その三
夜道を歩いていると、思いの外、視界が利かないことに彼女は驚いた。一寸先は真っ暗闇で、自転車の弱いライトが一つの頼りだった。何かが飛び出してきそうな、そんなシチュエーションにある二人だが、サンサンと輝く太陽の下に居るような落ち着きがあった。
「ねぇ、黒川」
「なに?」
「何か、でてきそうじゃない?」
少し声の調子を落として、脅かして来た。彼は表情をピクリともかえず、自転車を押して歩いた。
「どうした? どうした? やっぱり、怖い? ははっ! 」
彼女は少し置いて行かれて、少し急いでかれの横に、張り付いた。彼は怖いのかと、しつこく聞いて来る彼女を軽く鼻で笑った。
「ああ、怖い怖い。なんか出て来たら、君を囮にして逃げようかな」
「えっ?」彼女の強がりに、彼の遊び心が疼いた。結果、彼女は今にも泣きそうな沈んだ表情になった。慌てて彼は切り返した。
「でもさ、変質者がいきなりでてきたほうが、怖くない? いきなり、コートを脱がれたりしたら。ぞっとするね」
強がる彼女をからかうつもりが、泣かせる結果になりそうだった。
「そう、だね」
彼女は俯いたまま彼の横をあるいた。嫌な風が二人の間を歩いて行った。彼は、俯いた彼女を見てから、罪悪感にちくちく突かれていた。彼はどうすれば、機嫌がなおるのか、必死で考え、背筋がぞっとする答えにたどり着いた。彼は高鳴る心臓を落ち着かせるため、深呼吸をした。そして、精神を統一し、行動した。
「僕が」君を守ると続けようとした時だ、空気の読めない変質者が現れた。