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7.頼れるお義母様

 まるで早馬(はやうま)のごとく私を謁見の間まで運んでくださった蒼牙様は、私を床におろすなり無言で去って行かれた。


 運んでいただいたお礼すら言う暇がない。やはり自分で歩けますと言えばよかった。今朝はなんだか上手くいきそうな予感がしていたのに、だんだんと不安になっていく。


 しかしそんなことで百爪(びゃくそう)様と空燕(くうえん)様をお待たせするわけにもいかない。気を取り直しておふたりに謁見し、昨日途中までご説明していた兎人領の近況をお伝えした。


「――というわけで、この度の穀物(こくもつ)庫増設がつつがなく終わりましたら、当面は凶作の年が来ても持ちこたえられるかと存じます」

「そうか。上手くいっているようで何よりだ」


 兎人族の主な食事は穀物と野菜。収穫が天候に左右されるので、もしもの時のための備蓄が欠かせない。新しく収穫した作物に入れ替え、倉庫から出した作物は安く供給する。季節毎の調整で忙しないけれど、民が()えないための大切な仕事だ。


 今年は豊作の兆しが見えていたので、今後の人口増加も見越して穀物庫を増やした。建設は終盤。収穫量についても予想通り、例年以上になる見込みだと報告を受けている。今後しばらくは狼人族にご迷惑をおかけせずに済みそうだと思うとひと安心である。


 領地についての報告が終わると、百爪様がぽんと手を叩いた。


「よし。兎人領についてはこれでよしとして……どうだったかな? 久々に我が息子と会って」

「……っ!!」


 百爪様からの思わぬご質問に、私は思わずぴょんと飛び上がってしまった。昨日、久々に蒼牙様とお会いできてから、嬉しいこともあったけれど、どちらかというと落ち込むことのほうが多かった。ありのままご報告すれば百爪様もご不安に思うだろうか。そう思うとなかなか言葉が出てこず、だんだんと兎耳が垂れていく。


「……空燕。私は居ないほうがよさそうだ」

「お気遣いありがとうございます。ラビーシャ、私の部屋に行きましょう」

「は、はい……!」


 その後、空燕様のお部屋でお茶を飲みながらお話することになった。百爪様にご報告する前に相談できる点は安心とはいえ、義理のお母様とふたりきりというのも、それはそれで緊張するものである。


 兎人族は緊張することや悩みごとがあると、いつもよりたくさん水を飲んでしまう。出されたお茶をあっという間に飲み干してしまった私を、空燕様が心配そうに見つめておられる。


「やっぱり、何かあったのね」

「……はい」

「大丈夫だから話してみて? 百爪様には私からうまく話しておくから」

「で、では……」


 空燕様に(うなが)され、私はおずおずと昨日からのことをお話しした。


 百爪様に顔を見せてくるようにと言われて執務室に行ったら、「もう顔は見た」と蒼牙様に言われて会話が終了してしまったこと。その後、部屋まで運んでくださったものの、英賢と喋るなと言われた以外は無言だったこと。不安を覚えたものの、夜は同じ部屋で就寝してくださり、朝のご挨拶もできてひと安心したこと。


 しかし先程、執務室を訪ねた時のこと。迅賢に「俺の妻」と紹介されたことに喜んだのも束の間、仕事を任されることなく、蒼牙様を見れば「見るな」と言われ、部屋を出ることも許されず、ただ置物のように存在するしかなかったのだ、と。


 空燕様は相槌(あいづち)を打ちながら、真面目なお顔で私の話を聞いてくださった。しかし先程の執務室での話に差し掛かった途端、口元を袖で隠して、最後にはもう耐えられないといったご様子でふっとふきだした。


「ふふっ。ああ、ごめんなさい。それは不安になって当然よね」

「はい……自分の存在意義は何ぞやと考えていました……」


 どんな反応をなさるか不安だったけれど、笑っていただけて救われた気分だ。いや本当に、こうして誰かに話してみるとおかしな話である。なぜ何の役にも立たないのに、隣に座っていなければならないのか。


「深刻にならなくても大丈夫よ。私も鳥人領から嫁いできたばかりの時も不安だったから」

「空燕様にもご不安な時期が……?」

「ええ。懐かしいわ。嫁いできて半月ほどは、毎日びくびくしていたのよ」


 空燕様はお茶をひと口飲むと、ご結婚に至るまでのお話を聞かせてくださった。


 鳥人族の中でも、空燕様の種族は生まれつき黒髪で、(まぶた)や唇はまるで紅をさしたように真っ赤なのだそう。しかしどういうわけか空燕様だけは、瞼も唇も生まれつき青色だった。


 昔は周りと違うことを気にして、上から紅を塗って隠していたそうだけれど、百爪様から「元の色のほうが好きだ」と言われたのがご結婚の決め手になったのだとか。


「百爪様は私が良いと選んでくださったけれど、同じ種族の中でも浮いている者が狼人族に上手く馴染めるのかしらって。でもしばらく暮らしてみて、要らない心配だったと気づいたわ。種族が違えど皆が(うやま)ってくれるし、無事に跡継ぎも残せた。あなたもきっと大丈夫よ」

「……ありがとうございます」


 空燕様に元気づけられて、先程までの喉の渇きがすうっとおさまっていく。いいお義母様(かあさま)に恵まれて、私は幸せ者だ。


 そこからはお菓子をいただきながら、少し世間話を。


「狼人族の良いところと言えばやっぱり、ひとりの妻を一生大切にしてくれるところよね」

「そうですよね! 兎人族だと副妻を何人か迎える夫も居るので、序列争いで殺伐(さつばつ)とする家も……」 

「あらあら。でも鳥人族にも居るわ。毎年のように妻を変える夫が」

「それが習性とは言え、他の種族のお話を聞くとなかなか複雑な気持ちになりますよね……」

「そうなのよ……まあ、ここで誰かと争うことはないと思うわ。狼人族は本当に、一途だから」


 空燕様のお言葉を聞いて、想像してみる。もし蒼牙様から、一途に愛していただけたら。いつも冷たい瞳が私のほうを向いて、じっと見つめてくださるようになったら。その瞳が、嬉しそうに細められる瞬間がやってきたら。そう思うだけで頬が熱をもつ。


 不安な気持ちはあれど、狼人宮に来てまだ二日目。これから蒼牙様のお傍で日々を過ごして、結婚する頃には私も空燕様のように「心配いらなかったわね」と思えるようになっているのかもしれない。


「結婚したばかりの頃を思い出したわ。また一緒にお茶しましょうね」

「はい。いつでもお呼びくださ……はっ!」


 空燕様に見送られてお部屋を出ようとしたところで、私は大事なことを思い出した。


「どうかした?」

「はい! 空燕様におうかがいしたいことがあったのです」

「何か、蒼牙のこと?」

「いえ。蒼牙様とはまったく関係ないのですが、気になることがありまして……空燕様は狼人宮に来てから、奇妙な音を聞いたことはありませんか?」

「奇妙な音?」

「はい。昨日は気づかなかったのですが、今朝起きた時から、ぱたぱた、ぱたぱたと時折聞こえてくるんです」


 そう。あの謎のぱたぱた音。

 他の人にも聞こえているならいいけれど、私しか聞こえていないのであれば問題だ。


「すぐに辺りを探したのですが何も居なくて……しかも蒼牙様には聞こえていないらしいのです。私はもしかすると、聞こえてはいけない何かが聞こえている、のでしょうか……?」


 自分で説明するほど怖くなってきて、耳がぺしゃんと垂れる。髪の毛の先をつくろいながら震えていると、空燕様が私の頭にぽんと手を置いた。


「怖がらなくても大丈夫よ。その音なら、私も聞いたことがあるから」

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