十三話
「いえいえ、当然の事です」
劉備は笑顔で言う。
その笑顔に、呂布は背筋に冷たいものを感じた。
「呂布将軍、どうかされましたか?」
陳宮が小声で呂布に尋ねる。
「何か企んでいるな」
呂布も陳宮に聞こえる程度の声で言う。
「企み、ですか?」
「あぁ、おそらくだが」
「……何か根拠でも?」
「勘だ」
「…………」
呂布の言葉に陳宮は呆れたような顔をする。
「では、呂布将軍。早速徐州の民を避難させる手配をしてきますので、少々お待ち下さい」
劉備はそう言うと、呂布の元を離れて陳宮と共に徐州の民を避難させる準備を始めた。
「……どう思う?」
劉備達が見えなくなった後、呂布は陳宮に尋ねる。
「確かに何か裏がありそうですね」
「俺の考えすぎだろうか」
「そうであれば良いのですが、もしそうだとしたら、どうしますか?」
「決まっている。劉備を斬る」
呂布はそう言うと、腰に差していた剣を引き抜く。
「それしかないでしょうね」
陳宮はため息混じりに言う。
「陳宮、お前も一緒に来てくれるか」
「ええ、喜んで」
陳宮は笑顔で答える。
「よし、行くぞ」
呂布はそう言うと、徐州城の外へと向かう。
「おや、呂布将軍。どちらへ行かれるのですか? まだ劉備殿との話が終わっていないでしょう」
そこには劉備の姿があった。
「劉備殿、お聞きしたい事があるのですが」
「何でしょうか?」
「劉備殿は、曹操に内通しているのではありませんか?」
呂布は単刀直入に聞く。
「何を言っているんです? 私は曹操に内通していません」
劉備は表情を変えずに答えた。
「劉備殿、嘘をつかない方が良いですよ。曹操の配下である張飛は関羽の兄弟。つまり劉備殿にとっても兄弟同然の間柄。曹操から徐州を攻めるように言われて、劉備殿は張飛を使って徐州に攻め入った。違いますか?」
「違います」
劉備は即答する。
「劉備殿は、徐州を守る為に曹操と手を結んだ。違うのですか?」
「違います」
劉備は頑なに否定し続ける。
「劉備殿、あなたは立派な太守だと俺は思います。だからこそ、俺には劉備殿がこんな事を続ける事が信じられない。太守として、民の為に最善の手を打つべきではないのですか?」
「私には、他に出来る事が無いんです」
劉備は悲しそうな笑顔を浮かべる。
「劉備殿、それはどういう意味でしょうか」
「私は武人ではありません。私の身には過ぎた地位です。だから、私には他に何も出来ないんです。この徐州を守れるのは、私しか居ないのです」
劉備はそう言うと、呂布に向かって頭を下げる。
「お願いです、呂布将軍。どうか徐州の民を避難させて下さい。私には、それ以外にこの徐州を救う方法を知らないんです」
「劉備殿、頭を上げて下さい。劉備殿が謝る事など何も無い」
「いいえ、私が至らないばかりに、呂布将軍にもご迷惑をおかけしています。どうか、どうか徐州の民を避難させて下さい。お願いします」
劉備は何度も呂布に向かって頭を下げた。
「……」
呂布はしばらく無言のまま考えていたが、やがて大きくため息をつく。
「わかりました。劉備殿、ご安心ください。この呂布奉先、必ずや徐州の民を避難させましょう」
「本当ですか!」
「えぇ、もちろん。ただし、劉備殿にも同行して頂きます」
「……それは、何故でしょうか?」
「劉備殿が曹操に内通していないと言うのであれば、劉備殿の無実を証明する必要があります。その為に劉備殿の身の潔白を証明しなければなりません。その証人として、劉備殿にも曹操の元へ行って頂きます」
「それは、仕方ありませんね。わかりました」
劉備は素直にうなずく。
「では、すぐにでも徐州の民を避難させます。劉備殿も準備を」
「わかりました」
呂布と陳宮はすぐに徐州の民の避難を始める。
徐州の民は突然の事に戸惑いながらも、呂布と陳宮の指示に従い徐州城から避難していった。
徐州の民を避難させている間、呂布は劉備と陳宮に見張りを付けていた。
そして劉備が曹操に通じている証拠を見つけた。
「陳宮、あれを見てくれ」
呂布は徐州の民の避難を指揮している劉備と陳宮を見ながら言う。
「劉備殿が曹操に通じていらっしゃる証拠、ですか?」
「あぁ、あの劉備殿の足元に居る男を見てくれ」
呂布が指差した先には、見覚えのある人物がいた。
「あれは確か、劉備殿の義弟である関羽殿ですね」
「あぁ、間違い無い。劉備殿の義弟である関羽だ。その関羽を、劉備殿が足蹴にしている」
呂布は目を凝らしながら言う。
「これは、さすがに許せませんね」
陳宮は珍しく怒っている様だった。
「劉備殿、何をしているんだ! 関羽をそんな風に扱うなんて、それでも義兄か!」
呂布は大声で怒鳴る。
「呂布将軍、声が大きいですよ」
陳宮は慌てて呂布を諌める。
「すまない、つい」
呂布は陳宮に謝ると、再び劉備を見る。
劉備は関羽を足蹴にしたまま、徐州の民の避難の指揮をしていた。
「陳宮、どう思う?」
「どう思うも何も、あれは決定的でしょう。劉備殿は関羽殿の事を心底嫌っていて、それで足蹴にしているのでしょう」
「そうだろうな。劉備殿は徐州の民を避難させる為、仕方なく関羽殿に犠牲になって貰おうとしているのだろう。だが、いくら何でも酷い」
「呂布将軍は、劉備殿の事が嫌いなのですか?」
「俺は劉備殿の事は好きだ。劉備殿は善良で、太守としても有能だと思う。だが、関羽殿はダメだ。劉備殿に相応しくない」




