十話
魏続は楽進に襲いかかるが、楽進はまたもや攻撃をかわす。
「くそっ! どうして当たらない!」
「お前が遅いからだよ」
楽進はそう言うと、魏続の腹に拳を叩き込む。
「ぐはぁ!」
魏続は口から血を吐き出し、その場に膝をつく。
「お前の実力はその程度か? 呂布将軍はもっと強かったぞ」
「黙れ!」
魏続は立ち上がると、再び楽進に襲いかかるが、やはり攻撃は空を切る。
「無駄だ」
「うるさい!」
魏続は何度も攻撃を仕掛けるが、その度に楽進にあしらわれてしまう。
「お前では私には勝てない。降参しろ」
「誰がするか!」
魏続は剣を拾い上げると、楽進に向かっていく。
楽進はその剣を避け、魏続の手首を掴んでひねる。
魏続の手から離れた剣は宙を舞い、地面に突き刺さった。
「くそっ、離せ!」
「これでわかっただろう。お前では私には勝てない」
「ふざけるな!」
「まだわからないのか?」
楽進は魏続の身体を持ち上げる。
「離せ! この!」
魏続は楽進の腕の中で暴れ回るが、楽進は微動だにしない。
「いい加減、諦めろ」
楽進はそう言うと、魏続の顔面に拳を打ち込んだ。
鼻の骨が砕ける音が響き、魏続は白目を剥いて意識を失う。
「呂布将軍!」
楽進は呂布を呼ぶ。
「呂布将軍!」
楽進が呂布を探している頃、呂布は夏侯惇と対峙していた。
「まさか貴様が呂布奉先だったとはな。だが、ここで貴様を倒す事が出来れば、俺は英雄になれる」
「曹操を殺したのは俺ではない。曹操を殺したのは、徐晃という男だ」
「徐晃だと?」
「曹操の首を跳ねたのは、徐晃の戟だ。俺の戟ではない」
「呂布将軍、あなたは英雄である曹操を討ち取った男。英雄を名乗る資格がある。そして、私は英雄になる男」
「英雄になる為なら、民を殺してもいいと言うのか?」
「英雄は民を守る者。英雄は民を殺しません。民を殺す者は、ただの人殺しです」
「民を守る為に、民を犠牲にするのか?」
「犠牲ではありません。必要な事で、正義です」
「悪は必要ないという事か?」
「曹操は悪でした。あの男は民を苦しめた。民の為の英雄であるこの私が、あの男の首を獲るのは当然の事」
「……お前が、俺の敵だという事は良くわかった」
呂布は戟を構え直す。
「俺の敵は、この徐州の民を脅かす存在だけだ」
「それなら、私がこの徐州を守ってあげますよ」
「お前のような奴がいる限り、この徐州の平和は無い」
呂布と夏侯惇は同時に間合いを詰め、戟と剣を交える。
呂布の一撃は重く、夏侯惇は受け流す事が出来ずにまともに喰らってしまう。
「ぐあっ!」
呂布の一撃をまともに受けた夏侯惇は、体勢を崩す。
その隙を見逃さず、呂布は夏侯惇に斬りかかる。
だが、その瞬間に夏侯惇は剣を手放して後ろに跳ぶ。
「危ないところでしたね」
いつの間にか、魏続が剣を抜いて呂布に斬りかかっていた。
「この野郎!」
魏続の剣は呂布ではなく、魏続自身に向けられる。
呂布は魏続の行動の意味がわからなかったが、魏続が手にしていた剣を弾き飛ばす。
「くそっ! 俺の剣が!」
「邪魔だ」
呂布はそう言うと、魏続を蹴り飛ばして夏侯惇との間合いを離す。
「卑怯ですよ、呂布将軍。一対一で勝負してください」
「魏続、お前は引っ込んでいろ。こいつは俺が倒す」
「黙れ! 俺が倒してやる!」
魏続は腰から短刀を引き抜くと、呂布に向かっていく。
「お前もか」
呂布は戟で魏続の短刀を受ける。
「馬鹿め! これで武器を失ったな!」
「武器ならある」
呂布はそう言うと、腰の鞘から剣を引き抜いて魏続に斬りかかる。
「うわぁ!」
魏続は慌てて飛び退いてかわすが、短刀を持った右手を斬られてしまう。
「くそっ! よくもやったな!」
魏続は左手に持っていた短刀を振り回すが、呂布は簡単に避けてしまう。
「この!」
魏続は短刀を投げようとするが、呂布はその腕を掴むとそのまま魏続の身体を地面に叩きつける。
「がっ!」
魏続は一瞬息が詰まるが、すぐに起き上がろうとする。
しかし、その前に呂布は魏続の首に剣を突きつけていた。
「魏続、お前では無理だ。お前では俺には勝てない」
「呂布将軍、降参します。だから命だけは助けて下さい」
「駄目だ」
「そんな!」
「お前は俺の敵だ。お前の命を奪う事に躊躇いはない」
呂布は剣を魏続の胸に向けて突き刺そうとする。
「待ってください!」
その声は楽進だった。
「呂布将軍、この者の身柄は私に任せてもらえませんか?」
「どうするつもりだ?」
「この者を曹操のところへ連れていきます」
「何だと!?」
「曹操の首を獲ったのは徐晃殿だとか。ならば、曹操の首を届ければ、曹操軍の武将として迎え入れられるかもしれません」
「それは良い考えだな」
「待ってくれ! 俺は曹操軍になど行きたくない!」
「お前の意見は聞いていない」
楽進の言葉に、魏続は絶望した表情を浮かべる。
「曹操はお前のような小物を欲しがらないだろうが、それでも行く価値はあるだろう」
「お願いです! 何でもします! だから俺を連れて行かないでくれ!」
「曹操の首を獲りに行くぞ」
楽進は呂布に声をかける。
「その必要はない」
「どういう事ですか?」
「曹操は既に死んだ」
呂布が答えるより先に、夏侯惇が口を挟む。
「何を言っている? 曹操は死んでいない」
「夏侯惇、貴様も死にたいのか?」
呂布は夏侯惇の首を掴んで持ち上げる。
「曹操は生きている。今頃は徐晃と合流して、この徐州に攻め入っている頃だ」
「何を根拠に?」
「曹操軍の主力は荊州にいる。それがどうしてここを攻めているんだ?」
「荊州からは離れているとはいえ、ここは徐州だ。この徐州を攻める事は、曹操軍の総意と言う事だ」
「総意だと?」
呂布は夏侯惇を地面に落とすと、夏侯惇を睨み付ける。
「徐州の民を殺せと、お前達、徐州の民が言うか!」




