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神宿ル劍  作者: 竹河参号
03章 雷鳴に沈む王城
41/78

13.集結

「……で、こりゃどういう巡り合わせなんだ?」



 ようやく息を整えた崚がまず行ったのは、目の前に集結する兵士たちへの問いだった。

 二人の目の前には、武装したカドレナ兵士と、砂人(オグル)の戦士たちが並んでいる。体躯そのものもさることながら、武装も大きく異なる二集団は、この世界の軍事事情に疎い崚をして、その境界線をはっきりと見分けさせるほどに明確に分かれていた。片や全身甲冑(フルプレート)を前提とする兵士隊と、ローブと魔杖で統一された魔導士隊で構成されたカドレナ軍。片や最低限の皮鎧を纏い、鍛え上げられた肉体を惜しみなく見せつけ、何よりベルキュラスではまず見られない、砂蜥蜴に騎乗する砂人(オグル)軍。アレスタの政変のせいで忘れかけていたが、つい一ヶ月前まで、あわや討伐戦争という緊張状態にあったもの同士である。こうして悠長に足並みを揃えていること自体、ある種異常な光景といって差し支えない。



「ざっくり言うと、王女軍(エレナ)への援軍として合流したの。つまり、あんたたちの味方ってこと」

「ざっくりしすぎなんだよ。もう少し経緯をちゃんと説明してくれ」

「こら」



 シルヴィアのざっくばらんな説明に顔をしかめた崚、その物言いをクライドがたしなめた。エレナについては――個人的には許しがたいことではあるのだが――まあ事情があったから仕方ないとして、どうしてカドレナ公女たるシルヴィアにまで、こうも不遜な態度をとれるのか。性分なのだろう。



「アレスタの政変の件、カドレナ(こっち)にはちょっと遅れて連絡が届いてね。慌てて援軍を編成して、今日やっとここに辿り着いたってわけ。砂人(オグル)諸氏族には、通りがかりにちょっと連絡を入れただけなんだけど――」



 何でもないことのように語るシルヴィアだが、編成と派遣までに相当紛糾したことは想像に難くない。ベルキュラスとカドレナの関係を念頭に置けば、カドレナ側は王女(エレナ)を見捨てるどころか、アレスタに呼応して挟撃するという選択肢もあったはずだ。それを押して援軍としてやってきた――それも、シルヴィア自身が将として自ら率いている現状は、おそらく相当無理をしたのだろう。



「……何で砂人(オグル)まで軍を組織して、ベルキュラス(ここ)に来たんです?」



 そしてそれは、砂人(オグル)諸氏族も同じはずだった。カドレナほど潜在的な戦意があったわけではないだろうが、寝耳に水だったことには違いない。シルヴィアが顎でしゃくった先、砂蜥蜴から降りたラシャルに対し、崚は疑問を投げかけた。



同じこの世界で(・・・・・・・)生きる隣人(・・・・・)だからだ」

「……はい?」



 それに対し、ラシャルは何でもないことのように答えた。例えるなら、雨が降ったから服が濡れた――その程度のことでしかないように。

 思わず間抜け顔を晒した崚、ラシャルの言葉を理解できず首を傾げるだけのシルヴィアとクライド。その程度の反応は織り込み済みだったのか、ラシャルは悠々と歩み寄りながら口を開いた。



「王女自身が言ったことだ。もう忘れたのか?

 王女は、砂人(オグル)とて分け隔てなく共に生きることを望んだ。そして我らは、同胞としてそれを受け入れた。――その王女が危機に陥ったとあらば、助けてやるのが義というものだ」



 その説明は、崚を唖然とさせるだけだった。正論といえば、正論だろう。だが一ヶ月前のベルキュラスとの砂人(オグル)の関係を鑑みれば、にわかには信じ難い判断だ。「王女を助けてやる価値がある」という意識が、砂人(オグル)諸氏族に生まれたことを意味している。



「……砂人(オグル)との友誼を望んだエレナの危機だから、それを助けるために派兵したと?」

「――それは……!」

「ランガ、エンバ、ハジー、ハサド、ズール――兵の数こそ異なれど、すべての氏族が戦士の派遣を承認し、連合軍として組織することを決定した。俺はその代表者であり、便宜上の旗頭にすぎん」



 崚の言葉に、真っ先にクライドが目の色を変えた。その言葉を肯定するかのように、ラシャルが説明を重ねる。和平派のエンバによる独断でも、中立派のランガとハジーを巻き込んだだけでもない。すべての氏族が合意したということは、それだけ王女(エレナ)に期待を寄せているということになる。



「……ありがとうございます。エレナ様も、きっとお喜びになるでしょう」

「心強いです。助かりました」

「ふん、我らは“魔公女”が暴れる様を見守っていただけだがな。何となれば、お前たちを救出する側に回っていたやも知れん」

「ちょっと冗談に聞こえない状況だったかなー……」



 クライドと崚が頭を下げる一方、ラシャルはふんと鼻を鳴らすだけだった。先ほどの戦闘では、シルヴィア率いる魔導士隊が大暴れしていたのもあり、砂人(オグル)軍はそれを見守っていただけだ。展開次第では、本当に彼らに保護してもらう流れになっていたかも知れない。というか、二人ともが五体無事である現状さえ、ある種の奇跡に思えて仕方がなかった。

 と、そんな言葉を交わす一同の眼下――氷の悪魔(ベルベス)の魔力によって凍り付いた崖下に、続々と兵士が集まってきた。そのどれもが、王女軍の紋章を掲げる味方だった。氷の悪魔(ベルベス)が斃されたことでその魔力も放散し、人外魔境はその姿を失いつつある。何かしら事態が動いた、あるいは自分たちでも介入可能になったと察知させたのだ。そしてその中には、当然ヴァルク傭兵団の面々もいた。



「おォーい! お前ら生きて――げェーッ!?」

「な、何で砂人(オグル)の連中がぁ!?」

「ああ、もう、説明がめんどくさい……」

「お、確かあんたんとこの傭兵連中よね? おーい、元気ぃー?」



 と、崖上に立つ砂人(オグル)軍の姿を視止めた兵士たちが、ぎょっとして得物を構えた。事情を知らない兵士たちからすれば、敵の増援と錯覚しても仕方のないところだろう。面倒臭い説明を買って出なければいけない崚をよそに、シルヴィアはのほほんと呼び声を上げていた。

 夏にあるまじき霜走る地面、吹雪に薙ぎ倒された林、ぎらぎらと乱反射する凍り付いた川は、それを成していた魔力が失われたことで少しずつ溶解し、本来あるべき夏の猛暑によって、あるべき光景を取り戻しつつある。しかし、時刻はイラの刻(午後四時ごろ)に差し掛かろうという頃合いだ。あるいは今からの気温次第なら、完全に消失するまでには、明日を待たなければいけないかも知れない。






 ◇ ◇ ◇






 シルヴィア率いるカドレナ軍五百、ラシャル率いる砂人(オグル)連合軍三百と合流した別動隊が、アーリ山に留まる主力軍のもとへと帰還したのは、二日後のことだった。すでにアーリ砦は制圧済みであり、氷の悪魔(ベルベス)とともに進軍してくるであろう反乱軍主力を迎え撃つべく、陣の構築を行っていたところである。結果としてその備えは無用のものとなったが、しかし今後の備えを思えば、まったく無意味という訳でもない。

 別動隊の中核として働いたヴァルク傭兵団の分隊、とくに崚とクライドを真っ先に出迎えたのは、まさかの主将エレナだった。



「クライド! リョウ! 無事でよかった……!」

「はっ。勿体なきお言葉にございます」

「経緯は色々あったけど、ひとまず目標の撃破は達成した。これで向こうの切り札一つ、ぶち破ったと思っていいぜ」



 何とか五体満足で戻ってきた二人を見て、エレナはかつてなく安堵した。相手は伝説にさえ謳われる強大な悪魔、よくて相討ちを覚悟していたところだ。見知った二人がこうして無事に帰還したのは、間違いなく朗報といっていい。「勝利なんて二の次だよ」と思わず口走らなかったのは、賢明といっていいか、どうか。

 エレナの意識は次に、ひらひらと手を振るシルヴィアへと向いた。本人の説明通り、事前に連絡は届いていたらしい。



「シルヴィ! 本当に来てくれたの!?」

「あったり前でしょ。かわいい妹分を助けるためなら、たとえ火の中水の中、よ」

「――ありがとう。本当に……ありがとう……!」

「ま、『火の中水の中』ぐらいなら簡単に踏み越えられるけどね。あたし、天才だし」

「自分の台詞を自分でぶち壊すなよ……」



 相変わらずの大胆不敵な発言に、横で聞いていた崚は思わず閉口した。彼女のみならず率いる魔導士隊の存在は確かに心強いのだが、この尊大さが油断に繋がらないことを祈るしかなかった。

 感激とともに熱烈な抱擁(ハグ)を交わした従姉妹だが、身を離したシルヴィアは、ふとその表情に陰を差した。



「――陛下のこと、残念だったわね」

「――……うん」

「ま、あんたが無事だったのは不幸中の幸いよ。さっさとアレスタぶっ飛ばして、きちんと弔いましょ」

「……そうだね」



 ベルキュラス王カルザスという人物は――カドレナにとっては、目の上のたんこぶだったかも知れない。シルヴィアにとっては、偶に会うだけの親戚だったかも知れない。しかしエレナにとっては、他でもない父親だ。両親を喪った悲しみに、シルヴィアなりに寄り添った。

 最後に、砂人(オグル)連合軍の将ランガ・ラシャルが、通訳を伴って進み出た。



「ベルキュラス王女エレナよ、来たぞ。友誼を結んだ同士として、我ら砂人(オグル)諸氏族は貴様を(たす)け、アレスタなる逆賊の征伐に助力しよう」

「王女えれな。友誼ノ約定ニ従イ、我ラ砂人(おぐる)諸氏族ハ貴様ヲ(タス)ケ、逆賊あれすたノ征伐ニ助力スル」

「公女サマが行きがけに連絡したら、わざわざ連合軍を組織してくれたんだとさ」

「それは――! ……ありがとうございます、ラシャル様」



 通訳の言葉、そして崚の補足に、エレナが目を見開いて驚愕する。彼女はすぐさま、感謝の言葉とともに頭を下げた。先王亡き今、エレナこそがこの国の最高権力者にあたるのだが、こんなに簡単に頭を下げていいのだろうか。あるいはこれも彼女の人徳のうちなのかも知れないが、問題は諸将の反応だ。



「ラシャル様に礼を述べております」

「我らが参じたからには、もはや王女軍に敗走なしと思うがいい。貴様の無事は戦神ルガン、そして砂人(オグル)の誇りに懸けて誓おう」

「我ラガ参ジタ以上、モハヤ負ケルコトハナイ。戦神るがんト、砂人(おぐる)ノ誇リニ懸ケテ誓ウ」

「はい、とても心強いです」



 こちらも通訳越しに、不敵な言葉を投げかける。砂人(オグル)連合軍は総勢三百、さすがに千人力とはいかないが、十二分に強力な戦力として期待できるだろう。

 ――問題は、言語の違いによる相互連携の難しさだ。双方の言葉が解る便利存在として、再び駆り出される予感を覚えた崚は、過重労働の未来に思わず身を震わせた。






 ◇ ◇ ◇






 一方、首脳部の天幕で待ち構えていたのは、いまひとつ顔色のよくない諸将だった。友軍という手前、露骨に否定的な言葉は述べられないものの、その態度は芳しくない。片やアレスタと同じ属領から派遣された軍、片やつい最近まで緊張状態にあった他民族である。無理もないといえば無理もないが、もう少し取り繕う努力とかしないのか、と崚は内心で呻いた。例外は第一副将モラドだけだった。



「――これはこれは“魔公女”殿下、この度のご助力に感謝いたします」

「しかし、随分とお早いお着きで。しかも砂人(オグル)共まで従えて来られるとは」

「殿下の先見の明には驚かされますな。まるでこの事態を知っていたかのようだ」



 口々に唱えられる、白々しい言葉の数々。それは、とても敵主力を退けて駆け付けた友軍への態度ではない。思わずむっとしたシルヴィアは、顔をしかめたまま傍らの崚をつついた。



「リョウ、全部訳しなさい、特にアイツの言葉。砂人(オグル)共に聞かせて、血祭りに上げさせるわよ」

「いや落ち着け。キレすぎだろ」



 その物言いは、崚をして思わず制止の言葉を紡がせた。『砂人(オグル)がカドレナの軍門に下った』という誤解を招きかねない言葉が伝わってしまったら、血祭り待ったなしだろう。無論、それでは本末転倒である。案の定、諸人(ヒュム)の言葉が解る通訳はむっと顔をしかめたため、崚は「駄目っす、駄目っす」と慌てて宥めさせられることになった。

 そもそも、どうして俺がここに駆り出されてるんだ。氷の悪魔(ベルベス)撃破の報告ならクライド一人でいいだろ……と崚は呻いた。契約者撃破という点でも、カルドクかラグが出張るのが筋だろう。どうして己ばかり、こう場違いな重要局面に引き摺り出される羽目に遭うのか。

 そんな冗談はさておき、とシルヴィアは全員を見回しながら口を開いた。



「結論から言うけど、カドレナの意向は絡んでないわ。この事態はアレスタの独断よ」



 アレスタの起こした政変が、カドレナ大公家の意向によるものか――という疑惑に対するものだろう。何しろアレスタは、カドレナ出身の将軍である。主権回復のチャンスとして、謀略を弄したと疑われても仕方ない。シルヴィアの断言は、果たして諸将の理解を得られなかった。



「お言葉ですがシルヴィア様、いささか説得力に欠けるお言葉ですな」

「アレスタめは、元を辿ればカドレナの将軍。大公家の命で反逆したものではないと?」

「時に、王女殿下と密約を交わされたというのは事実でございますかな。殿下が王国を取り戻された暁には、大公領との冊封関係を見直されるとか。

 ――大公家の利益のための(はかりごと)ではないと、御証明いただけますかな」



 案の定、疑念の言葉が次々に発せられる。エレナもモラドも、止める言葉を持たないようだった。しかし、当のシルヴィアはそれに怯むことなく、ふんと鼻を鳴らした。



「バカねぇ、カドレナ(こっち)には三百年の恨みがあるのよ。この程度で満足する(・・・・・・・・・)わけないでしょう(・・・・・・・・)?」



 続けざまに放たれた言葉に、緒将は目の色を変えた。崚でも分かる、これは爆弾発言だ。



「もちろん、あたしとしてはどうでもいいことなんだけどね。過去の怨恨だの、誇りを取り戻すだの――そんなしょーもないプライドに付き合うつもりはないわよ。あんたたち男共の、みみっちい沽券を前提にもの喋んないでちょうだい。

 ――ただ、『ベルキュラスへの怨恨』を前提としたとき。あたしだったら、こんなお粗末な事態では済ませない。間違いなくベルキュラス全土を獲るために動くわよ」

「シルヴィ、それは……!」



 慌ててエレナが止めにかかるも、シルヴィアはまったく頓着しなかった。崚は、「この女ならやる(・・)だろう」という妙な説得力を覚えた。復讐だとか尊厳だとか、そんな目に見えないもののために戦争をやる女ではない。やる(・・)と決めたら徹底的に、利益を最大化するために動くはずだ。そしてそれをしないのは、ひとえにエレナとの絆のためでしかない。

 その言葉を受けて、諸将の一人ヴェスタ伯オーウェンが、ふんと鼻を鳴らした。



「なるほど、大公家は本国に叛意ありというわけだ。

 ――エレナ様、モラド閣下。この方は信用なりませぬ。即刻お帰り願うのがよろしいかと」

「もうちょっと頭働かせたら? 話は最後まで聞きなさいよ、この盆暗」

「……なんですと?」



 すかさず挟まれたシルヴィアの罵倒に、オーウェンは目を剥いた。実の娘と変わりない歳の小娘に言い捨てられて、平静でいられるほどの大人物ではない。



「自作自演でベルキュラスに優遇を迫る? まぁ、目の付け所は悪くないわよ。あくびが出るほど凡庸だけどね。

 本当にその計画で動いてたら、どうあってもこんな状況にはならないし、してないわよ。机上の陰謀論に怯える暇があったら、もっと現状に目を向けたら?」



 言葉の棘はともかく、その内容は正論だろう。諸将にも、それを理解するだけの冷静さがあった。

 ――では、それと一致しない現状とは何なのか? 天幕内はざわざわと喧騒に包まれた。



「そうねぇ――リョウ、あんたどう思う?」

「は?」



 急に水を向けられた崚は、思わず間抜け声を上げた。天幕中の視線が、一斉に崚へと突き刺さった。



「ラシャル将軍への解説も兼ねるから、あんたの視点を聞かせなさい。あんたも、話を聞きながら通訳するの大変でしょ?

 大丈夫よ、あんたみたいな傭兵の知恵なんかに期待してない。誰も、ね」



 言いつつ、ぱちりとウィンクをするシルヴィア。そうは言っても、専任の通訳がラシャルの傍に控えており、崚自身は通訳など半分も務めていない。つまるところ、『崚という第三者の視点』を期待しているわけだ。



「……普通に応えていいのか、これ」

「まぁ……シルヴィア様がああ言ってることだから、ひとまず……」



 崚は隣に控えるクライドに、横目でひそひそと尋ねた。明確に遮ろうとする諸将がいない以上、普通に喋っていいのだろう。

 とはいえ、崚から語れることは多くない。まず絶対的な情報量が不足している。



「――あのアレスタは、カドレナではどんな評価だったんだ?」

「お、いい質問。前提情報は大事よね」



 崚がまず投げかけた問いに、シルヴィアは好反応を示した。この女は何かと相手を試す節があるから、なかなかやりづらい……と崚は内心で呻いた。

 ともかく、まずはアレスタの基本情報だ。シルヴィアはんんっと咳払いをひとつしてから、改めて口を開いた。



「稀代の寵児。カドレナの守護者。国境争いで幾度もレノーンを退け、辺境の英雄と讃えられた男。

 不遜なことに、国境兵の間では“使徒レイヴェルの再来”とまで言われてたらしいわ。あんたたちベルキュラス貴族にとっては面白くないかしらね?」

「“使徒レイヴェルの再来”――ロンダール戦争ってやつの関係者か?」

「そ。あんたはほんと話が早くていいわねぇ」



 シルヴィアの説明に、崚は適度に口を挟む必要があった。言語の異なるラシャルがいる関係上、話題を追い易いように崚の言葉を織り交ぜなければならない。使徒レイヴェルとやらもロンダール戦争とやらも知らないが、どうやら関係のある用語らしい。



「ただ、あいつの経歴には明らかな瑕疵があった。アレスタ男爵家の前当主、ベネディクトの実子じゃないのよ」

「養子だってことか? ……その前の経歴は洗ってあるのか?」

「当然、ないからこその瑕疵よ。養父いわく『遠縁の子弟』らしいけれど、まぁ当然でっち上げの嘘よね。

 ……今なら、その正体や経緯にも想像がつくけど、一旦置いときましょうか」



 過去の知れない養子――なるほど、胡散臭い。シルヴィアの思い至った想像とやらには見当もつかないが、ひとまず棚上げされた。



「それでも、カドレナでは何の問題もなかった。経歴の怪しさを補って余りあるほど、あいつの強さと戦果は絶大だった。

 海と砂漠に面したベルキュラスと違って、レノーンと陸続きで繋がっているカドレナにとっては、戦争とは何より優先されるべき能力。それを持つアレスタは、カドレナにとってまさしく英雄だった。

 あとはまぁ、庶子とは思えないほど振舞いが好かった、というのもあったでしょうね。あたしも数回会ったことがあるけど、立ち振る舞いが優雅な割にお茶目さもあって、侍女たちに人気だったわ。あたしの初恋の人でもあったって言ったら、信じる?」

「信じない」

「でしょうね。まぁ嘘だし」

「し、シルヴィ!」



 挟まれた冗句を、崚はむっつりとした表情で斬り捨て、エレナは思わず脱力しそうになった。シルヴィアなりの、場を明るくする気遣いとでも言いたいのだろうか。完全に空振りだった。

 ともかく、話を進めよう。『戦争』がカドレナにとって最優先の能力であり、アレスタがその点で高く評価されていたのなら――彼は何故、ベルキュラス本国にいたのだろうか? それも、三騎士団の長として。



「ベルキュラスへの出向は、どっちの意向だ」

「言い出したのは本国(そっち)。当時は反発が強くてねぇ、特に辺境は酷かったわ。兵士たちの暴動が起こりかけたとか何とかまで聞いた。

 ――ただ、応じたのはカドレナ(こっち)なりの思惑もあった。何だと思う?」



 崚の問いに、シルヴィアは答えつつ問いを投げ返した。なるほど、これはどちらにとっても触れづらい話題だし、第三者を交えるのが得策だろう。――そのしわ寄せを、俺にさえ寄越さなければな!

 そんな不満をぐっと堪え、崚はしばらく思考した。



「……ベルキュラスの意図は、おそらくカドレナの力を削ぐため。最も有力な将軍を召し上げることで、ベルキュラスに対抗する余力を奪うのが狙いだった。

 ただカドレナとしては、ベルキュラス側の内通者の役割を求めた。本国の情報を流し、内部工作を行う獅子身中の虫となってもらいたかった。違うか?」

「だいせいかーい」



 やがて導き出した推察を、シルヴィアは虚飾なく肯定した。……アレスタを共通の敵と見做している現状だからこそ許されるとして、かなり思い切った発言ではなかろうか。



「だからその意味では、そこの盆暗共の想像通りよ。アレスタの存在そのものが、『大公家の利益のための(はかりごと)』。

 ――だからこそ言える。この現状は、カドレナの制御下じゃない」



 シルヴィアは誰に憚ることなく、一切の迷いを見せずに断言した。当然それに、諸将の一人が噛みつく。



「その心は」

「タイミングが噛み合ってない」

「……何?」



 そこに割り込んだのは、崚だった。



「ベルキュラスが仮想敵で、アレスタが爆弾というのなら、両者が足並みを揃えて動くのが一番だ。ベルキュラス内部で工作を進めておき、いざ戦争となったときに本国(・・)に呼応して起爆する。暴動なり、謀反なりな。そしてベルキュラスが機能不全に陥ったところを、主力軍が一気に叩く。それが理想だろ。

 ――どちらが先走っても意味がない。ましてや、手勢に劣るアレスタ側はなおさらだ。本来なら余程うまくやらないと、ベルキュラス単体で鎮圧され、カドレナが付け入る隙を作れない。下手をすれば、カドレナにも責が及びかねないところだ。普通なら大失敗間違いなしというか、今回の政変自体は異常なほど巧くいってるのに、肝心のカドレナ側との連携が取れてない。

 少なくとも、『逆徒討伐の見返りに関係見直し』なんて、リスクとリターンが釣り合ってない。明らかに、アレスタの暴走に引きずられて、尻尾切りを図ってる対応だ。……カドレナ大公が、知恵者気取りの白痴じゃない限りな」



 崚の解説に、なるほど……と諸将が感心の声を上げるも、当のシルヴィアはむっと顔をしかめた。



「あんたねぇ、もうちょっと言葉を選びなさいよ。それじゃまるで、マジでカドレナに叛意があるみたいじゃない」

「『あわよくば』の意図さえなかったとでも? それこそ、知恵者気取りの白痴じゃねーか」

「おぅおぅ、言ってくれるじゃないの。あたしじゃなかったら刎頚ものよ」

「ははは」

「ふふふ」



 容赦ない言葉の応酬を重ね、崚とシルヴィアは互いに白々しい笑みを浮かべた。余人の乱入を許さない、不思議な威圧感があった。

 気を取り直したシルヴィアが、今度はクライドに水を向けた。



「――話を戻しましょ。ところでアレスタって、こっちじゃどの程度の評価だったの?」



 宮廷貴族としてやや距離のあった諸将を除くと、最も近いのは三騎士団の配下にあった彼だ。急な話題で用意のなかったクライドは、慌てて居住まいを正してから口を開いた。



「……私自身は所属が異なるため、ほとんどは友人からの伝聞になりますが。

 『カドレナ出身の成り上がり者』という僻みがあったのも確かですが、少なくとも辺境出身の将軍としては、かなり厚い支持を受けていたと思います。

 ただ、それは将軍としての公平さや、ベルキュラスへの忠誠があってのもので――祖国を裏切ってまでアレスタ将軍に付き従う、というほどの熱狂があったかと言われると……」

「よかった。違うこと言われたら、あたしが首を刎ねられる流れになってたわ」



 クライドの回答に、シルヴィアはおどけた言葉を発した。さらりと言っているが、現時点でもかなり危ない綱渡りではなかろうか。

 ともかく、『アレスタ個人に対する熱烈な支持』はあまりなかった、というのが実態だったのだろう。



「というわけで、『アレスタという(はかりごと)』は失敗の様相だった。ここはカドレナとベルキュラスとの温度感を見誤っててねぇ、想定よりもあんたたちが貴族主義的で、アレスタの勢力を拡大できなかったみたいだから、そろそろ理由を付けて呼び戻すつもりだったのよ。王女護衛の担当してたの、戦死した聖戈騎士団のウーゼントルム侯だっけ? あれがアレスタの仕事だったら更迭間違いなしのところだったし、ちょうど呼び戻す口実になったんだけどねぇ。

 だから、カドレナとしては完全に想定外。本国に呼び戻してもう一度策を練り直そう、って時に暴発するんだもの、こっちも大慌てよ。だから、この五百人が即応できた最大戦力で、あたしが今用意できる精一杯。もっとも、大公(ちちうえ)の命でちゃんと軍を編成してる最中だから、お呼びとあらばすぐに増援依頼を出せるけど――あんたたちは、それをお望みじゃなさそうね?」



 最後にさらりと毒を付け加えて、シルヴィアは口を閉じた。諸将が言葉に迷っている隙を突いて、ついにモラドが口を開いた。



「各々方、シルヴィア様の誠意は理解されたかな」

「モラド閣下、しかし!」

「これだけカドレナの内情を赤裸々に明かされているのだ。シルヴィア様は真実、エレナ様を助けるために駆け付けられている」



 シルヴィアを肯定するモラドの言葉に、諸将が抗議の声を上げる。しかしモラドは、力強く切って捨てた。ベルキュラスとカドレナの関係にも深く関わる、かなり踏み込んだ事情を語っているのは事実だ。――それを全て明かした以上、これ以上の謀略はない。カドレナ公女として最大限の誠意であると理解した諸将は、ついに糾弾の言葉を失った。



「しかし、それならばなお解せませんな」

「なぁに?」

「アレスタめの思惑です。奴は何の勝機があって、このような大逆を?」



 モラドが発した疑問に、それまでずっと不敵な態度を保っていたシルヴィアは、初めてその表情を陰らせた。



「……分かんないのよ、それが」



 ぽつりと呟くような言葉には、隠し切れない戸惑いが滲んでいた。シルヴィア自身、推論にさえ辿り着いていないようだった。



「こっちだって、最初は謀反の報せ自体を疑ったのよ? アレスタ寄りといえる勢力は、小間使い目的の俗物しかいなかった。とても共謀できるタイプはいないって認識だった。動機どころか勝算すらない、そんな状況で事を起こすような馬鹿だと、誰も思ってなかった。

 ――全部偽ってたのよ、あの野郎。ボルツ=トルガレンと通じていたことすら、こちらに報告してなかった」



 その言葉に、諸将は目の色を変えた。アレスタがボルツ=トルガレンの首魁であったことは、ゴーシュをはじめとする複数の諜報からの証言で確定している。カドレナの主権回復を画策する政治結社――そんな都合のいい手駒との繋がりを、当のカドレナが知らなかったと?



「あんたたちの認識がどうだか知らないけどね、あたしたちにとっては、カドレナの名を勝手に使うごろつき(・・・・)共よ。政治も知らない馬鹿共が、甘い汁を啜りたくて耳当たりのいい台詞を喚いてるだけ。危険思想で追放された魔術師崩れとかもいたんだもの、おつむの中身は推して知るべしよ。

 それでも、生き汚さと小狡さだけは目を見張るものがあった。そんな連中を抱き込んでたっていうんなら、こっちも動きようが変わってたわ。今頃戦争してたのは、カドレナ(あたし)ベルキュラス(そのこ)だったかもしれない。

 ――だからこそ分からない。ボルツ=トルガレンという隠し札を持ち、それを有効に切っていながら、こんな無茶を一人で起こしたアイツの意図が。なんか変な麻薬でラリったのかしらとも思ったけど、その割には手際が良すぎる。不意討ちでカルザス陛下を獲るなんて、最上の成果と言ってもいい。カドレナとベルキュラス双方を敵に回す未来を無視すれば、の話だけれどね。

 勝機以前の問題よ、動機が分からない。アイツ、何を考えてんの?」



 まるで筋が通らない。天幕中の全員が、いよいよシルヴィアと同じ感想を抱き始めた。どの行動をどう切り取っても、必ず別の行動と矛盾する。アレスタは何がしたかったんだ?



「カドレナ側の思惑を見抜いて、自棄になった可能性は?」

「しくじったから最後に一華、って? まぁ男ってそういうしょーもないとこあるけど、アレスタってそういうタイプ?」



 諸将の一人の推測も、シルヴィアの疑念を晴らすには至らなかった。



「それに別に、人生破滅ってわけじゃないのよ? 求められた役割は果たせなかったけど、逆に言えば目立った失敗があったわけじゃない。カドレナに戻っても充分栄達の余地はあった。自棄になるには早すぎよ」



 合理と狂奔が綯交(ないま)ぜになりすぎて、真意がまるで捉えられない。つい昨日まで『野心で主君を弑逆した悪党』でしかなかったアレスタが、何か得体の知れない化物に変じたかのような、底知れぬ恐怖を植え付けられた。

 そしてそれは、



「――どういうこと?」



 家族を奪われたエレナの心を引き裂いた。

 シルヴィアの腕を掴み、ゆさゆさと力任せに揺さぶる。それは体格に勝るシルヴィアを大きく揺らすには至らなかったが、しかし光を失ったその瞳が、彼女に強い動揺を与えた。



「ねえ、どういうこと? 大公閣下の思惑ですらないなら、どうしてあの人は謀反を起こしたの? 父さまも母さまも、叔父上もエドウィンも、みんな死んじゃったんだよ? どうして? あの人は何のためにこんなことをしたの? わたしの大切な人たちは、何のために死んだの?」



 もはや、自分が何を口走っているかさえ自覚していまい。千々に引き裂かれた心の欠片が、理性も論理も関係なしに捲し立てさせる。その異様な姿に、諸将の誰も口を挟むことができなかった。



「あの日、たくさんの人が死んじゃったよ? 昨日だって一昨日だって、たくさんの兵士が死んじゃったんだよ? みんなみんな、帰ってこないんだよ?

 ――どうして!? どうしてこんなことができるの!? あの人は何のためにみんなを殺したの!? みんなの犠牲は、どうやって贖えばいいの!?」



 エレナの悲痛な叫びを、誰も受け止めることができなかった。



煌神封呪

 失われた錬金術のひとつ

 魔力を極限まで凝縮し、輝石として固形化する

 魔力の純度が高いほど、赤く美しい輝石になるという


 その輝石は最高品質の魔術触媒となるが

 制御を誤れば、術者の魂を蝕むだろう

 そうして術式は失われ、これは禁術となった

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