二話
曹操は袁紹との仲は悪くなかったが、その義弟である袁紹は曹操に対して好意的ではなかった。袁紹は曹操を警戒しており、曹操は袁紹を嫌っていた。
その為、袁紹は曹操ではなく劉備についたのだと、曹操は思っている。
もっとも、袁紹の真意は曹操にも掴めていないらしい。
「でも、曹操軍が負けたって聞いた時、私はちょっと安心したんです。曹操軍が負ける事は予想できていましたし、曹操軍が負ければ私達は解放されると思っていましたから」
「それ、俺達に言っていいのか?」
李典としては、曹操軍が負けた事で自分達の命運が決まったのだと思っている。
実際、呂布達が曹操軍に捕らえられた時点で曹操軍が敗北した場合、曹操軍に捕らわれた呂布達は曹操軍に殺される事になっていた。
しかし、実際には呂布達の命を奪うどころか曹操軍は呂布達を解放してくれた。
呂布としても、曹操軍と戦うつもりはない。
曹操軍に恩義を感じているという事もあるのだが、それ以上に曹操軍と戦って勝てるとは思ってはいない。
呂布が曹操軍に降ったのは、曹操軍ならば呂布を殺す事なく生かし続けてくれそうだと判断したからだ。
呂布が曹操軍に降ると決めた際、陳宮はそれを猛反対したが、最終的には陳宮自身が曹操軍へ投降する事を条件に認めさせた。
陳宮の出した条件は、曹操軍への仕官ではなくあくまでも客将という立場であった。
陳宮は曹操軍を信用していなかった為、呂布の安全を確保する為にはその方が都合が良いと考えたのかもしれない。また、曹操軍の武将達も陳宮の意見に賛同し、そのように取り計らってくれた。
呂布を曹操軍の武将にすると言う意見もあったようではあるが、さすがに曹操軍の武将になるには実績不足であると判断されたようだ。
そのおかげで、今ではこうして李典や于禁達と一緒に旅が出来るようになっている。
曹操軍の武将として曹操に仕えていれば、こんな風に気軽に旅など出来なかっただろう。
もちろん、曹操軍の武将になれば待遇もよくなり、贅沢な暮らしも出来たと思う。
だが、今の呂布にはそんなものは必要なかった。
「でも、曹操軍にも勝った人がいますよね? あの人って誰なんでしょう」
典韋の質問に対し、李典は首を傾げる。
「袁紹軍ってのは、とにかく人材が豊富だからなぁ。曹操様だって、袁紹軍との戦いの後で疲れていたみたいだし。それに袁紹軍ってのは一枚岩じゃないんだよ。袁紹ってのは袁紹一族だけでまとまっていたけど、他の連中はそうでもないらしくてな。袁紹軍の将軍の中にも袁術の配下だった奴とか、公孫サンの部下だった奴もいる。そういう連中の集まりだった袁紹軍の中でも、特に武勲が目立った武将がいたらしい。そいつが曹操様を破って、一気に名を上げたって話だ。俺もその手の話はあんまり詳しくなくてさ、詳しくは知らないんだ」
「李典殿が知らなくても、我々が知っているわけがない。曹操軍の情報は機密事項なのだぞ。それを一介の傭兵風情が知っていると言うだけでも驚きだと言うのに、ペラペラ喋るとはどういう了見をしている」
李典の説明を聞いていた于禁だったが、李典のあまりの無神経さにとうとう我慢できなくなったらしい。
「お、怒るなって。俺も曹操様に言われているんだ。曹操軍は袁紹軍と違って結束力が薄いから、何かあった時に裏切られないように注意しろ、って」
「それは分かっているが、それとこれとは別だ。我々は呂布将軍の護衛としてここにいるのであって、貴様が偉そうにしている理由にはならないだろう」
「まあまあ、りっくんもりっくんの事情があるんだから、許してあげてよ」
「いえ、ここはきっちりとしておくべきです」
呂布が間に入るものの、于禁は納得しない。
「いいんじゃない? りっくんが言いたい事は分かるけど、私達の仕事はりっくんを守る事なんだしさ。りっくんに嫌われたら、私達の居場所がなくなっちゃうよ」
「うむ……それは確かに」
呂布に言われると、于禁はしぶしぶながら引き下がる。
「それでいいのか?」
李典が小声で呂布に尋ねる。
「いいんじゃないかな。それに、俺もそこまで気にしていないから」
「……それでいいのか?」
「うん」
呂布は笑顔で答える。
「それでいいのかなぁ」
李典も思わず苦笑する。
「……それで、これからどうするんですか?」
典韋が話題を変えると、李典も呂布も少し考える。
「曹操軍に勝利した人物がいるなら、その人のところに行ってみようかと思います。曹操軍は袁紹軍にも勝ったんですから、その人に会えば袁紹軍にも対抗出来るかもしれませんし」
「その人はどこにいるか、分からないんですか?」
「えーっと、確か……」
呂布は地図を広げる。
「この辺りにいるはず、って聞いた事があるんだけど」
「それなら、ここじゃないか?」
呂布の言葉に、李典が指差す。
「でも、これは袁紹軍の領地だよ?」
「そりゃ、俺達が行くとしたらそこしかないだろ?」
「曹操軍が負けた場所に行くのですか? それって大丈夫なんでしょうか」




