ダンジョン付き事故物件に住む私の、とある日常。
武 頼庵さま主催『この秋、冒険に出よう』企画参加作品です。
日本をはじめとする世界各地に、ダンジョンというものが現れ、ゲームの世界でしかみたことがない魔物が湧いてきた。
しかし、ダンジョンが現れた頃、特殊な力を持つ人間も現れて、魔物をダンジョンに押し留めることに成功。
その後は、特殊な力を持つ人間をダンジョンハンターと呼ぶようになり、会社を興して生業にするもの、国家でハンターチームを作り抱え込んだりと、なんでもビジネスや利権に結びつけるようになる。
時が経てば慣れるもので、10年もすれば皆ダンジョンは当たり前になり、特殊な力を持つもの、持たぬ者の格差はあれど、それは特技と一緒という扱いにもなっていた。
みんながみんな、パソコンをスマートに使いこなせるわけじゃないように、みんながハンターである必要もない。
世の中の風潮が、次第にそうなっていた。
ある日突然、自分の目の前に、ゲーム画面のようなモニターが現れる。
それがハンターへの覚醒の証。そのモニターは自分にしか見えない。
ハンターに覚醒した事を、申告する必要はない。
今はまだ、法で整っていたりはしないため、ハンターであることを隠している者もいる。
ダンジョンは街中に現れることが多い。
ハンターの中には、ダンジョン出現を探知が出来る職業もあるそうで、その人らが察知し、ダンジョンが現れる前から対策を立て、魔物が溢れ出てくるのを抑えたりするそうだ。
危険度のないダンジョンは放置されていて、野良ダンジョンなんて呼ばれている。
魔物がいない、資源もない、ただの異空間。
ダンジョンは、内部に巣食うボスを倒さないと消えないため、ボスのいないダンジョンで、資源が無いものは消しようもなければ活用すらできず、放置されている。
そんなダンジョンが、家の中にあったら事故物件として扱われて、格安で借りる・買うことができる。
固定資産税もめちゃくちゃ安くなる。地価が暴落するらしい。
ちなみに、ハンターではない一般人は、ダンジョンに入ることができない。
魔物は出てこれるけど、一般人はダンジョンに入れない理不尽。
いつ魔物が出てくるか不明な事故物件を、借りたい者は、あまりいないだろう。
「うーん、やっぱり庭付きの平屋で、店舗併設一軒家! 駅近、スーパー近し。サイコー!!」
家の庭から家を眺めて、私は改めていい買い物をしたとひとり頷く。
私は以前、ダンジョンが現れたせいで、失職した人間であった。
ダンジョンというのは、1メートルほどの丸い輪があり、謎の空間が浮かんでいる。空中にある異物なのだ。
ダンジョン出現時は、その周囲2メートルほど、ほぼ消し飛ぶ。
そのため、ダンジョンが現れたらすぐわかる。
事前探知から漏れたダンジョンは、このように現れて周囲に多大な被害をもたらす。
小さな小売店と飲食店を営んでいるお店で、従業員として働いていた私だが、ダンジョンが現れて、店の壁が消し飛んでしまった。
壁がなくなった事で、支えがなくなり、店自体も次第に崩れた。幸いすぐ店から離れたので、怪我人はいなかった。
経営者は国から補償金が出たものの、お店を始めるには資金として足りず、引退された。
そして私は晴れて無職に。失業保険は出たものの、ダンジョン補償金の対象外であるため、ただの失業者となった。
ちなみにそのダンジョンは、既にハンターがダンジョンボスを倒したため、存在していない。
しかし、中には音もなく現れるダンジョンもあり、それが私がいま住んでいる家のダンジョンである。
一般人にとって、得体の知れないダンジョンは、不気味なものでしかなく、持ち主は家を手放した。
ハンターたちの調査で、何も出てこない、資源もない野良ダンジョンと認定されたにも関わらず、そんな物を抱えて住みたくないそうだ。
そんな事故物件を買い取って、いつか自分の店を持つ目標があった私は、その夢を格安で叶えた。
「さて、今日の『冒険』始めますかー」
伸びをしつつ家に入った私は、納戸の扉を開けると、そこには光の輪が浮かんでいる。
これがダンジョン入り口である。光の輪の中は、インクが滲んでいるような、変な色が浮かんでいて、向こう側の景色は見えない。
しかし、ハンターの目には、向こう側の空間も透けて見えるのだ。
私は手ぶらで、その中に飛び込む。
滲みインクの空間を抜けると、その先にあるのは広大な畑、果樹園、湖だ。
外と同じ秋の陽射しが差し込む、田舎の風景のように見えるそこは、紛れもなくダンジョンである。
そう、私は隠れハンターだ。
職業『料理人』というハンターである。
弓使いとか、そういった戦う職ではないため、ハンターと名乗り出ても、待遇はペラッペラに薄い。
政府に門前払いされた人も多く、不満を誰かが動画配信で洗いざらい、ぶちまけていた。
そんな先人たちに倣う理由はなく、戦闘系ではないハンターは、隠れハンターとなってしまったのだ。
ハンターなので、ダンジョンに入れるし、野良ダンジョンは危険がない。
そして、なんでか知らないけど、このダンジョンは食材が豊富に採れるのだ。
釣りをすれば美味しい魚が釣れ、畑に行けば新鮮で旬なお野菜、木には果実や木の実。
ダンジョン内の食べ物など、見向きもされないはずであるが、ハンターにはステータス上昇効果があるらしく、重宝されている。
ダンジョン産食材で作るご飯はハンターに人気で、いまや生計を立てられるほどになっている。
小さな喫茶店をやりたかったらしく、色々こだわって建てた注文住宅だったが、既にここはダンジョン付き事故物件である。
内装を整えるなどの開店準備をしていた頃、ダンジョンが静かに現れたのもあり、居抜きのまま私がハイパー格安で買い取った。
格安と言えども、貯蓄はほぼ吹っ飛んだ。
けれどダンジョン飯屋のお陰で、その時以上のお金は持っている。
「ひとつ残念な事といえば、このダンジョンお肉採れないんだよね」
シメるところから出来るわけじゃないので、肉の元になる動物(魔物)がいても困るのだけど。
私は野菜を収穫して、魚を釣り、ダンジョンに置いてあるコンテナへ入れると、元来た光の輪へ入る。
あ、このコンテナは、ホームセンターで買った市販品。収穫物を入れるのに買って、ダンジョンに置いてある。
食材の仕入れは、ほぼタダである。
私から見たら、食材付き食堂を買い取ったようなもので、ホクホクものでしかない。
飲食店舗側へ食材を運び、調理開始だ。
しばらくすると、入り口の扉がカランコロンと音を鳴らして、開く。
「よう」
筋肉質なハンターが入ってきた。
この店の扉は、ハンターでないと開くことができない上に、開けてもダンジョンに繋がるわけではない。
このハンターだけ開けられる扉の仕様も、事故物件上乗せ扱いとなっていて、喫茶店をしようとしていた前の持ち主には、迷惑でしかないブツとなった。
「こんにちは!」
ハンター相手に商売している私には、願ったり叶ったり。
一般のお客さんが来ないため、私の正体(隠れハンター)が知られることもない。
そして、このハンターさんは、お肉の差し入れをしてくれる人である。名前は知らない。肉兄さんと呼んでいる。
「ダンジョンで獲れた」
長い言葉を喋らない肉兄さん。
けど、もう慣れた。
「見てみますね。『食材鑑定』」
料理人のスキルを使うと、食べられるかどうかがわかる。スキルのレベルが上がると、おすすめの調理法なども教えてくれるのだ。
「コクがあって美味しく、ビーフシチュー……? 魔物肉シチューがオススメらしいです」
「なら、今日は無理か」
このお肉での煮込み料理は、美味しくなるまで時間がかかる。
圧力鍋で一気にやるよりも、ゆっくりじっくりコトコトがオススメ調理法である。
オススメ調理法で調理した料理は、ステータスアップ効果が上乗せされるらしい。
「これは無理でも、肉兄さんがこないだくれたお肉の熟成が終わったんで、ステーキお出しできますよ」
「そうか、それを」
食材を差し入れてくれる肉兄さんは、半額サービスでうちの店を利用できる。
ダンジョンに潜る前は、必ず食べにきてくれる。
「美味かった、ありがとう」
言葉は少なく、表情筋もさほど仕事をしない肉兄さんが、唯一笑顔になる瞬間が食べ終わった今ここである。
「いいえ、ダンジョン攻略頑張ってください」
「ありがとう」
戦闘職ではない私は、送り出すしかできないものの、ステータスアップご飯は作れるので、こうしてハンターさんの役に立てる。
「いい食材、みつけてくる」
肉兄さんは、そう言って退店した。
テレビをつけると、チャンネルの大半はダンジョンに関する番組が流れている。
交通事故のようにダンジョン出現が流れ、政府のお抱えハンターたちはテレビに出て自分たちの活動をアピールし、アニメではダンジョン攻略ハンター(美女)ものが人気である。
「肉兄さんとか戦闘ハンターは、大変そうだなぁ……。魔物とかすごく怖いんだろうな……」
私が入るのは、家の納戸のダンジョンだけで、他のダンジョンに行った事はなく、魔物も見た事はほぼ無い。
テレビに映るものや、配信動画くらいである。
「肉兄さん、無事に帰ってきてね……」
家の庭は、紅葉が赤く染まり、すっかり秋の色。
小さな冒険しかしていないけれど、大きな冒険をしているハンターさんたちを、少しでも支えてあげられる力があるので、仕事にやりがいは持っている。
また彼の笑顔を見たい私は、次に出したい料理の仕込みに入った。