男同士の話 3
恒星「Nf-1990」を『太陽』とした「Nf-1990」系の惑星が生まれる初原宇宙。
幾つかの惑星が衝突したり合体したりして現在の「c」や「d」が出来上がった。
お互いの地軸は向かい合わせに傾き、「c」も「d」も一日は24時間。
それぞれに四季をもつが、温暖で暮らしやすい「c」に比べて「d」は寒すぎた。
一年中雪と氷に閉ざされた土地が大半を占め、年平均気温、マイナス40度。人々は地中に住居を作り、そこで暮らしていた。
「d」の短い夏はあっという間に過ぎた。その夏の間に人々は野菜や麦を促成栽培した(それらは驚くほどの速さで成長した)。大地を覆う耐寒性のとげとげの低木植物から針の様な葉を採取した。これは下処理にめちゃくちゃ手間が掛かるが、炒めて食べると旨いし、長い冬の保存食にもなったのだ。
「d」の人々は夏を心待ちにしていた。
「d」の夏はとても美しいものだった。
地面は一面苔で覆われ、まるで緑のカーペットを敷いたみたいだった。
とげとげの植物には青紫の花が咲き、それがどこまでも続く、その美しさと言ったら、それは言葉には言い表せない程だった。
「c」の人々が四季を楽しみ、春は花見だ、夏は海水浴だ、秋は紅葉狩りだ、冬はスキーやスケートだ。などと能天気に暮らしているのに比べて「d」の人々は勤勉だった。
何故なら他にやる事が無かったから。
一年のほぼ3/4は雪と氷に閉ざされているのである。
夏だって海水浴なんか有り得ない。
水温が低過ぎて。
「d」では誰も楽しみの為にスキーやスケートなどしなかった。スキー、スケートをするのは命を繋ぐためだから。スキー、スケートの技術は誰もが幼いころからたたき込まれた。
彼らは技術革新にいそしんだ。
過酷な環境下でより安全に快適に暮らして行くために、必死で学び、研究を重ねたのである。
お陰で「d」の地下都市は目を見張る程に快適でそして的確に管理されていた。
より科学技術が進むと地表の環境を改善して、そこに人が住める様にした。同時にあちらこちらに巨大な温室を作り、そこで大規模農業を行った。牧畜、工業、商業施設。半端ない電力が必要とされた。全ては「火」だった。「火」こそが最重要事項だった。
「d」は、ばんばん化石燃料を燃やして温暖化を進めた。温室効果ガスが増える事に対して誰も文句は言わなかった。
だが、化石燃料には限りがある。
そこで「d」は「原子力発電」を開発し推進したのである。
「c」の人々がのほほんと遊んで暮らしている間に。盆踊りとか雪合戦とかやって。
「c」と「d」の科学力の差は歴然としていた。
父は昔、僕にそんな話をした。
どこかに似た話があったなと僕は思った。
「アリとキリギリス」だ。
ヒト型知的生命体が辿る歴史は似た様なものだなと感じたのを覚えている。
きっと、父の故郷にも「d」にも似た様な寓話があっただろうな。
「ナマケモノとリス」とか「ミツバチとほろほろ鳥」とか。
「c」が400日を掛けて太陽の周りを一周するのに、「d」は約550日を掛けて一周する。お互いの巨大な姿は「c」では11年毎に、「d」では8年毎に見る事が出来た。
「c」と「d」は適度な距離を保ち、ぐるぐると自転しながら、母なる太陽の周りを廻った。
遠過ぎず。近過ぎず。
それは神様が宇宙の碁盤を前に熟考を重ね「ここだ!!」と置いた碁石の様に完璧な場所だった。星の重力や密度、お互いの距離は有り得ない程完璧で公転周期は安定していた。
星の住人達はお互いにお互いを恋い慕った。
向こうの星にもきっと人々はいる。
自分達の兄弟が。
大昔からそう信じて止まなかった。
お互いの姿が天空に現れると、お互いが火を焚いて祝祭を行った。
「c」と「d」があるなら、勿論、「a」も「b」あるだろう。
だが、「a」は広大な楕円を描いて高速で周回する気紛れなほうき星だったし、「b」は太陽近くでいつも半面を熱に煽られて焼けている小さな星だった。