見守りおばあさん
ごきげんよう、ひだまりのねこです。
今日は近所のおばあさんの話をしたいと思います。
毎朝、通勤のため駅に向かう途中、小学生の見守りをしているおばあさんの家の前を通ります。
そこはちょうど近所の小学校の通学路になっていて、子どもたちがたくさん通るのですが、おばあさんは、学校がお休みの土日以外、晴れの日も雨の日も、雪の日も、門の向うから微笑ましそうに通学している子どもたちを見守っているのです。
いつからそうしているのかわかりませんが、少なくとも私が越してきた3年前には、すでに姿を見かけていたと記憶しています。
見るからに上品そうなおばあさまで、ふわりとした整った白髪にいつも日傘をさしておられました。
特に印象的なのは、いつも携帯ラジオを流していること。
私が早めに家を出ても、遅めに出ても立っていらっしゃるので、少なくとも毎朝一時間程度は立っているのでしょう。その間ラジオを聴くのも日課なのかもしれません。
彼女の影響で、子どもたちのことを観察するようになってから気付いたのですが、思っている以上に俯いて元気が無い子が多いのです。
彼女は、グループで登校している子や元気そうな子にたいしては微笑んで手を振るだけですが、
元気が無さそうに下を向いて歩いている子には積極的に声をかけているようでした。
地域の子どもたち全員を可愛い孫のように思っているのが伝わってくるようで、毎朝私もひそかに元気を分けていただいておりました。
一方で、子どもたちの反応はまちまちで、
元気に挨拶する子もいれば、完全に無視する子もいます。
私も子どもの頃は恥ずかしくてあいさつが苦手でしたから、それはわからないではないのですが、
親や近所の大人たちまで挨拶をしないで無視するのを見ると悲しい気持ちになります。
私も遠目から会釈する程度ですが、それすら出来ないものなのでしょうか?
この間の休日、たまたまそのおばあさんの家の前で近所の知り合いに会ったので、その話をしたら、すごい微妙な顔をされました。
そんな変なことを言ったつもりはなかったのですが、悪口を言っているように受け取られてしまったのでしょうか?
「……ねこさん、あのね、気を悪くしないで欲しいんだけど……」
「なんでしょう?」
「……この家ってだいぶ前から誰も住んでいないのよ」
「……? じゃあ、毎朝立っているおばあさんは誰なんでしょう?」
「さあ? でも疑うわけじゃないけど、私は一度も見たことないわよ」
どうやらその家の主は、三年ほど前に亡くなっているらしい。
その主が、見守りのおばあさんと同一人物かどうかはわからない。
でも、そう考えると腑に落ちる点があるのだ。
おばあさんのラジオから聴こえてくる内容は、いつも同じだったから。
曜日も時間もバラバラだったはずなのに……ね。
今日もおばあさんは子どもたちを見守っている。
私はといえば、いつもどおり遠目に会釈を交わすのみ。
そういえば先日話をしたおばさんも事故で亡くなっていたんだったっけ。
あれ……? 私は本当に生きているのか不安になってきた。
大丈夫……だよね?
「ディレクター、あの……またこのハガキが届いているんですけど……?」
「ああ、もうそんな季節になったのか。もはや風物詩だな」
ハガキを一瞥するとひらひら手を振って笑うディレクター。
まったく……こっちは笑い事じゃないんですけど。
このラジオ局で働き始めて三年目、毎年この日になると同じ内容のリクエストハガキが届く。
最初は怖くて薄気味悪かったが、特に何か起こるわけでもないし、先輩たちも慣れたものなので、私も深く考えないようにしている。
それでも背筋がぞっとするし、鳥肌が立ってしまうのだ。
少し黄ばんだ昭和の消印の古いハガキ。どうやって届くのか見当もつかない。
とはいえ、何が起こるか分からないので、捨てたり下手な扱いは出来るはずもなく。
私は、保管室の片隅に置いてある桐の小箱を開けると、届いたハガキをそっとしまう。
「来年こそはハガキが届きませんように」
そう願いを込めながら。