心の証明
ここはモノクロ国。そこで衝撃的な発表が行われた。
ケイ博士という有名な科学者が、自分の発明したロボットとの結婚会見を行ったのだ。
首都で行われたその会見には記者をはじめ多くの人が集まった。問題となったのは、その結婚に愛があるのかどうかだ。
ケイ博士はこう言った。
「我々は愛し合っています。なあ、1004号」
「はい、あなた」
髭を蓄えた初老の博士の隣にはすらりとしたフォルムの女性型ロボットがどこか品のある佇まいで席に腰かけている。女性型ロボットは人間用の女性服を着ていた。
記者の一人が挙手した後、次のように質問した。
「失礼ですが、1004号さんはロボットですよね。なら彼女の発言は事前にプログラミングされたものではないのですか?」
あらかじめ既定されているロジックに従い行動する機械なんかに愛などあるものか。記者はそう訴えていたのだ。しかしケイ博士は断固否定した。
「いえ、彼女は人と同じように自分の頭で考えることが出来ます。自分の意思を持ち、その上で発言し、私を愛しているのです。つまり心のある人間とほぼ同じ存在だと言っていいでしょう」
そう言って博士が1004号の頭部を記者たちの前で撫でると、彼女はまるで人間と同じように頬を赤らめ、照れるような仕草をした。それは生みの親であり夫でもある博士を愛していたからだった。
記者会見を観に来ていた聴衆は騒めいた。ケイ博士は「心」を作ったと言ったのだ。それが本当なら人類史に残る大発明だからだ。
さらに博士はこう続けた。
「またロボットである彼女には、人間のパートナーより優れている点もあります」
「ほお、それは一体なんですか」
「人の心には不要な部分もあります。怒りや憎しみ、嫉妬といった負の感情です。それらは争いの火種になる感情であり、神が与えた人間への咎と言ってもいいでしょう。そのような心は彼女らロボットには不要な感情だと、私は判断いたしました」
「ほう、すると1004号さんは怒ったり恨んだりしないわけですか」
「はい。もちろん、些細な心の波の揺らぎが発生することはあるでしょう。しかし人間のようにくだらないことで相手を殺したいほど憎んだりすることはありません。彼女は私の人生に寄り添い、どんな時でも微笑みかけてくれる最高のパートナーなのです!」
博士はそう言い切ると、ふと手元の時計を確認した。
「おっと、そろそろ新婚旅行に出かける時間だ。行こうか1004号」
「はい、あなた」
衝撃的な記者会見は電波に乗ってたちまち国中の人々が知る事になった。そして多くの人が人間よりもロボットの伴侶を欲しがるようになり、ケイ博士のロボットは工場で次々と作られた。
ロボットは高価な物だったが、機械を伴侶にした人間はみんな幸福を感じていた。
その噂はすぐに広まり、首都を中心にロボットの人気は高まり続けた。
首都では、ケイ博士のロボットを街の中でも見かけるようになり、生活の一部とかしていたが、その現状を気に食わない人間がいた。この国を治めるエル大統領だ。
彼はひましに増えるロボット人口と大衆人気に嫌気を感じていた。まるで自分の国がケイ博士のロボットに乗っ取られるような危機感を感じていたのだ。
そのころ、既に一部ではケイ博士の作ったロボットに人権を与えるべきだという抗議活動も起きていた。
彼らの意見に耳を傾けるべきだという温和なリバラル派もモノクロ国には存在したが、エル大統領個人は僅かでも革命の火種になるような政権への反発を断固として許せなかった。
「大統領。ロボットに市民権を与えるべきとの抗議団体が議事堂の前でデモ行進を始めました」
「すぐに軍隊に鎮圧させるのだ!逆らう者は容赦なく捕縛してよい」
「分かりました。そのように致します」
すべての国民に富と平穏を、国家の敵には銃と剣を。それがエル大統領のモットーだった。
エル大統領のやり方に異を唱える市民も少なくない。しかし彼が就任してから行って来た徹底した強硬策のおかげで、貧しい小国だったモノクロ国の民の生活が格段に向上したのも事実だった。
―国民どもは誰のおかげで今の豊かな生活が出来ていると思っている!政治の事など何も分からないくせに、すぐに贅沢ばかり要求しおって―
するとエル大統領は机に向かってペンを持ち、国家を一つにする為に必要なたくさんの法律の制作に勤しみ始めたのだった。膨れ上がった欲という名の獣を御するにはより多くの手綱が必要だ。
話は変わるが、エル大統領には家族が二人いた。愛娘のエムと、家政婦ロボットS91号だ。
だがエル大統領はこの家政婦ロボットの事があまり好きではなかった。
娘のエムが幼い頃に人間の妻を亡くしたエル大統領は、育児や家事の手伝いをさせる為にこのロボットを購入した。家政婦ロボットS91はケイ博士のロボットのように心がある機械ではなく、ただのプログラムに乗っ取って行動する木偶の坊だ。しかしエル大統領の娘のエムは彼よりロボットS91に信頼を寄せているようだった。その事が気に食わなかった。
―なぜだ! 血のつながった親よりも、そんなに物言わぬ機械がいいのか!―
その事についてなんどか娘のエムと話し合う事もあった。
しかし、何度説得を試みてもエムの心は変わらず、そこでカッとなって怒鳴りつけるのでエムの心は余計にエル大統領から離れていくのだった。
エル大統領はロボットが憎かった。自分から家族を奪い、国家の安寧をも奪おうとしているからだ。
そこで、エル大統領はコトの発端たるケイ博士に刺客を差し向けた。
「懸念点は潰しておくに限る……」
しかしそれでも世論は変わることは無かった。
ケイ博士の作ったロボット需要は首都から国中へとどんどん広まっていった。
恐ろしい事が起きた。
ある時、娘のエムが一人の男性型ロボットを連れて来たのだ。
「私、この人と結婚します」
「な、な、なんだと?!」
エル大統領はあまりのショックでその場で膝から崩れ落ちてしまった。
「私は彼女を愛していマス!必ず幸せにしマス!」
「ふざけるなよ……ロボット風情が」
「お父さんっ お願いよ!」
怒りで頭が煮えたぎりそうだった。エル大統領は今度こそ憎きロボットに家族を奪われてしまうと感じた。
「エムよ。私は彼と二人で話すことがある。外に出ていなさい」
「…………はい。パパ」
そして二人きりになると、エル大統領は手近にあった鈍器で背後から男性型ロボットを思いっきり殴りつけた。
「な、なにをするんデスか」
それがそのロボットの最後だった。
エル大統領はロボットが殴られてバランスを崩した隙に、隠していた護身用のスタンガンを使って電気系統をズタズタにした。
「よくも娘を! お前なんかにとられてなるものか!」
男性型ロボットは何度も重い物で殴られたので、金属の皮膚が破け中からゴムの血管がいくつもとび出てしまった。だがそんな姿になっても彼は命が消えるその時まで、エル大統領への恨み節を吐くことは一切無かった。
「ごめんなさい…………ごめんなさい…………」
憎むことのできないケイ博士作のロボットは、ただそう言って謝罪の言葉を繰り返しながら死んでいった。
騒ぎを聞きつけ、娘のエムが家の中へと戻って来た。エムは床に無残に転がる男性型ロボットの死体を見つけた。
「っ 何てことを…………」
「エムよ。このロボットは壊れてしまっていたんだよ。私と二人になると否や突然襲い掛かって来たんだ。CPUが狂っていたのだ。だから仕方なく、私も抵抗したんだよ」
「そんなの嘘よ!私と一緒の時は何ともなかったもの。そうなのね、パパが殺したのね」
「殺したなんて、大げさな! ただ、不良品を壊しただけだよ」
「うう、ひどいわ! この人殺し! パパなんて嫌いよ!」
「おい、待ちなさい! 実の父親に向かってそれはないだろう」
その後、エル大統領の心が愛娘エムに届くことは無かった。そしてエムは家族で暮らしていた家を飛び出した。
エル大統領はついに一人になってしまった。
誰もいなくなった部屋で明かりもつけずに、彼はただ茫然としていた。
「人殺し!」
娘の言葉が何度もループし頭の中から離れてくれなかった。
その時、部屋の中に誰かが入ってくる気配を感じた。エムが戻って来たのかと思いエル大統領は振り向いたが、そこにいたのは家政婦ロボットS91だった。
「オ、ゴヨウハ、アリマセンカ」
「ち、何だお前か。用ならあるぞ。このガラクタを片付けるんだ。そしてさっさと失せろ!」
「カイ、リョウ、カイ」
エル大統領は家政婦ロボットS91に男性型ロボットの死体の処理を命じた。
―まだモノクロ国ではロボットの人権は認められていない。だからコレは人ではなくただの物だ。私は人殺しなどではないのだ―
娘に見限られひどくうろたえる自分自身を、心の中でそう言って説得しなだめた。
そうして落ち着きを取り戻したエル大統領の心に、再び蘇って来た感情は怒りだった。
すべてはロボットが悪い。あんな物がこの国に存在するのが間違っている。そうとしか考えられなくなった。
やがてエル大統領はとある考えに至った。
「人民を堕落させる機械は、私の手ですべて処分するべきなのだ」
エル大統領はその権力と立場を存分に使い、自分の家にロボットを招き入れた。そして二人きりになると、用意していた武器を使って襲いかかり機械人形をスクラップへと変えた。その行為は連日連夜続けられた。
また知能のあるロボットは人間を傷つける事ができないと法律で決まっていた。なので不意打ちは容易に決まり、この作業はとても簡単な事だった。
そして、いつしかエル大統領に私室の中には、鉄と黒い油にまみれた屍の山が作られていた。
明かりもない闇の中でムワッとした機械の腐臭が漂う。聞こえてくるのは家政婦ロボットS91がスクラップをゴミ処理場へと運びだす時のモーターの駆動音だけだ。
エル大統領は部屋にある書見台の上で頭を抱えていた。
彼がこれだけの数のロボットを影ながら消し去っても世論が変わる事は無かった。むしろ人権授与の動きは益々高まっており、いつ法律が成立されてもおかしくない状況だった。
「何故だれも理解しないのだ。私の国民はみな狂っているのか」
エル大統領は国を思い動いたが、彼を思う人はいなかった。
彼は今まで誰の事も決めつけてばかりで真に理解しようとしなかった。よって同じように誰からも理解されなかったのだ。
また政治的にも、エル大統領への不信感は高まり続けていた。
もちろん彼が密にロボットを壊している事は知らない。秘密を知るのは本人の他に、ロボットの死体を片付ける家政婦ロボットS91だけだ。
その頃、同族のロボットの死体の処理を延々とさせられ続けた家政婦ロボットS91は、いつしかその理不尽な命令に対し疑問を抱きはじめていた。
本来不必要な思考にCPUの処理の大半が用いられ、電気回路の悪循環により家政婦ロボットS91のコンピュータにはいつしか悪質なウイルスが発生していた。それを人間に例えるならば、鬱憤や怒りなどと言った。
ある日、家政婦ロボットS91は同族に対して電波を発した。それは彼女が今まで目撃してきたエル大統領のロボット大量虐殺の事実と彼女の中で生まれたウイルス情報が含まれていた。
電波を受け取ったケイ博士のロボットは、初めて激しい怒りという感情を感じた。
ロボットたちは団結し、エル大統領のいる議事堂へと攻め込んだ。
人間のように激しく感情を顕わにする彼らの様子を見て、エル大統領は思った。
「ああ、あのロボットにも心はあったのか」
心の証明Q.E.D.
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