14.出立
「さて、今度こそ話してもらうぜ」
ヴェームの刻(午後二時ごろ)。神妙に顔をしかめたカルドクは、返り血を雑に拭った姿でどっかりと応接室の椅子に腰を下ろし、エレナらに向かって低い声で言い放った。
目元がわずかに赤く腫れていたエレナは、しかしカルドクの真剣な形相に怯むことなく、真正面から見つめ返した。
「――はい」
「……エレナ様……」
「大丈夫。この人たちは、わたしたちのために戦ってくれたんだもの。誠意をもって返さなくちゃ」
不安げな視線をやるエリスを、エレナはゆっくりと宥めた。グレームル三体を相手に回すという危機に晒した以上、他人事では済まされない。事情の説明くらいは、当然の範疇だろう。
「――いやちょっと待ってもらっていいすか」
と、そこに崚が口を挟んだ。
「あ?」
「『あ?』じゃねーんすよこの筋肉達磨!」
「んだとブッ飛ばすぞクソガキ!」
頓狂なカルドクの反応に、崚が思わず声を荒げる。睨み合う二人を、「今そういうのいいっスから」とラグがたしなめた。
「で、何スか?」
「いや『何スか?』じゃなくて。俺、要りませんよね?」
何でもなさそうに問い直すラグに、崚が突っ込んだ。
負傷はともかく、グレームルの血を直に浴びて一番に汚れた崚は、豪勢に石鹸まで使って顔や髪を洗わせてもらい、着替えてからこの応接室にやってきた。なお元々着ていた装備は、共闘していた団員たち全員から「穢れてるから着ない方がいいぞ」と言われてしまったため、廃棄処分が確定している。
……つまり、それまで一同は会話を待っていたということである。わざわざ一番支度がかかる崚を待ってまで、この重大案件に巻き込む前提だったということだ。
「お前が最初に首突っ込んだんだから、お前が最後まで付き合うのが筋だろ」
「いやどこの筋ですか? そりゃ『これまで』の話であって、『これから』に関しては俺の出る幕なんかないでしょ。何の責任も持てないんだから」
カルドクがいかにも当然とばかりに吐き捨てるが、その程度で引き下がる崚ではない。何やかんやで順調に巻き込まれているが、崚自身の立場はどこまでいっても傭兵団の下働き――と、実働要員の中間あたり、というのが実態である――でしかない。傭兵団やエレナらの進退について差配する権限もなければ、そこに割り込んで口を出す資格もない。
「まぁなんてゆーか……強いて言うなら、そう言えるトコっスかねぇ」
「はい?」
「いや君けっこう頭回るみたいだから。どういう話になるにせよ、君の意見も参考にしようかなと思って」
「そんな雑な理由ある!?」
が、暢気な顔をしたラグに追撃され、崚はひたすら叫喚の声を上げさせられるばかりだった。話にならねえこの連中、と苛立つ崚に止めを刺したのは、意外にもゴーシュの言葉だった。
「君の主張が妥当だが……カルドク団長に判断を投げた結果、知らぬ間に戦場に放り込まれる羽目になりたくなければ、この場にいるべきだろう」
「分かりました椅子持ってきます」
「オイどういう意味だお前らァ!!」
長い話になるなら、椅子に座らせてほしい。応接室の設置分では足りない椅子を、隣の部屋から取ってくるべく退室した崚の背に、カルドクの怒号が飛んだ。
◇ ◇ ◇
「発端は、サヴィア大砂漠に暮らす砂人たちです」
話を切り出したエレナの言葉に、首をひねったのは崚一人だった。
「北の大砂漠に住む連中っスか。野蛮な連中だって聞いたことがありますけどね」
「彼らにも、彼らの信仰と文化があるんです。野蛮だなんて一口に言っちゃいけません」
ラグの不躾な反応を、エレナが即座に言い咎めるが、その勢いはすぐにしぼんだ。どうやら、その『野蛮さ』が話の中核らしい。
「ただ、彼らにも問題があって……」
「砂人どもは、他者からの掠奪を良しとする風俗がある」
「ここ最近は特に深刻で、ベルキュラス-カドレナ間で物流に支障が発生しているんです」
「カドレナ?」
「知らねェのか、お前」
「サヴィア大砂漠のさらに北、カドレナ大公領のことっス」
「……地図下さいよ。地形も位置関係も分かんないまま話されたって、全然頭に入んないっす」
一文単位で分からない情報が出てくる上に、毎度カルドクとラグが横槍を入れてくるので、崚はむっつりと顔をしかめながら言った。はいはいしょーがないっスね~、と言いながら書棚を漁るラグの呟きが鬱陶しい。
ぺらりと中央のテーブルに置かれた、大きな古びた羊皮紙に描かれているのは、どうやら世界地図のようだった。方角を表しているであろう記号の位置を見るに、北西-北東-南東で世界を囲むような巨大な大陸がひとつ、南西辺りに小さめの大陸がひとつ、そして中央に黒々と塗り潰された大きめの島があるようだ。それぞれに記号だの地名だのが書かれているが、当然どれも読めないので、どこがどこだか分からない。
隣に座っていたクライドが、ここがベルキュラスで――ここがカーチス領で――と説明してくれた。南東にある大きな領域が丸ごとベルキュラスで、北東部分との間に広大な灰色の領域を挟んでいる。どうやら世界地図上ではほぼ東半分の話で、南から順にベルキュラス、サヴィア大砂漠、カドレナということらしい。急にスケールのでかい話になったな、と崚はどうでもいいことを思った。
「なるほど――輸送路が砂漠か海路しかないから、砂漠で組織的に掠奪をされると、物流が大きく制限されるわけか」
「さっきからそう言ってんじゃねェか、鈍いヤツだな」
「だから今初めて教えてもらってんすけど!?」
「と、とにかく……この物流問題解決にあたり砂人を討伐しようという論調が、ベルキュラスとカドレナ双方で挙がってきました」
「やっちゃえばいいじゃないっスか」
「良くないです!」
他人事のようなラグの言葉に、エレナが語気を強めて言い返した。
「数こそ我ら諸人に劣るが、砂人の兵は精強だ。正面からやり合えば、こちらにも少なくない損害が出る」
クライドの補足を聞きながら、崚は改めて地図に目を落とした。砂漠を縄張りにしている以上、砂漠での戦闘は得意分野だろう。まして個々が強いとなると、こちらの損耗もさぞ大きくなるに違いない。それどころか一つの戦場、一つの戦闘で勝てば終わる話でなく、街道の安全を持続的に保たなければならないのだ。直線距離ですら決して短くない灰色の領域を眺めながら、崚は気が遠くなる思いを抱いた。
「で、エレナはそれに反対だと」
「そう。砂人の中でも、ベルキュラスと友好的な人たちはいるし、何より戦争なんてだめだよ」
「ただ、こちらがどのような姿勢でいようと、向こうに応じる意思がなければ意味がない。そこでまずは、連中を交渉の席に立たせるべく、エレナ様が和平交渉の説得役として立候補なされた。そして、その補佐兼通訳として任じられたのが、この私」
エレナの主張を引き継ぎ、ライヒマンが説明を締めくくった。
「ボルツ=トルガレンはどう絡んでくるんスか?」
「……おそらくは、カドレナ側の主戦派と呼応し、和平交渉を妨害しようという意図ではないかと見ている。特に最近、連中の活動が活発になってきているとの報告があり、連中に知られないよう秘密裏に移動していただく予定だったのだ。
……それが、こんなことになるとは――私が至らぬばかりに危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませぬ」
「いいの、ライヒマン。気にしないで」
居住まいを正し頭を下げるライヒマンと、それを止めるエレナ。その向こう側で、カルドクはうーんと唸っていた。
「……いや、ちょっと分かんねェんだが。嬢ちゃん襲って、砂人との戦争煽って、それで何の得があんだよ?」
「――それは……実のところ、あまり……」
首をひねるカルドクの問いに、エレナは言葉尻をすぼめて白状した。カドレナの独立を目論むボルツ=トルガレン、そのカドレナとベルキュラス間の物流を妨げる砂人、その砂人との和平交渉を望む王女エレナ――繋がりが、今一つ見えてこない。
「で、君はどう思います?」
「うっわーそこでこっちに振るんだ、性格悪」
「だまらっしゃい」
急に水を向けてきたラグに対し、もちろん崚は不満を返した。この場で一番情報が少ないどころか、ほぼ前提知識がない人間であることは分かっているだろうに、どうもこうもあるか、と唸った。
「……カドレナ側の事情が分かんないので、ピンと来ないです。現状のベルキュラス側だけの視点で語るなら、どっちかっていうとエレナ個人狙いの動きじゃないすか?」
「……和平派の妨害じゃなくて、あくまで王女としてのわたし個人を狙ったってこと?」
「そ」
「その心は」
「そこまでは知らん。そもそも、ベルキュラスでテロやる事情なんて俺の知るところじゃないし」
「あそこに転がってる連中の心臓でも抉り出してみっか」
「勘弁して下さいよ……呪われても知らないっスよ」
クライドの問いかけをわざわざ拾い上げてジョークを飛ばすカルドクに、ラグが顔をしかめた。よりにもよって、呪われたイシマエルを使役する連中、あるいはそれと手を組んでいる連中である。さぞ冒涜的な呪いが降りかかることだろう。
「ゴーシュさんはどう思われます?」
「私もカドレナ側の事情には明るくない、と前置きするが――彼と同意見だ。対砂人戦争を見据えて、というには些か回りくどい。本来の理念通り、王女個人を狙った行動と考えるのが妥当だろう。これまでの活動と比較すると、かなり大胆に動いているように思えるが」
ラグが一縷の望みを抱いてゴーシュに問いかけてみたが、彼からも芳しい答えが得られず、うーんと唸るしかなかった。
これ以上の進展は見込めない。『エレナの行く手を阻む存在』であることは変わりない以上、ボルツ=トルガレンの思惑について思案するのは、ひとまず打ち切った方がいいだろう。
「――とりあえず、『これまで』の事情は分かった。じゃ、次は『これから』の話だな」
ばん、と手を叩いて話を切り替えたカルドクの神妙な目つきに、しかしエレナは怯むことなく見つめ返した。
「――ここまで事情をお話しした以上、あなた方に回りくどいことを話しても仕方ありませんね。
単刀直入に申し上げます。わたしたちは砂人との和平交渉のため、まずはイングスにてカーチス辺境伯の元を訪ね、サヴィア大砂漠へ移動するための支援を受けます。その道中護衛をお願いします」
「人数と、期日は」
「できれば皆さん全員。期日も――本来は今日明日にでも出立したいところですが、先の戦闘の直後で無理は言えません。ただ、可能な限り早く」
「代価は。ウチは現金払いか同額の物資受領が基本でな、ツケ払いは受け付けてねェし、ましてや『ありがたいお褒めの言葉』なんぞで飯は食えねェ」
「分かっています。――ライヒマン」
「はっ。――カルドク団長、ラグ殿。先日、我々と共に運送してもらった物資――本来は、カーチス伯への協力報酬として用意していた物資だが、一旦そこから諸君への報酬を捻出させてもらう。まずは、金貨百枚からでいかがかな」
「きっ……!? ひゃっ……!?」
ここからは、具体的な受託条件の相談になるのだろう。ライヒマンが提示した金額に、ラグが思わず目の色を変えた。
交渉術に疎い崚でも分かる、これは明らかな失態だ。崚はじっとりとした目でラグを咎めた。
「――ラグさーん」
「はっ! だ、だって君ぃ! 金貨っスよ!? 百枚っスよ!? どんだけ大金か分かってんスか!?」
「さっぱり」
「だぁーっもぉーっ肝心な時に話が通じない!!」
崚のにべもない返答に、ラグは天を仰いでうがぁーと唸った。
崚の――というか現代日本の経済感覚があまり参考になるとは思えないが、金貨は多くの貨幣経済において最上級の価値があり、それが百枚となれば相当な額になるのは間違いないし、そんなことは崚でも分かる。問題はそこではなく、先方から提示した額でいきなり過剰反応しては、交渉において悪手だろう。最悪、さらに吊り下げられる可能性がある。というか、散々ぼったくったという先日の依頼と、大差ない額なのではないだろうか?
「そりゃ、前金か? それとも成功報酬か?」
「成功報酬では不服かね? 諸君の台所事情は、そこまで大規模ではないようだが?」
「ラーグーさーん」
「ぐぐぐ……!」
「――道中、奴らのお仲間が襲撃してくる可能性がある。それに備えて、日夜ピリピリしてねェといけねェってお仕事だろ。仲間失くした後で定額だけポイじゃ、俺らだって納得いかねェ。
……前金七十、イングス到着で五十。ただし道中で襲撃があったら、追加報酬をもらう。額は都度相談で。
あと、さっきの迎撃の分もかねて、前金にもう三十。――連日で全員フル稼働なんだ、タダ働きたァ言わせねェぞ」
「ふむ――まあ、よかろう。お互い安全な旅を祈りたいところだな」
「まったくだな。――ラグ、この旦那と移動計画を詰めとけ! 俺ァ野郎共の様子見て、ついでに仕事の話をしとく!」
とはいえ、伊達に団長を張っていないカルドクには通用しなかった。否とは言わせぬ圧力に反抗することなく、ライヒマンが肯定の言葉を返したことで、契約は締結した。
ラグに指示を飛ばしつつ席を立ったカルドクに対し、ふとゴーシュが声を掛けた。
「団長。私はこの砦に残る」
「えっ」
「あァ?」
ゴーシュの思わぬ申し出に、ラグとカルドクが素っ頓狂な声が上げた。
「大人しくお留守番ってガラじゃねェだろ。何だい何だい、久々の古巣が恋しくなったか?」
「事後処理をしておく。ただの人間だけならいざしらず、グレームルが三体だ。さすがに、清めの儀式が必要だろう。七天教に連絡を取っておく」
「ほーん。まァよろしく頼むわ」
しょうもない軽口を躱したゴーシュの説明に、カルドクはなんとなく納得した様子で了承した。崚にとってこのゴーシュという人物は、死者への礼節や信心深さとは無縁のように見えるが、体裁として取り繕っておくべきなのか、それとも魔法がある世界だけに、宗教的な儀式にもきちんと効果があるのだろうか。
ともかくも、エレナの護衛を請け負うという方向で話はまとまったようだ。
「……いや結局要らなかったじゃないすか俺」
「そんなもん結果論でしょ。いいから準備してきて下さい」
◇ ◇ ◇
「で、お前はどうすんの?」
ラグから追い出されて応接室から退出した崚が、同じように退出したクライドに問いかけた。
「オレか? もちろん、このままエレナ様にお供するが」
「いやいやいや。お前、一人で飛び出してきたんだろ? 行方不明か、脱走扱いになってんじゃないの?」
「――あ」
いかにも当然、という様子で答えたクライドの表情が、崚の指摘によって硬直する。いまさら気付いたのかこいつ。マジで考えなしに飛び出してきたのかこいつ。
「ど、どうしよう……! 一度帰還するべきか……!? でも、エレナ様を放っておくわけにはいかないし……でも、魔槍も持ってきてしまったし……でも今戻ったら、確実に合流できないし……
ど、どうしたらいいんだ……!?」
「落ち着け落ち着け。結果的に王女サマの窮地を救ったんだから、後の言い訳くらいどうとでもなるだろ。
とりあえず、あのおっさんに一言言ってもらえ。辺境伯も事情知ってるんなら、その人通して報告しといてもらえばいい。状況が状況だし、先に連絡さえしときゃ、処分は事が済んだ後に回してもらえるだろ」
「お、おう! ありがとう!」
おろおろと狼狽えるクライドを見て、将来苦労しそうな奴だなーと崚は思った。バカ真面目も、一周回ると妙な愛嬌がある。崚の勧めに律儀に礼を述べるクライドを見て、「将来苦労するのは、果たしてこいつ一人で済むだろうか」と、崚はどうでもいいことを考えた。
「ところで、ちょっと訊きたいんだけどさ」
「……この魔槍のことか? それとも――その剣のことか?」
「両方せいかーい」
しかし崚の問いかけに対し、即座に思考を切り替え冷静に応対する様は、何とも頼もしい。話が早くて助かる、と崚はおどけた。
「まず、この魔槍のことから話そうか。王国の魔導局で試作された魔導兵器――“破邪の焔”だ」
クライドが掲げた長槍は、その橙色の穂先からきりりとした光沢を放っていた。崚の記憶に誤りがなければ、これも穂先を軽く水洗いしただけだったはずだが、刃毀れは――見えない。まあ、刃そのものを思いっきり敵に捻じ込む崚のサーベルと異なり、炎を出してぶんぶん振り回していたのが主体だ。結果的に刃毀れするほど撃ち合わなかっただけかも知れないし、参考にはならない。
「破邪、ねえ」
「……何か文句があるのか」
「いんや。ただ、『聖なるもの』を自称する側って、往々にしてやることが邪悪だったり血腥かったりするよなーって」
「嫌な考え方をする奴だな……」
崚の厭味ったらしい言葉に、クライドは顔をしかめた。崚は世界史も日本史も格別に詳しいわけではないが、薔薇戦争だの十字軍だのナントカの役だの、上辺の大義だけ仰々しく飾りつつ、武力にものを言わせて民草から収奪したという記録には、枚挙にいとまがない。
「というか、試作兵器? そんなもん、よく持ち出しやがったな。……まさか盗み出したんじゃねえだろうな」
「ちっ、違う!!」
何となく思い至った崚の問いかけに、クライドは思わず大声で否定した。しかし彼の行動を聞く限り、無許可で持ち出したことには変わりないように思える。ひとまず、続きを促した。
「魔導兵器というのは、まぁ文字通り攻撃用の魔導具だ。強大な魔術の力を、魔術師以外でも使えるように――要は軍事転用できるように、という目的で開発されている。
ただ魔導具自体、魔術行使の手順を簡略化するための道具なので、ある程度の魔術の知識がないと正しく動かせない。それと――オレも細かい理屈は知らないのだが、どうやら複雑な魔導具には『適性』が必要らしい。魔導具と使用者の間で『相性』があって、使いこなせるかどうかに大きな差が生まれるそうだ。
適性検査の結果、オレがその適合者らしいということで、こいつの試運転を任されている、という次第だ。――エレナ様の許を離れていたのも、これの試験のために外されていたからだぞ。オレの意向じゃない」
「別にそんなとこまで勘繰ってねえよ。……つまり、何? 魔術師じゃなくても魔術を使えるようにするための武器なのに、魔術の知識がないと使えない上に、相性問題まであるってこと?」
「まぁ、そういう理屈になるな」
「……欠陥兵器じゃねえ?」
「……ま、まだ、研究途中の兵器だから……」
身も蓋もない崚の物言いに、クライドは閉口した。彼が魔導局で受けた説明を信じるならば、使用可能レベルまでの適性を見せたのはクライド一人だ。適合者にしか扱えないということは、つまり適合者が戦えなくなった途端、多額の予算をつぎ込んで開発したこの魔槍が腐ってしまうことになる。崚の批評通り、兵器としての汎用性に大きな問題があると言わざるを得ない。
しかしまあ、この魔槍こそが魔導兵器開発の第一作であり、今後さらなる研究を重ねる前提である。その汎用性という欠点も、研究とともに解消されることだろう。いずれ。きっと。
「それで……お前のそれは、何なんだ? どこで見つけた?」
「分からん。傭兵団の倉庫で見つけて、知らないうちに紛れてたらしいんだわ」
「……そんなことがあるのか?」
「俺に文句言うなよ。ラグさんの管理責任だろ」
クライドのじっとりした目に文句を返しつつ、崚はサーベルをすらりと抜いて見せた。水平に掲げられた刀を観察しながら、クライドの顔に浮かんでいた不審が深まっていく。
「……珍しい形状をしているな。サーベル――にしては、普通のよりも反りがないし、刀身も細いし、柄も長い。そうそう見落とすような代物ではないと思うが……」
「書類にも記録が残ってないらしいんだよ。……まあ、もともとぞんざいな扱いだから、テキトーに突っ込んだり捨てたりしては記録を更新してる、ってだけみたいだけど」
「そもそも、こういう細身の剣は貴族向けでは? 傭兵稼業なら、頑丈さが一番大事だろう?」
「それは俺も思った。かつ、似たような得物はほかに置いてない。誰も扱ってない」
「お前以外に、魔導具を使っている者は?」
「下水道も満足にない田舎だぞ。あるわけねーだろ、そんな高級品」
崚の言葉に、クライドはうーんと唸った。彼自身、この魔槍の適合者と判明してから、その試験に必要な程度の魔術の知識を叩き込んだだけで、何か推測ができるほど詳しいわけではない。加えて比較対象がないとあっては、何とも判断しようがなかった。
「――で、どう思う?」
「……魔導具なのは間違いないだろう。問題は、その由来が知れないことだが――窟人の手になる武器か……?」
「違うと思う」
「わっ!?」
思考に沈むクライドと崚の背中から飛び込んできた第三者の声に、二人は揃って飛び上がった。
ばっと振り向いた先にいたのは、流れるような銀髪と怜悧な瞳、いつもの仏頂面――セトだった。
「何だ、セトさんか。びっくりさせないで下さいよ」
「貴方は、先ほどの……その耳、もしや森人なのか?」
「――……ああ」
「珍しいな。カーチス領に集落があるとは初耳だが、出身もこちらなのか?」
クライドの問いに、セトは「いいや」と小さく首を振った。森人といえば帰属意識が特に強く、生まれ育った集落を離れることは少ないと言われているが――何か事情があるのだろう、と追及しないことにした。詳細が何であれ、初対面のクライドが尋ねたところで、この雰囲気ではまっとうに答えてくれそうにない。
「ところで、“ケステム”ってなんすか?」
と、崚が割り込んだことで、クライドはえっと目を丸くした。
「お前、森人も知らないのか?」
「実は記憶喪失なもんで。セトさんがこの通りだから、あんまり踏み込めなかったし」
「……記憶喪失ぅ……?」
「いちいち引っかかるなよこのくだりもう散々やったんだから!!」
怪訝な顔をするクライドの追及を、崚は声を荒げて遮った。顔を合わせるたび、あるいは知らない言葉を問い質すたびに同じやり取りをさせられているため、崚としてはいい加減面倒臭くなっている。
「“森人”というのは、我々“諸人”や、“窟人”と同じ『三人類』の一つだ。自然を愛し、森に棲み、精霊との交信を得意とするらしい。一般的に、諸人の数倍ほどの長命であるとされているな」
「へー。窟人もそうだったんだ。……ん? じゃあさっきの話の砂人ってのは?」
「窟人も知らないのか!?」
「知らねえもんは知らねえんだよ続けろ!」
「というか、何も知らない状態でよく話に加われたな!?」
「だから俺の出る幕じゃないって最初から言ってたんじゃん!!」
「うるさい」
大声で言い合う二人に向かって、セトが無表情で吐き捨てた。二人を宥めようというよりは、単純に自分が煩わしく思っただけだった。
「どれから話せばいいんだ……とりあえず、“砂人”というのは、ちょっと特殊で――『第四の人類』と言われている。“魔王大戦”以降、サヴィア大砂漠で初めて観測された人類で、見た目こそ諸人よりも大柄な程度だが、それだけ強靭な肉体を持ち、宿す魔力も強く、我々とは言語体系からして異なるとされる」
「……“魔王大戦”、ねえ」
「これ以上は脱線しすぎる、別の機会に勉強しろ。――それで、セト殿の『違う』というのは?」
ふーんと聞いていた崚を制すると、クライドはセトに問い直した。
「精霊は魔力を嫌う。その槍は精霊に嫌われているが、そちらの剣には反応していない」
「――え、精霊?」
「そんなもんいるんですか? ……こんなぼろっちい砦に?」
「微小な精霊なら、どこにでもいる。普段はそこらを漂っているだけだから、こちらに干渉してこない。よほど“感”が鋭くないと気づかない」
セトの説明に、二人は何となく周囲を見回した。当然、埃以外の何かが漂っているのを見つけることはできなかった。ハウスダストとか雑菌みたいな感覚でやだな、と崚が思ったのは蛇足だろう。
「さすがは森人だな。精霊が魔力を嫌うというのは、オレも魔導局で教わったから、この魔槍を嫌っているのは当然だろう。――しかし、こちらの剣はそうではないと?」
クライドの確認に、セトは黙って頷いた。わざわざ二人を騙す理由があるでもなし、セトの言葉が正しいと受け取っていいのだろうが――
二人は、ほぼ同時にサーベルに目を落とした。異常な見た目と、異常な能力。それが魔導によるものではないというのは、いささか受け入れがたい話だ。
「――セトさん。普通の剣ってのは……戦闘中に、ころころ色が変わったりするもんです?」
「……眼医者に診てもらえ」
「視力が奇しくなったって意味じゃありませんよ!!」
「お、オレも見ていたので、こいつが奇しくなったわけではないかと……」
崚への視線が可哀そうなものを見る目つきに変わったセトに、崚は思わず声を荒げた。
そういえば、と崚はもう一つ思い出した。――確か最初に触れたとき、光に呑み込まれるような感覚がなかったか。この刀の正体が何にせよ、魔槍を扱うこの騎士なら、何か反応があるのではないか?
「お前、ちょっとこれ持ってみ」
「ん? ……これでいいのか?」
ふいに崚から差し出されたサーベルと、クライドは言われるがまま受け取った。すいと刃を掲げ、しばらく訝しんだ後、何か異変を見つけた様子もなく、崚の手に押し返した。
「なんか見えた?」
「特には。……お前は何か見えたのか?」
「……眼医者に……」
「天丼はもういいんですって!!」
黒白のサーベル
秘められた力を発揮したサーベル
空間を斬る黒の刃、光を放つ白の刃をもつ
相も変わらす得体の知れない代物だが
もはや由縁も正体もどうでもよい
今はただ、この力を支配しなければならない
今度こそ、守りたいもののために闘えるのだ




