十四話
「どうしてですか? 関羽殿は名将として名高い方ですよ? それに、劉備殿と関羽殿は義兄弟の契りを結んでいるはずです」「そうだ。劉備殿は素晴らしいお人だ。しかし、関羽殿はダメだ。劉備殿は、関羽殿の事を大切に思っていない。むしろ邪魔者と思っている。だから、あんな扱いが出来るのだ」
「それは、確かに。劉備殿は本当にお優しいお人のようですから、関羽殿に対して非情になれないのかもしれませんね」
陳宮はうなずいて言う。
「それなら尚更、劉備殿は関羽殿に謝るべきなのだ。劉備殿は関羽殿に謝ったか?」
「いいえ、謝ってはいないと思います」
「ならば、劉備殿は関羽殿に謝るべきだ。そうすれば、劉備殿の潔白を証明する事が出来る」
「そうですね。ですが、それを劉備殿が受け入れるでしょうか?」
「劉備殿は、俺が説得する」
呂布はそう言うと、劉備の所へ向かう。
「劉備殿」
「あ、呂布将軍。もう避難の準備は終わりましたか?」
劉備は笑顔で言う。
「はい、滞りなく」
「それは良かった。では、私は曹操の所に行かないといけませんので」
「劉備殿、待って下さい」
呂布は劉備を引き止める。
「何か?」
「劉備殿は、関羽殿に謝罪して下さい」
呂布は単刀直入に言う。
「え? 私がですか?」
劉備は驚いている。
「劉備殿は、関羽殿を足蹴にしていますよね。あれはいけない事です」
「……えぇ、まぁ」
劉備は困った顔をしている。
「劉備殿は、関羽殿を邪魔に思っていらっしゃる。違いますか?」
「えぇ、まぁ」
劉備はまた困った顔をしながら言う。
「劉備殿は、関羽殿に謝るべきだ。そうでなければ、劉備殿の潔白を証明する事は出来ません」
「……わかりました」
劉備は渋々ながらうなずく。
「関羽殿、申し訳ありませんでした」
劉備は頭を下げる。
「劉備殿、頭を上げて下さい。私の様な武人に謝る必要などありません」
関羽は慌てて劉備に言う。
「いいえ、そういうわけにはいきません。これは私の不徳が招いた事です。どうか、この通り」
劉備は関羽に向かって頭を下げ続ける。
「わかりました。劉備殿がそこまで言われるのであれば、水に流しましょう」
「ありがとうございます」
劉備はようやく顔を上げる。
「では、曹操の元へ参ります」
「あ、劉備殿」
呂布が呼び止めると、劉備は振り返る。
「はい、何でしょうか?」
「劉備殿、先ほどは取り乱してしまい、すみませんでした」
呂布は深々と頭を下げる。
「いえ、呂布将軍のお気持ちは良く分かりますから」
劉備はそう言うと、呂布の肩を叩く。
「劉備殿、私はあなたを信じていますから」
呂布はそう言って、劉備を見送った。
「呂布将軍、良いのですか? あの態度では、呂布将軍が劉備殿を疑っていると言っている様なものですよ」
陳宮は不満そうに言う。
「ああいうのはハッキリ言わないと伝わらないものさ。それに、あの程度の事で心変わりするほど、劉備殿は器の小さなお人ではない」
「それはそうですが」
「それよりも、陳宮。曹操軍の動きはどうなっている?」
呂布は陳宮に尋ねる。
「はい。徐州へ向けて進軍中です。おそらく、今日の夕刻には到着するかと思われます」
「思ったより早いな。陳宮、劉備殿の件はどうなった?」
「それが、まだです」
陳宮は首を傾げる。
「そうか、やはり時間が掛かりそうだな。その間にこちらも準備を進めておかねばならんな」
「はい。ですが、徐州城を守る兵はほとんど残っていません。今残っているのは、徐州の民の避難の護衛として残していた兵くらいのものです」
「そうか。ならば、その兵を連れて曹操軍に突撃しよう」
呂布は事も無げに言う。
「そんな!呂布将軍は戦わなくてよろしいのです!」
「いや、曹操軍の狙いは俺だろう。俺が曹操軍を引き受ければ、劉備殿は安全に曹操の下へ行けるはずだ」
「それは確かにそうなのですが」
「それに、俺は徐州の為に戦うんだ。曹操と戦う事に躊躇いは無い」
「しかし、それで呂布将軍にもしもの事があったら……」
「心配無い。俺には天下無双の武がある。曹操如きに遅れは取らない」
呂布は自信満々に言う。
「それに、曹操軍は数こそ多いものの烏合の衆だ。こちらの士気も高い。十分に勝てる相手だ」
「しかし、それでも万一と言う事もありますし」
「大丈夫だ。俺の事は気にせず、陳宮は劉備殿の事を優先してくれ」
「……わかりました」
陳宮は渋々うなずく。
「よし、それじゃあ早速準備だ」
呂布は意気揚々と徐州城へ向かった。
「本当に呂布将軍一人で行かせるのかよ」
張飛は不安そうに言う。
「呂布将軍はああ見えても、とても強い方なのだぞ」
関羽は張飛を安心させる様に言う。
「そりゃあ、兄貴が強いのは知ってるけどよ。いくら何でも曹操軍三万人を相手にするのは無理じゃないか?」
「それはそうかもしれないが、呂布将軍は漢の忠臣なのだ。ここで呂布将軍を失う訳にはいかないのだ」
「そりゃあ、そうだけどよ」
「大丈夫だって。いざとなったら、俺も行くから」
劉備は呑気な事を言っている。
「劉備殿、ご決断を」
陳宮が言うと、劉備はため息をつく。
「わかりました。呂布将軍には、曹操軍との決戦に挑んで貰いましょう」
「それで、良いのですか?」




