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22.決別

「でも、お生憎様。私は、自由のない生活なんて送りたくないの。四六時中監視される生活を強いられるくらいなら、自ら死を選ぶわ」


 言い放つと、私は全体重を預けて背後にある柵にもたれ掛かかった。

 すると、経年劣化した柵が僅かにぐらぐらとし始める。


 ──もう少しだけ、体重をかけたら完全に柵が外れそうね。そしたら、あとは計画を完遂させるだけ。……大丈夫、私ならきっとやれるはずよ。


 心の中で自身を鼓舞すると、私はギュスターヴとアリーゼの顔を交互に見据えながら言った。


「さようなら。お父様、お母様。十四年間の家族ごっこ、それなりに楽しかったわ」


 皮肉を込めつつ、二人に別れを告げる。

 そして、柵が完全に外れた途端。背中を支えるものがなくなり、体が弓なりに反った。

 でも、全く恐怖感はない。何故なら、唖然とした顔をしていたギュスターヴが咄嗟に足を踏み出したのを確認したからだ。


「アメリア!!」


 大声で名前を呼ばれたかと思えば、こちらに手を伸ばしたギュスターヴに肩を掴まれる。

 そして、彼はそのまま強い力で私の体をバルコニー側へと押し戻すと、身代わりになるような形でバランスを崩した。


「……やっぱり、助けてくれたのね。あなたなら、絶対に( アメリア)を助けると思ったわ」

「!?」


 体勢を崩し、今にも転落しそうなギュスターヴに向かってそう言い放つ。

 そして──


「夕日がとても綺麗ね、お父様」


 口が裂けんばかりの笑顔を浮かべながら、そう付け加えてやった。


「……! マージョリー、君は──」


 ギュスターヴは全てを悟り、そして諦めたように目を閉じる。

 当然ながら、一度崩した体勢は持ち直せるはずもなく──彼は、抵抗する術もなく下界へと落下していった。


 ──やっぱり、私の思った通りだった。


「あ……あぁ……ギュスターヴ……! ねえ、嘘でしょう……? そんな……そんなことって……」


 呆気にとられたような顔をしているアリーゼが、その場で膝から崩れ落ちた。


「嘘? 残念だけれど、これは事実よ。『あなたの愛する夫は中身がマージョリーであると知っても尚、愛娘を庇って死んだ』のよ。あなたは、認めたくないでしょうけれどね」


 私が抱いた確信──そう、それはギュスターヴは中身が(マージョリー)であるということを認識した上で深い愛情を抱いていたということ。

 つまり、最終的には彼の中では父性愛が勝ったのだ。だからこそ、咄嗟に足を踏み出し命に替えても娘を救おうと考えたのだろう。

 今までの私は、ギュスターヴを自分と同じ目に遭わせることだけに固執していた。

 けれど、自分の復讐は既に完成していたのだ。何故なら、『自分の身を犠牲にしてでも守りたい』と──そう思わせた時点で、私の勝ちなのだから。


 ──ねえ、ギュスターヴ。それだけの愛情深さを持っていながら、何故、前世の私に対してはその情を抱くことができなかったの……?


 もうこの世にはいない、元婚約者で父親でもあった男に心の中で問いかける。

 ……その質問に対しての返事を聞く機会は、もう二度とないと思うけれど。


「でも、あなたは違う。あなたはギュスターヴとは対照的に私の正体がマージョリーだと判明した瞬間、愛せなくなった。最期は娘を庇い親としての務めを全うして死んでいった彼のほうが、まだ救いがあるかもしれないわね。……そう、あなたは正真正銘のクズなのよ。だって、母としてよりも女としての感情を優先させたんですもの」

「黙りなさいっ!! 前世はどうあれ、今世のあなたは私が産んだのよ! 親に対してそんな口を利くなんて、絶対に許さないわ!!」

「へえ、こんな時だけ母親気取り?」


 煽り立てるようにそう返すと、アリーゼは鋭い目でこちらを睨みつけながら立ち上がった。

 そして、こちらに駆け寄ってきたかと思えば、彼女は突然両手で私の胸ぐらを掴む。

 けれど、私はお構いなしに煽り続けた。


「あなたに救いはないわ。あなたのような人間はね……間違いなく、地獄行きよ!」

「殺してやる……! お前なんか、殺してやるっ!!」


 逆上したアリーゼが、私を突き落とそうと一層手に力を込めた。


「安心しなさい! たとえ生まれ変わったとしても、必ず見つけ出してまた殺してあげるから!」


 そう叫ぶと同時にアリーゼは私の体をドンッと強く押し、突き落とした。

 直後、体がふわりと宙に投げ出され──私はそのまま落下する。

 ……が、私は咄嗟にバルコニーの真下にあった『窪み』に手をかけた。

 どうやら、以前から気になっていたこの謎の窪みは私の予想通り修繕工事の際に使用されるスペースだったらしい。

 壁面をよく見てみれば、足を掛けるのにちょうど良さそうな出っ張りが複数ある。

 お陰で、思いのほか簡単に這い上がることができそうだ。

 出っ張りに足を掛けた私は、すぐさま上に這い上がって窪みの内部へと移動した。


「ふふふ……殺してやった。殺してやったわ! 地獄へ落ちるのはあなたのほうよ! マージョリー! 転生という名の生き地獄の中で永遠に苦しみ続けなさい! ……ふふふふ、あはははははは!」


 バルコニーの下にある窪みの存在を知らないアリーゼは、すっかり私が下に落ちて死んだものと思っているらしい。

 頭上から聞こえてくる狂気的な高笑いがしばらく続いたかと思うと、やがてその声がぴたりと止んだ。


「……待っててね、ギュスターヴ。私も、すぐにあなたの側に行くから」


 ふと、そんな声が聞こえたかと思えば──


「愛してるわ、ギュスターヴ。生まれ変わったら、また一緒になって今度こそ幸せな家庭を築きましょうね」


 来世への希望と思しき言葉と同時に、身を投げたアリーゼが上から降ってきた。

 その瞬間。窪みに身を潜めている私と、落下していく彼女の視線が合う。


「──っ!?」


 私の姿を確認した途端。アリーゼは目を大きく見開き、声にならぬ声を上げていた。


「さよなら、アリーゼ。残念ながら、あなたには来世なんてないわ。……だって、あなたには私のように『特別な力』がないんだもの」


 落下していくアリーゼに向かって、私は精一杯の嫌味を言い放つ。

 彼女がその言葉を聞き取れたか否かは不明だけれど。


 ──あなたなら、必ずギュスターヴの後を追うと思ったわ。……だから、『賭け』は私の勝ちね。


 心の中でそう呟くと、私は体の向きをくるりと変えて奥にある扉のほうへと進んでいった。

 聞くところによると、あの扉は展望室の真下の部屋へと繋がっているらしい。

 一刻も早く、ハンスと合流しなければ。そう思い、私はドアノブに手をかけた。

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