そのよん
空気の読めない、変質者はいきなりコートを脱ぎ、いきり立つ一物を誇らしげに、見せ付けた。変装の為の、マスクの奥からは荒い息遣いが聞こえていた。生理的悪寒に襲われた円藤苺は、反射的に彼に抱き着いた。
「・・・・・・」
抱き着かれた彼は、変質者に対したまま、固まっていた。勇気を出し、くそ甘い台詞を彼女に、送るつもりが、ゴミ以下のポークビッツに邪魔されたのだ。ために、貯めた気持ちを、何処へ落ち着かせるか、彼は全く見つけられなかった。
固まった彼に、気をよくしたのか、変質者は挑発してきた。
「俺のマグナムにビビって、声も出ないのか?」
彼と彼女が、反応した。彼女は、彼がビビっているという台詞に、彼はマグナムという台詞に。
彼女は彼から離れないように、抱き着く腕に力をこめた。痛いくらい締め付けに、彼は彼女の方をむいた。
「円藤?」
彼は、自分の不覚に気付く、一体なんの為に、自分は彼女を送り届けて、いるのだ。彼女をこの状況で守る為だったはず。彼は彼女の頬を撫でた。撫でた手に、微かな震えを感じ、彼の行くところを知らない気持ちが、全員一致で立ち上がった。
「小さいマグナム下げて、調子に乗るなよ。子供の弁当に入ってるウインナーより、ちいさいぜ、あんた」
変質者は、彼の見下す視線に、たじろいだ。マスクとサングラスで隠しきれない部分が真っ赤に、染まった。
「さっさと消えなよ。今なら、見逃す。ほれ、行け」
変質者は、何とか一矢報いたかったが、出来なかった。何も言えず、夜道に消えて行った。
「もう行ったよ。大丈夫だ。何にも怖くない。ほら、大丈夫」
顔を伏せていた彼女は、彼に言われて顔を上げた。キョロキョロと、辺りを見渡して、やっと安全だとわかると、彼からすこしはなれた。彼女はまだ、袖を掴んだままなだった。
「・・・手、つなぐ?」 彼が手を開くと、スルリと彼女の手が絡みついた。
「大丈夫だよ。逃げたり、しない。絶対しない」
彼女を真っすぐ見ては、言えなかった。けれど、彼女にはちゃんと、届いていた。
「うん」
二人が照れ臭いと、どちらも、視線を合わせず歩き始めた。
「わたし・・・綺麗?」 二人のすぐ後ろで、声がした。女の声だった。