだい?』

「む、ムルムルと名付けました」

『そうかい、かわいい名前だねぇ』

「――それで? その預言ってのは、どういう内容なの?」



 一足先に平静を取り戻したシルヴィアが、さっそく問いを投げた。対するレーベフリッグは、何事かを諳んじるように虚空に目を向けた。



『「失われた聖なる両面は、星の剣(エウレガラム)として再来する」――それが、あの子の発表した内容だった』

「つまり、失われた退魔の光剣(エウトルーガ)晦冥の湾刀(イーレグラム)に替わる、新たな神器が誕生するということです」



 一同の視線は眠り続ける崚へ、その手に握られた刀へと集中した。失われた二つに替わる、新しい“剣の神器”――候補としては、他にない。



「それが……こいつの持っている、この剣……?」

「え、それ、変じゃない?」

「どうしたの?」



 一頭と一人の説明に、首を傾げて反応したのはシルヴィアだった。



「確かレノーンって、王室自体が退魔の光剣(エウトルーガ)の使徒ヘクター・ベルグラントの末裔で、代々の王が退魔の光剣(エウトルーガ)の使徒でもあるっていうお触れ込みじゃなかった?」

「そなの?」

『ああ、あれは連中が勝手に言ってる嘘だよ』

「そうなんですか!?」



 シルヴィアの疑問、それに対するレーベフリッグの言葉に、エレナとクライドは大きく驚愕させられた。レノーン聖王国――霊山エルネスカの北、世界の北西を支配する強大な国家。ベルキュラス本国と直接の関わりはないが、その威明は風聞にて聞き及んでいる。その解説を、カヤが買って出た。



「彼らが真実、使徒ヘクターの末裔なのかどうかは分かりません。それは、おそらく事実なのでしょう――ですが、皆さんご存知の通り、退魔の光剣(エウトルーガ)そのものは“魔王大戦”で失われました。かの国は偽りの権威を振りかざし、強権的な政治を行うための方便として用いているに過ぎません」

(もっと)も、それが秘匿されていたうちはまだ良かったんだけどねぇ……オレステが星剣の予言を発表しちゃったものだから、各国は大混乱さ。世界の西側は、ここエルネスカとレノーンが対立して真っ二つなんだよ』



 カヤの説明に、レーベフリッグは深々とため息を吐いた。四代目大神官長オレステが発表した預言――西側世界に大きな混乱をもたらした衝撃。それは百年を超えた今でも、収束の兆しを見せていない。



「ま、レノーンの勝手なお題目なんてどうでもいいわ。つまりこいつの持ってるこの剣が、その星の剣(エウレガラム)っていう神器で、同時に魔王の魂を解き放った本体ってことね」

「……その通りですが……」

『賢しい言い方は嫌われるよ、お嬢ちゃん』

「結構よ。政治屋なんて、嫌われてなんぼだし」



 棘のあるシルヴィアの言葉に、カヤは分かりやすく閉口し、レーベフリッグも諭しの言葉を掛けた。仮にも神器を、まるで魔王復活の元凶であるかのように言い捨てるのは、なかなかに不敵な発言だ。しかし当のシルヴィアといえば、ふんと鼻を鳴らすだけだった。綺麗ごとで世界が回るなら、自分たちだってここまで苦労していない。



「では――リョウが、その星剣……エウレガラムの使徒ということに、なるのですか」

「ええ。今まさに、星剣の加護で命を繋いでいるのが、その証拠でしょう。――それで、レーベ様。彼の容態はいかがでしょう?」



 クライドの質問を受け、カヤがレーベフリッグに問うた。竜はその巨大な瞳をもって、宙に浮いたままの崚を覗き込んだが、やがて何かに気付いたかのように驚嘆した。



『……これは……なんとも、奇妙だね……』

「レーベフリッグ様、こいつはどんな状態なのですか!?」

「落ち着きなさい、クライド。あんたが焦ったってしょうがないでしょ」



 焦れたようにせっつくクライドを、シルヴィアが冷静に宥めた。彼女自身、“新しい神器”の使徒というキーマンについて、その容態が気にならないと言えば嘘になる。だが、その詳細を最も理解するはずのレーベフリッグは、芳しくない表情を見せた。



『この坊やは今、星剣と対話(・・)をしている。この(ばば)でも手が出せない』

「……対話? それは、どういう……?」



 謎めいた表現に、カヤでさえ戸惑いを見せ始める。世界に七つしかない神器――その使徒の選定が非常に希少な出来事であるのは間違いないが、そのうちのひとつ霊王の剛槍(ゴールトムク)の使徒継承を代々補佐しているのが、他ならぬこのレーベフリッグである。にもかかわらず、このような反応を見せるのは、史上類を見ない事態だった。



『この(ばば)も初めて見る状況だ。“外”の者となると、使徒覚醒にも特別な手順が必要なのかねぇ』

「……“外”……?」

『おや、知らなかったのかい?』



 困ったように呟いたレーベフリッグの言葉に、エレナが違和感を覚えた。それに気づいた巨竜はといえば、まるで当然の事実であるかのように、意外そうな声を上げた。

 『霊山エルネスカの』という意味には聞こえない。まして『ベルキュラスの』でもない。これは、まるで――



『ここではない何処か。いまではない何時か。遠い空を隔てた彼方の地――この坊やは、異世界からやってきたんだよ』



晦冥の湾刀(イーレグラム)

 世界に点在する七つの“神器”のひとつ

 “魔”を調伏し理を正す、世界の意志の具現

 夜闇を映す曲がり刃は、遍在する闇を司る


 闇は世界の隙間、光よりも先にありし原初

 すなわち空間と混沌を司る

 神智学にて、もっとも“魔”に近い神器とされる

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