クチサケ 3
円藤苺は、恐怖を忘れるため日常に徹した。母と笑い、父と語り。テレビのドラマを見て感動した。
母が、苺に風呂を進めた。ちょうどドラマが終わったところだったので、彼女は着替えを用意して、風呂場に向かった。
脱衣所で、服を脱ぐ。脱衣所には、少し大きな鏡が付いている。映る彼女は、少しわざとらしさが見えた。
苺は、鏡から視線を外し視界に入れようとしなかった。急いで、服を脱ぐと、風呂場に駆け込んだ。
苺と別れた黒川は、再び拳を固く握り締めていた。暗闇に染まる空を睨む。彼の脳裏に焼き付いているのは、あの怪人だ。彼は、苺を送り届けている間、ずっと考えていた。あの、怪人が去り際に取った行動について。
「逃がさないつもりだ、あの都市伝説は。俺と円藤をどこまでも追ってきて、屈辱を晴らす。最後、指をさしたのは、覚えておけ、というおどしか?」
黒川は暗闇に一歩踏み出した。生温い、風が体をまさぐる。背筋に、悪寒が走った。
家へと向かう道のりが、桃源郷への苦難の道のように感じられた。
振り返り、苺に頼み込み、家で避難させてもらうのはどうか。黒川は踏み出した一歩を戻そうとした。
「 」
声が、誰かが彼に。
苺は風呂から上がり、リビングでくつろいでいた。テレビでは、天気予報が流れていた。
「明日は、晴れるのか」 晴れを表す太陽のマークが、画面いっぱい踊っていた。微かに、天井がふるえ、埃がおちてきた。
「ネズミかな?」
苺は今夜、何年かぶりに母と一緒に眠った。悪夢をみたが、高校生くらいの少年に助けられた。目覚めた時には、さっぱり忘れていた。