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神宿ル劍  作者: 竹河参号
03章 雷鳴に沈む王城
29/78

01.凱旋

 エレナとラジールの一行がニーダオアシスを出立したのは、氏族長会議から数えて三日目のことだった。



「本当は、もう少し長く歓待してやるのだがな」



 というのは、ベクラーの弁である。エレナ、シルヴィアともに本国へ帰還し報告する必要がある事柄ゆえに、動きが速いに越したことはない。シルヴィアともその場で別れ、一行はタルロオアシスへと向かった。

 二日後、相も変わらず地獄の道行きを乗り越え、オアシスに辿り着いた一行を出迎えたのは、エンバ氏族の戦士たちだった。



「お帰りなさいませ、族長!」

「うむ。そちらは何事もなかったかね」

「はっ! ガーヴル様の葬儀は、シーラ様の命で執り行っていただきました!」



 ラジールに報告を述べる戦士の言葉に、崚はさぁっと緊張感を覚えた。もうずっと久々に聞いた気がする名前だ。ラジールやキィサにとっては謀略の果てに家族を奪った仇であり、エレナにしてみればライヒマンと共謀した敵対者であり、崚にしてみれば恐ろしい敵でしかない。が、戦士たちは彼の死を、どう受け止めたのだろうか。そう問う勇気を与えてくれるものも、崚の意を汲んで答えてくれるものも、この場にはなかった。



「それから、ロンダール監視塔から手紙を預かっています」

「手紙?」

「王女宛てだと」

「お前宛てに、ロンダール監視塔から手紙が来ているとよ」



 戦士の報告、それを訳した崚の言葉に、エレナは目をぱちくりとさせた。あのイェリネク長官という武官からの書状だろうか。

 それから、傭兵たちが駱駝(ラクダ)たちに水をやる一方で、エレナら一行はラジールの私室に移動し、ロンダール監視塔からという手紙を改めた。封蝋を切りながら、悪い報せを恐れているらしいエレナは、しかし手紙を読み進めても、その顔に明るさも暗さも見せることなく、何とも言い難い表情のままだった。



「……なんと?」

「――イェリネク長官の判断で、先にライヒマンを王都カルトナへ移送したと……」

「……長官の独断ですか?」

「そうみたい。『勝手な判断をお許しください』って、わざわざ書いてあるよ」

「そうですか……」



 思わず焦れたクライドが、エレナに問い質す。語られた内容に、崚はあの厳格そうな顔の武官を幻視した。確かに、吉報とも凶報とも言い難い内容だ。エレナとしては、帰路を共にする覚悟だったのだろう。罪人であるライヒマンが一人で王都に到着すると、公平な裁判を経ずに一方的に処断され、重い刑を科されるかも知れないという懸念もあった。どうにも晴れやかになれない二人をよそに、カルドクはふーんと鼻を鳴らしただけだった。



「ま、あの野郎と肩を並べて帰還ってなると、何かとやりづれェだろ。俺らも、嬢ちゃんも、野郎本人も」

「……そうですわね」



 カルドクの言葉に、エリスは力なく肯定するしかなかった。彼らにとっては、祖国を裏切った恥ずべき不忠者だが、同時に窮地を共にした仲間でもある。そんな葛藤を共にする道行きになるところであったのは、想像に難くない。

 とはいえ、過ぎ去ってしまったものはどうにもならない。ラグが話題を切り替えることにした。



「それはともかく――これからイングスへ移動、後のことは領主様に引き継いで、僕らは任務完了ってことでよろしいっスか?」

「いえ、そのことで相談が。わたしたちと一緒に、王都カルトナまで来ていただけませんか?」

「あァ?」



 エレナの申し出に、カルドクは素っ頓狂な声を上げた。



「骸鳥の襲撃、崚に通訳してもらった内容、ライヒマンの裏切り――何より、ボルツ=トルガレンの暗躍。それらに関して、皆さんにも証言をお願いしたいんです。もちろん、捜査協力者として遇します。なるべく詳細な情報共有をして、早期解決に繋げたいと思っています。皆さんの安全も、ある程度向上しますし」

「――そっか、あの連中もいましたね……」



 エレナの説明に、真っ先に顔を暗くしたのはラグだった。何しろ、イシマエルの使役を可能とする危険集団である。たとえエレナが無事王都に戻ったとしても、ヴァルク傭兵団の安全が保障されるわけではない。本来の目的である和平交渉に際しても、崚が通訳という形で参加している以上、他人事とは言えないだろう。



「ま、下手にバラバラになっちまうよかァマシだな。追加料金はきっちり貰うぜ」

「はい、もちろんです」



 きっちりと釘を刺してくるカルドクに対しても、エレナは躊躇いなく返した。今までの細々とした経営からすれば、とんだ大口案件の連続だ。懐はだいぶ温かくなったことだろう。……無論、それに足る苦労と死線を負わされたわけだが。

 傭兵たちとの商談がひと段落したところで、ラジールが口を開いた。



「……エレナ様。この度は我が同胞が迷惑をかけたにも関わらず、諸氏族の窮地を救っていただき、まことに(かたじけな)い。砂人(オグル)諸氏族を代表し、改めて御礼申し上げる」

「同胞が迷惑をかけたにも関わらず、諸氏族の窮地を救ってもらい、改めて御礼申し上げる、とさ」

「い、いえ、そんなに畏まらないで下さい。わたし自身は、ほとんど何もできていないし……」

「エレナ自身は何もしてないから、そんなに畏まらないでくれって。……これ言わされる俺の身にもなれよ」



 姿勢を正し、深々と頭を下げるラジールに対し、エレナがおろおろしながら返した。その言葉を訳して届ける崚も、いたたまれない気持ちに襲われる。他人の謙遜の言葉など、口にさせられて愉快な内容ではない。諸々実働を務めた立場なだけに、厚かましい言葉を喋らされている心境だ。



「そう謙遜めされるな。配下の者たちの功労も、御身の人徳であるとも。――ベルキュラス本国での話がまとまり次第、ご連絡をば。このエンバ・ラジール、真っ先に馳せ参じましょう」

「配下の働きも人徳のうち、だとさ。本国での話がまとまったら、真っ先に駆けつけてくれるらしい」



 ラジールの言葉、それを訳する崚の言葉に対し、エレナはぱぁっと喜色を見せた。こういう明朗さも、人徳のうちと言えるのだろうか。崚は、そんなどうでもいいことを考えた。






 ◇ ◇ ◇








「しっかし、すごいことが起きまくったなー」



 ニーダオアシスで二日ほど休息し、いよいよベルキュラス領土へと足を踏み入れたその日。ごろごろと重厚な音とともに押し開けられるロンダール監視塔の門の前で、ジャンがしみじみと呟いた。



「何が」

「いやリョウだよリョウ。エレナさまのために、あっちこっちで貢献したじゃん。ゴゾウロップの大活躍、ってやつ?」

「それ言うなら八面六臂な。――俺個人の力とは、ちょっと言い難いし。できることをやって回っただけだ」



 ちょいちょいとからかうように突いてくるジャンの手を叩き落としながら、崚は言った。砂人(オグル)との会話能力も、ガーヴルや骸鳥との戦いで行使した異能の数々も、「どうやら役に立つらしいから使った」程度のものだ。むしろその所以(ゆえん)が知れない以上、崚自身が偉ぶれる理由はない。

 そんな無駄話を交わしながら入門する二人を出迎えたのは、相も変わらず整然と隊列を組む監視兵団の兵士たちと、傭兵団の一員マイルズ、ノーマン、ロバートの三人だった。ライヒマンをこのロンダール監視塔へ移送し、そのまま待機していた組である。



「よー、お疲れさん」

「おつかれさんでーす」

「そっちはどうだったんだ? 交渉ってヤツぁ、うまくいったのか?」

「大成功みたいっすよ。こいつのお陰で」

「うるせーっつの」



 傭兵団の一人ノーマンの言葉に、ジャンが再び崚をつつきながら囃し立てる。どっと疲弊していた彼にできるのは、鬱陶しいその手を払い落すことだけだった。



「ケンキョなヤツだなー。全部その剣(・・・)のお陰って?」

「だろうよ。少なくとも、俺個人の異能(ちから)じゃないらしいぞ」

「そうなの? オレが持ったら、同じように活躍できるのかなー」

「要るか? あの鉄火場の連続に飛び込みたいなら、お前が使っていいぞ」

「途端に欲しくなくなる言い方やめて欲しいなぁ……」



 佩刀を抜いて差し出す崚の減らず口に、ジャンは思わず閉口した。彼の見立てに間違いがなければ、その言葉に込められた感情に「使えるもんなら使ってみろ」という挑発は、一割にも満たない。「欲しけりゃやるから代わってくれ」という懇願が圧倒的だ。

 ともあれ、ジャンは半ば押し付けられるようにサーベルを受け取り、ひょいと掲げてみせた。そもそもジャンの得物は、もっと取り回しの軽い短剣が基本であり、このような長剣を扱う前提ではない。果たして彼は、何の異変も感じられず首を捻るばかりだった。



「……んー……? なんか、何も起こんないんだけど」

「俺もそうだったっての。何を期待してたんだ」

「なんかこう、ぶわーって力が漲る感じだと思ってたんだけど。伝説の武器みたいに、神々しい光がぎらぎらーって」

「吟遊詩人に毒されすぎだ。あんなもん、風説と脚色とウケ狙いで構成されてんだからよ」



 ジャンの期待の言葉を、崚は下らんと切って捨てた。吟遊詩人など、所詮はエンターテイナーでしかない。面白おかしい漫談を提供するために、いくらでも話を大袈裟に脚色する。聴衆がそれを「面白い」「楽しい」と思い、銭を投じさせることができなければ、骨折り損なだけなのだから。事実としての正確さなど、二の次三の次である。

 そんな失礼な思想を知ってか知らずか、ジャンはサーベルを押し返しながら、にやにやとした表情を崚に向けた。



「やっぱ、リョウが特別ってわけじゃん。いいなー伝説の武器に選ばれた英雄サマ。吟遊詩人のメシの種だ、ははは!」

「って、偉ぶれたらいいんだけどなー……いまいち実感がねえ」



 ――どうにも、「胡散臭い」という印象が拭えない。そんな風に考えながら、崚はサーベルを鞘に納めた。






 ◇ ◇ ◇






 ロンダール監視塔からカーチス領都イングスを経由し、一行が王都カルトナに到着したころには、およそ二週間が経過していた。オルステン歴七九一年も五月を迎え、夏真っ盛りである。

 そんな一行の前にそびえ立つ、巨大な城塞都市。古代語で『礎』という意味をもち、王家を象徴する平和の街は、



「でっか……」

「デッカ……」

「あァ、そういやお前らは来たことなかったな」

「国王陛下のおわす都だ。これくらい当然だろう?」



 初めて見る崚とジャンを、思わず唖然とさせる威容を放っていた。

 重厚で隙の無い外壁。その奧には、蒼く美しい王宮がそびえている。これを事もなげに言ってみせるあたり、クライドも伊達に近衛隊のエリートではない。ただただ圧倒されるばかりの崚は、そんなどうでもいい感慨を抱くことしかできなかった。



「そういえば、検問はどうすんスか?」

「エレナ様に書状を(したた)めていただいている。税関から王城への連絡用と、その間どこぞのホテルを借りるための令状だ。税関から先はオレが対応するので、皆さんは適当なホテルで待機していただきたい。エリス様が詳しいはずなので、その案内で」

「了解っス」



 そんな崚たちをよそに、ラグとクライドが話を進めていく。大まかな指示を交わすと、書状を携えたクライドはひらりと馬上の人となり、正門へと駆けて行った。

 正門で行われている検問は、王都を出入りする人々でごった返している。そこに半ば強引に割り込んだクライドに対し、税関の衛兵たちは胡乱げな視線を向けていたが、次第にざわざわと喧騒が生まれ、少しずつ大きくなっていく。やがて周囲の衛兵を巻き込んで、上を下への大騒ぎに発展した。



「……大丈夫かあれ。大騒ぎじゃん」

「まぁ、いきなり王女サマが帰って来るんだからなぁ」



 それを遠巻きに見ながら、崚は呻いた。そういえば、エレナは一時行方不明という扱いになっていたはずだ。カーチス領主から連絡は行っているだろうが、末端の兵士たちがどこまで把握できている話なのか、知れたものではない。

 そうして待つ崚たちのもとへ、税関の衛兵が駆け寄ってきた。息が上がっているのは、走ってきた故か緊張のためか。



「お前たちが、ヴァルク傭兵団だな? 王女殿下の護衛をしているという……」

「へい。王宮に連絡がいくまで、適当なホテルで待機しとけって聞いてますけど」

「そうだな――このまま目抜き通りを通って、ホテル・イスヘシアという所へ向かってくれ。連絡は遣っておく」



 そしてヴァルク傭兵団は、税関を通り抜け、いよいよ王都カルトナへと踏み込んだ。税関で手続きをする一般人たちが、奇異なものを見る目で一行を凝視していた。

 目抜き通りは、様々な色で満ちていた。看板から豪奢な高級店、庶民向けの雑貨店、芳醇な匂いを漂わせる屋台などなど……一見して雑多な店が乱立しているように見えるが、よくよく目を凝らせば、それぞれに漠然とした境界線が存在し、互いの領域を侵すことなく整然と並んでいる。この、形なけれど確かに存在する秩序によって、市井すら厳正に支配されている様子が、王都たる所以(ゆえん)といったところだろうか。

 やがて、一行はひとつのホテルへと辿り着いた。豪奢な金彫で彩られた看板、傷ひとつない黒檀の建物は、とても一般人が踏み込めるような気軽さを漂わせていない。貴族や一部豪商といった限られた貴人御用達の、ドレスコードの類が存在する店舗ではないのか。



「……ここで合ってんの?」

「ええ、間違いありません」



 先んじて四輪馬車(キャリッジ)から降りたエリスへ、崚は思わず確認の問いを投げた。まあ、仮にも王女殿下がその『限られた貴人』に入らない筈がない。「さっさと入りましょう」というエリスの言葉を受け、崚とジャンは思い切ってその扉を開いた。



「『ホテル・イスヘシア』へようこ――ん?」

「エレナ王女殿下の護衛隊、ヴァルク傭兵団の先遣だ。最上級のスイートルームと、大部屋を一つずつ用意してくれ」



 カウンターのホテルマンが、客の気配を察知し恭しく頭を下げようとするも、闖入者こと崚たちの姿を視止め、思わず眉をひそめた。崚は構わず、ホテルマンへ言葉を飛ばした。ホテルマンは、あからさまに不快そうな表情を浮かべた。



「……小僧、『格』ってわかるかい? ここはカルトナ最上級のホテル・イスヘシアだ。お前たちのような、薄汚い傭兵が気軽に来ていいところじゃないんだよ」

「って、言われてもなあ。事前の連絡はしてるって聞いたけど」

「――王女殿下がいらしていると? ……冗談は休み休み言え。他ならぬ王女殿下が、お前たちのような傭兵を引き連れるわけがないだろう」



 ホテルマンの胡乱げな視線を、崚は否定できなかった。見るからに田舎傭兵まるだしの崚たちの言葉を信じられないのも、已む無しといったところだろう。崚自身、こんな小汚い傭兵が王女の護衛を務めているなど、当事者でなければまず信じない。



「――かのイスヘシアも、随分と質が落ちましたわね」



 と、聞いたこともない冷ややかな声が、二人の問答に割り込んだ。見ればエリスが進み出、心底落胆したような表情を浮かべていた。



「あなたは……?」

「客に対する態度がなっておりませんわよ。居丈高な口上を並べる前に、まずは相手の身元確認を行うのが筋道でしょう」



 崚とはまた異なる姿のエリスに、ホテルマンがいよいよ不審な表情を浮かべる。エリスは吐き捨てるように言うと、懐からひとつの書状を取り出した。



「エレナ様直筆による令状です。不敬罪で首を刎ねられたくなければ、その失礼な態度を即刻取り下げなさい」

「こ――これは……!? まさか、本当に……!?」

「エレナ様は長旅で大変お疲れです。貴方の無礼は大目に見てあげますから、早急に部屋を支度なさい」

「も、申し訳ありません!! ただいまご案内いたします!!」



 目の色を変えたホテルマンが、エリスの命令に即応し、ばたばたとその場を去っていく。

 こういう時、権威を振りかざすことに慣れた者の行動は頼りになる。この一ヶ月と少しの期間で、崚は初めてエリスを見直した。



「あんた、こういう時は頼りになるんだなあ……」

「なー」

「ふふん、これを機に敬意を改めてもよろしくてよ。もちろん、エレナ様に対するものですが」

「……今更じゃね? あいつ、そういう態度の急変って気にしそうだし」

「それを不敬と言っているのですよ!?」



 ただ、崚の態度を改めさせるには至らないらしい。こういう者を引き連れているのも、エレナの人徳と言っていいか、どうか。






 ◇ ◇ ◇








(小娘が戻ってきただと……!?)



 王女エレナ、帰還す――その報せに、ベルナルド・カイン・ベルキュラスは、頭を抱えたい衝動に襲われた。先王たる第四一代鎮守(ベルキュラス)・アーヴァンクの第二子にして、王国最強と名高い蛟竜騎士団を率いる将軍である。この国で三番目(・・・)に尊いはずの男は、しかし今まさに、この国で一番の不幸を味わっている気分だった。

 聞けば、あの砂人(オグル)共との和平交渉の約束をも取り付けてきたという。声を弾ませながら報告する侍従を追い出して、力なく椅子に腰を下ろす。いっそ声をあげて笑いたい気分だった。あの小娘一人、あれを始末さえすれば、総てが思い通りに行くはずだったのに。これでは、計画が根底から崩れ去る。こんなことがあってたまるか。何か大いなる意志の――それこそ“水の乙女”の思惑を幻視せずにはいられない。あれが愛されているのか、己が嫌われているのか。ああ乙女よ、私は望みを抱くことさえ許されないというのか。



「……ううむ、失敗したようですな」



 禿げ上がった頭頂に汗を浮かべながら、エーゲン侯が苦い顔をした。



「どうされますか、閣下? 万一、こちらのことが知れれば……」

「そのために奴等を遣ったのだろうが。貴様が言い出したのだぞ」



 あからさまに狼狽するドルフ伯を、黙れとばかりに睨みつけた。小心者は、利害で動く俗物共より信用ならない。いつ臆病風に吹かれて兄王派に寝返るか分からない連中を、造反の計画に引き入れたのは、危険の方が大きいと言わざるを得ない。信用できない味方は敵より、というあれだ。

 それでも、立止まる事はできない。

 “水の乙女”カロリーネ――国祖が女王だったこともあり、ベルキュラスでは、王女にも継承権がある。ばかりか、歴史家共の間では女王の統治の方が評価が高く、実際にも継承権は王女の方が優先度が高い。たとえ王の実弟(ベルナルド)であろうと、幼い王女(エレナ)の地位を覆すことができないのだ。

 ――(もっと)も、王女が事故(・・)で命を落としてしまえば、その限りではないが。



(多少聡かろうが、所詮はただの小娘。綺麗事を並べるばかりの小娘に、王位を()られてなるものか)



 ぎりぎりと爪を噛みながら、しかし彼の目に野心の火は絶えなかった。

 それにしても――と、ベルナルドは回顧する。思い起こすのは、ドルフ伯の紹介で『奴等』の代表を名乗る人物と接触したときのことだ。

 全身を覆い隠す黒装束。光を宿さない濁った瞳。くぐもった声音は無感情。人相や体格、個人を特定する特徴はことごとく押し殺され、没個性的な印象を与えられた。性別だけは男であるらしいと分かったが、今思い返せば、それすら謀られていそうな錯覚に陥る。軍の諜報部隊だと教えられれば信じてしまいそうなほど、その人物の気配は洗練されていた。月並みだが、まさしく『闇に生きる者』という表現がよく似合っていた。あれが本当に、王国に楯突く逆賊なのか?



(……だが、それも過大評価だったわけだ。屑共が)



 それを思うと、ベルナルドは苦々しい気分になる。あんな下賎の者に圧倒され、底を見せてしまった。とんだ道化である。あのような、口ほどにもない連中を相手に。たかが小娘一人、それも無防備な状況だったというのに、殺すどころか無傷で帰還を許してしまったこの有様には、奴等も言い訳のしようがないだろう。

 ――なにが、『雷霆の復讐(ボルツ=トルガレン)』だ。属領の下民共が気取りおって!



蒼炎

 炎に由来する法術のひとつ

 精霊の権能で蒼い炎を生み出し、敵を焼き払う

 悪霊など、実体をもたぬ霊に有効な術


 精霊とは、大いなる理の眷属であり

 「神の触覚」と呼ばれることもある

 自然を愛し魔を嫌う、意志持つ力の具現である

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