十七話
「愚かな」
呂布は曹操の攻撃を捌きながら呟く。
「ぬぅん!」
曹操は渾身の力を込めて呂布に切りかかるが、呂布は簡単に曹操の剣を弾くと、曹操の胸に戟の穂先を突き刺す。
「がはっ……」
曹操は口から血を吐くと、その場に倒れる。
「孟徳様!」
夏侯惇が曹操の元に駆け寄り、その身を抱き起こす。
「う、うう……」
曹操は目を開くと、自分の胸から槍を引き抜こうとする呂布の姿が見える。
「ふ、ふははははは!」
曹操は笑う。
「何がおかしい?」
「ははははは、お前は勝ったつもりだろうが、俺は死ぬ気は無い」
「何だと?」
「俺が死んだ所で、お前に勝ちは無い」
「どういう意味だ?」
「お前は俺に勝つ事は出来ない。なぜなら、お前はここで死ぬからだ」
曹操がそう言った瞬間、呂布の頭上から何かが落ちてくる。
「危ない!」
呂布は曹操を庇う様に前に出ると、落ちて来る物を受け止める。
「お兄ちゃん!」
落ちて来たのは桃香だった。
「桃香! 無事だったか」
呂布は安堵する。
「呂布奉先よ、これでお前も終わりだ」
曹操はそう言うと、夏侯惇に支えられながら立ち上がる。
曹操が呂布に突き立てた戟は、曹操と呂布を繋ぐ鎖になっていた。
呂布が曹操から戟を引き抜くと、曹操はそのまま崩れ落ちる。
「くくく、あーっはっはっは!」
曹操は笑い声を上げる。
「どうした? 気が触れたか?」
呂布は曹操に言う。
「いや、違う。これは勝利の雄叫びだ」
曹操は高らかに笑う。
「孟徳様、早く手当てを!」
「俺がやる」
呂布は両手をかざし理を述べる
すると
曹操の傷がみるみると癒える
「こ、これは!?」
曹操は自分の傷が塞がっていく事に驚いている。
「これが我が家に伝わる秘術、治癒の理だ。これでお前の怪我は治ったはずだ」
呂布がそう言うと、曹操は自身の身体を確かめるように触り、そして立ち上がる。
「この借りはいずれ返させてもらうぞ、呂布奉先。それに劉備玄徳、お前もな。だが今はその時ではない。今度会う時は、お前達を倒す時だ」
曹操はそう言うと、自分の愛馬である白馬に飛び乗る。
「行くぞ、曹性! 奴らを蹴散らせ!」
曹操は馬を走らせ、その場から去っていく。
「待て! 逃げるのか!」
呂布は叫ぶが、曹操は振り返る事なく去っていく。
「お兄ちゃん、孟徳さんが!」
「わかっている。だが、俺達には他にもやる事がある」
呂布は曹操の後ろ姿を見つめながら、小さくなっていく曹操の姿をいつまでも見送っていた。
曹操軍との戦いの後、呂布軍は曹操軍の生き残りを連れて城へと戻った。
呂布軍が曹操軍と戦っている間に、陳宮が準備していた援軍が到着していた。
しかし、その数は呂布軍の半分にも満たなかった。
それでも呂布軍の士気は上がり、呂布軍の勢いは止まらなかった。
呂布達は城内へ入り、そのまま玉座の間へ向かう。
そこには王允の姿があった。
「呂布将軍、よくご無事で」
「ああ、何とかな。それで、そちらの被害は?」
「こちらよりは少ないのですが、それでも無傷と言う訳ではありません。ですが、これ以上の追撃は難しいでしょう」
「わかった。では、これからの事について話し合おう」
呂布はそう言うと、曹操との事を王允に報告する。
「まさか、孟徳がそんな事を?」
「はい。ですが、彼は既に死を覚悟しての行動と思われます」
「そうか……孟徳もついにここまで追い詰められてしまったか」
「申し訳ありません、殿」
夏侯惇が王允に向かって謝る。
「いや、夏侯惇将軍のせいではない。孟徳は昔から周りが見えなくなる事が多かった。それは若さ故と思っていたが、どうやらそれだけではなかったようだ」
「はい。今回の件は、孟徳の独断専行だと思います。私達も、それを止められませんでした」
夏侯惇の言葉を聞き、呂布は驚く。
「夏侯惇将軍、孟徳の暴走を止められなかったとはどういう事ですか? 貴女は曹操軍の中でも武勇に優れ、曹操の信頼も厚いと聞いていたのだが」
「それは買い被り過ぎというものですよ、将軍。孟徳は確かに優れた武将であり、その知略は天下一品と言えるものです。ただ、孟徳は理想が高すぎる。その理想の為には手段を選ばず、自分の考えを押し付けてくる。それを止める事が出来なかったのは、私の力不足が原因です」
「…………」
「曹操が天下を取る為には、呂布奉先を討ち取るしかない。孟徳はそう考えたのでしょう。そしてその為に、孟徳は禁じ手を使った」
「禁じ手?」
「ええ。あの孟徳が、呂布奉先を殺す為だけに兵の命を犠牲にする事を選んだのです。それだけ、孟徳にとって呂布奉先は危険な存在なのでしょう」
「孟徳がそこまで俺を恐れているとは……」
呂布は少し嬉しそうに言う。
「いえ、恐れているのは呂布将軍ではなく、呂布将軍が持つ武力そのものです。将軍が本気を出せば、この城など簡単に吹き飛んでしまうはず。だから、呂布将軍を殺せる時に殺す。それが孟徳の狙いだったのかもしれません」
「そうか、孟徳は俺の力を危険視したのか」
「はい。ですが、将軍のお陰で被害を最小限に抑えられました。これで、我々が曹操軍に勝てる可能性が出てきました」
「いや、まだ勝った訳ではない」
呂布は言う。
「我々は負けない戦いはしない。勝ちに行く戦いをする。そのつもりでいてくれ」
「承知しました」
王允は頭を下げる。
「ところで、呂布将軍」
「何だ?」




