隠し事
街のシンボルである時計塔に出入りをするようになって、気づけば半年が経っていた。
そして──今日も今日とて、私はハンスが住むペントハウスを訪ねる。
毎日のように入り浸るのは迷惑かもしれない。そう思いつつも、なんだかんだハンスやレオが相手をしてくれるからつい学校帰りに寄ってしまうのだ。
──でも……帰ったら、憎っくきギュスターヴと寝るまで顔を合わせないといけないんだもの。愚痴くらい、誰かに聞いてもらわないとやっていられないわよ!
レオは私が自分の父親を──ギュスターヴを憎んでいることを知っている。
というか……以前、私が口を滑らせたのが原因でばれてしまった。
だから、それ以来よく彼に愚痴を聞いてもらっている。もちろん、一方的に聞いてもらうのは悪いから私も同じくらい彼の愚痴に付き合っているのだけれど。
そんなある日。
いつものように、ペントハウスでくつろがせてもらっていると。
早めに仕事を切り上げてきたであろうハンスが、帰るや否や私に尋ねてきた。
「アメリア……お前、俺に何か隠してないか?」
「へ……?」
突然尋ねられ、思わず間の抜けた返事をしてしまう。
えーと……隠し事? 一体、何のことだろう?
思考を巡らせてみるが、思い当たる節は──
──あ、もしかして……。
……あるじゃない、思い当たる節が。そう気づき、私は血の気が引く。
そう、あれは三日前。
仕事から帰ったハンスがいそいそと戸棚に何かをしまい込んでいたのを目撃した私は、どうにも気になって仕方がないので彼の目を盗んでこっそり戸棚を開けて確認してみたのだ。
すると──そこにあったのは、美味しそうなチョコブラウニーだった。
──ずるいわ、ハンスさんったら。きっと、チョコブラウニーを独り占めする気だったのね。後で、問い詰めなきゃ。
と、そう思っていた。だけだった……はずなのに。
気づけば、私は目の前のチョコブラウニーにおもむろに手を伸ばし──あろうことか、三分の一ほど食べてしまっていたのだ。……だって、あまりにも美味しそうだったから。
これはまずい。流石にこれだけの量減っていれば、どんなに鈍感な人でも気づくだろう。
そう心の中で猛省し、ハンスに謝ろうとしていた……のだけれども。
ハンスの口から出たのは、意外な言葉だった。
「レオの奴、せっかく楽しみに隠しておいたのに俺がいない時に家に来て勝手に食いやがったな。……次、会ったらただじゃ置かねぇ」
何故か、レオのせいになっていたのだ。
テスト期間中ということもあって、レオはここ数日ペントハウスには寄らずに真っ直ぐ帰宅し、一夜漬け──もとい、勉強に励んでいる。
なので、普通なら犯人候補には上がらないはずなのだが。日頃の行いが悪いせい……と言ったら彼に怒られそうだが、とにかくハンスは彼のせいだと信じて疑わなかった。
アリバイがあるにもかかわらず、ここまで疑われるなんて……一体、過去に何をやらかしたのやら。
──それにしても、余計に言い出せなくなってしまったわ。どうしよう……。
そして、現在に至るのだが。
もしかしたら、ハンスは気づいたのかもしれない。……真犯人が私だということに。
「え? 何のことかしら? むしろ、私に隠し事なんてあると思う?」
内心動揺しつつも、そう返した。
というのも、私は日頃から大抵の悩みはハンスやレオに相談しているからだ。
むしろ、隠していることのほうが少ないくらいだと思う。とはいえ……流石に、前世の記憶を持っていることまでは話せないけれども。
「というか、なんで急にそんなこと……」
「ああ、いや……別に何もないならいいんだ。ちょっと気になっただけだしな」
「変なハンスさん……」
そう返し、私は首をかしげる。
──本当にちょっと気になっただけなのかしら? 疑念がなければ、普通はそんなこと聞いてこないはずよね……?
私達は沈黙し、二人の間に気まずい空気が漂う。
完全に、互いの腹を探り合っている状態だ。
──うぅ……この空気に耐えられない。もう、いっそのこと全部正直に話してしまおうかしら?
そう思い、口を開こうとした瞬間。
「その……最近、何か買ったりとかしなかったか?」
「え?」
まさか、話が続くとは思わず面食らってしまう。
何か買ったりって……一体、どういうことなのだろう?
私自身、公爵令嬢とは思えないほど庶民的だ。執事の付き添いがあるとはいえ、普通の町娘と同じように買い物に繰り出すことも多い。
だから、「最近、何を買った?」と聞かれても、買ったものがありすぎて分からないのだ。
「えーと……お洋服とか、兎のぬいぐるみとか……?」
「いや、そういうのじゃなくてだな……」
「え? え?」
ハンスが言わんとすることが分からず、私の頭の中は疑問符でいっぱいになる。
そんな風にしばらく考え込んでいると、彼は更に話を続けた。
「例えば、その……本につけるアレとか」
「アレ……? ──あっ」
そこまで言われて、ようやく彼の真意に気づいた。
──も、もしかして……ばれてるのかしら? 私とレオがハンスさんに贈るために買った『誕生日プレゼント』のこと……。
実は、私とレオは一週間前にハンスへのプレゼントを──ブックカバーを買ったのだ。
一応、二人で相談し合ってそれなりに良いものを選んだつもりだ。牛革で高級感もあるし、きっと読書好きなハンスも満足してくれるはず。
でも……まさか、買っているところを本人に見られているなんて思わなかった。……完全に油断していたわ。
「……! もう、ハンスさん! なんで今言うのよ! 知らない振りをしてくれていればよかったのにっ!」
そう返すと、ハンスはバツが悪そうに頭を掻いた。
「……し、仕方ねーだろ! 偶然、見ちまったんだから。それに、どうせ今日が誕生日なんだからいいだろ!」
「うぅ……だからって……。せっかく、サプライズでこの後レオもここに来てパーティーする予定だったのに……」
私が恨めしくぼやくと、ハンスは少し俯いて──
「それに……お前らが祝ってくれるのかと思ったら、居ても立っても居られなくなってな……」
ぼそっと、本当に微かな声でだけれどそう呟くのが聞こえた。
あれ? もしかして、凄く喜んでくれてる……?
「今、なんか言った?」
「なっ……なんでもねーよ! それより、レオもこの後来るんだろ? パーティーするなら、さっさと準備するぞ」
照れ隠しをするようにそう言い残してキッチンに向かったハンスの背中を眺めながら、私は口元を緩める。
「もう、ハンスさんったら……」
──でも……今夜は楽しいパーティーになりそうね。
心の中でそう呟くと、私はハンスを手伝うために足早にキッチンに向かった。
……その後、正直にチョコブラウニーを食べたことを謝ってハンスにがっつりお説教をされたのはまた別のお話。




