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18.亡命

「急げ、アメリア! 捕まったら一巻の終わりだぞ!」


 図書館から全速力で飛び出した私達は、無我夢中で街中を駆け抜ける。

 後ろを振り返ってみれば、先程の騎士が物凄いスピードで追いかけてきていた。

 このままだと、捕まるのも時間の問題だ。一体、どうすれば……?

 そう思った瞬間。前方から、不意に見覚えのある人物が歩いてくるのが見えた。


「待って、レオ! 向こうから歩いてきている人って、もしかしてハンスさんじゃない!?」


 私は、自分の手を引きながら角を曲がろうとしていたレオを引き止める。


「え!?」

「やっぱり、そうだわ! 助けを求めましょう!」

「お、おう!」


 すぐさまハンスの元に駆け寄ると、私は彼の腕を掴む。


「ハンスさん! 突然で悪いけど、私達、今追われているの! お願い、匿って!」

「はぁ!? なんだって!?」

「事情は後で説明するわ!」

「おいおい、勘弁してくれよ……仕事が長引いて、これからようやく遅めのランチにありつけると思っていたところなのに」


 ぼやきつつも、ハンスは私の手を引いて駆け出す。


「ったく……しょうがねーな! 当てはあるから、とりあえずついてこい!」

「……うん!」


 そんなやり取りを終えると、私達は追いかけてくる騎士を撒くために人が多い場所へと向かった。

 今日は、広場で大道芸ショーが行われる日だと聞いている。

 人混みに紛れながら逃げれば、何とかあの騎士から逃れられるかもしれない。


「おい、君達! 待ちなさい!」


 時折、後ろを振り返って迫りくる騎士との距離を確認しながら、私達は広場へと移動する。

 そして、ごった返した人混みの中へと入っていった。


「おい、お前ら! はぐれないように、しっかり手を繋いでおけよ!」

「ええ!」

「わかった!」


 私はハンスと、そしてレオは私とそれぞれ手を固く繋ぎながら人混みをかき分けていく。

 迷惑そうに舌打ちをしてくる若者や、「マナーがなってない」と言わんばかりに睨みを利かせてくる紳士などの視線が痛かったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 ようやく人混みを脱出した私達は、今度は町外れの小さな教会があるほうに進んでいく。

 どうやら、その周辺にハンスが言う「当て」があるらしいのだ。

 そして、目的の教会が見えてくると、先頭を切って歩いていたハンスは私の手を引いて右に曲がった。


「あいつの家が町外れで良かった。流石に、あの騎士もここまでは追って来ないだろ」

「あの、ハンスさん。あいつって……?」

「アメリアも一度、会ったことがある奴だよ」

「え……?」


 そうこうしているうちに、やがてハンスの知り合いの家らしき建物が見えてきた。

 外観は、小ぢんまりとしたレンガ造りのアパートだ。

 そのまま階段を上がって二階に行くと、ハンスは最奥の部屋の扉をドンドンと叩き始めた。


「おい、緊急事態だ! 開けてくれ!」


 ハンスが何度かノックをすると、やがて扉がゆっくりと開き。

 中から、少し眠そうな顔をした茶髪の青年が顔を覗かせた。


「その声は……もしかして、ハンスかい?」


 この人は──確か、ハンスの大学時代の同級生のジョアンだ。

 以前、メリーゴーランドに乗せてもらった際に凄くお世話になったから、一度しか会ったことがなくとも顔は覚えている。


「ああ。突然で悪いんだが、しばらく匿ってくれないか? 追われているんだ」

「なっ……追われているだって? 一体、何をやらかしたんだ……?」

「説明は後だ。と言っても、俺自身も事情がよく分かってないんだが……」

「なんだそりゃ? まあ、いいや。とにかく、入りなよ」


 言って、ジョアンは私達を部屋に招き入れてくれた。




「まさか、王家まで絡んでいたとは思わなかったな。こりゃあ、相当厄介だぞ」

「なるほどね。つまり、奴らは国を挙げてアメリアちゃんを殺そうとしている訳か」


 ハンスとジョアンに今までの経緯を説明し終えると、二人は困惑の表情を浮かべた。

 

「あの人達に顔が割れている以上、もうクロフォード邸には戻れないわ。きっと、ギュスターヴ達にも連絡が行くはずだもの。一体、これからどうすれば……」


 こうなってしまうと、最早復讐どころではない。

 多勢に無勢。女王陛下直属の近衛騎士団まで出てこられたのでは、どう考えてもこちらに勝ち目はないのだから。


「一つだけ、方法がある。ただし、危険が伴うけれど……」


 しばらく考え込んでいたジョアンが、ぼそりと呟いた。


「お願い、ジョアンさん! その方法を教えて!」

「ローゼ川を渡って、国境を越えるんだよ。隣国であるメーア公国に逃れてしまえば、奴らもそう簡単には手出しできないはずだから」

「隣国へ? でも、一体どうやって?」

「魔法文明の遺物を使うんだよ。空気浮揚艇──ホバークラフトと呼ばれる乗り物に乗って川を越えるんだ」

「ホバークラフト……?」

「ああ。学芸員の僕なら、適当に理由をつけて博物館から持ち出すことも容易だからね」


 ジョアンは、自信満々に頷く。

 普通に橋を渡って何事もなく関所を通過できるとは到底思えないし、やはり彼の言う通り川を渡るしかないのだろう。


「で、でも……たとえ川を越えられたとしても、向こうに頼れる人もいないし……」

「ああ。そのことなら、心配しなくていい。実は、メーア公国には僕の妹が住んでいるんだよ。隣国の商家に嫁いでからもう随分と経つけど、今でも頻繁に手紙のやり取りをするほど仲がいいんだ。だから、きっと君の力になってくれるはずだよ」


 ジョアン曰く、向こうで生活の基盤が整うまで妹夫婦を頼ってくれとのことだった。

 このままこの国にいたら、いつ殺されるか分からない。

 だから、やはりここはジョアンの厚意に甘えて彼の妹を頼るべきだと思う。

 でも、計画通りにいくだろうか? もし、うまくいかなかったら……?


「俺もついていく。いずれにせよ、アメリア一人じゃ国境越えは難しいだろうしな」


 ジョアンが計画を説明し終えるなり、ハンスが名乗り出る。


「それなら、俺も行くぜ! というか、いっそのこと俺も隣国に移住──」

「お前は駄目だ」


 ハンスに続くように名乗り出たレオが、早々に駄目出しを食らった。まあ、当然だろう。

 こう見えて、レオはグレイ家の嫡男。叔父として、ハンスは彼を危険な目に遭わせるわけにはいかないのだ。


「なっ……なんでだよ!」

「大事な跡取り息子を危険に晒したなんて知られたら、俺が兄貴に殺されかねないからな」

「で、でもさ……俺は、奴らに直接顔を見られてるんだぞ? この国にいたら、それこそ危険と隣り合わせだろ」

「少なくとも、事情聴取は受けることになるだろうな。だが、まあ……知らぬ存ぜぬで通していれば、奴らもそのうち諦めるはずだ。だから、あわよくば向こうに移住しようなんて馬鹿な考えは捨てろ」

「…………」


 ハンスに宥められたレオは、そのまま押し黙った。

 私自身、将来有望なレオを巻き込むわけにはいかないと思っている。だから、ハンスと同じように彼を諌めた。


「ありがとう、レオ。でも、ハンスさんの言う通りあなたを巻き込むわけにはいかないの。国境越えはハンスさんと二人でするわ」

「……分かったよ。その代わり、向こうに着いたら手紙くらい寄越せよ?」

「ええ、もちろんよ。約束する。……心配してくれてありがとう、レオ。あなたも、どうか無事でいてね」


 言って、私はおもむろに椅子から立ち上がりレオの額にキスをする。

 無事でいてほしいという思いと、親愛の意味を込めて。


「お、おい!? 子供扱いすんなよ! いくら、中身が俺より年上だからって……」

「……? 子供扱いって……おでこにキスしたこと?」


 怒っているせいなのか知らないが、何やら頬が淡紅色に染まっているレオにそう聞き返す。


 ──うーん……額にキスするのって、そんなに子供扱いしているかしら?


「じゃあ、どこにキスしてほしかったのかしら? 頬? それとも唇? ああ、でも……恋人でもないのに唇にするのも変よね。強いて言うなら、レオは幼馴染兼弟って感じだし……」

「はぁ……もう、なんでもいいや。好きに解釈してくれ」


 小さく嘆息すると、レオはぷいっとそっぽを向いてしまう。

 どうやら、機嫌を損ねてしまったらしい。


「ハハハ! アメリアちゃん。君、意外と魔性の女だねぇ」

「もう……ジョアンさんまで何言ってるんですか! こんな時に、訳の分からないことを言うのはやめてください!」


 納得したようにうんうんと頷くジョアンに抗議する。

 すると、彼は一呼吸入れて、


「まあ、冗談はさておき……作戦の決行日は、今から約一週間後だ。それまでには、何とかホバークラフトを手配してみせるよ」


 強気な態度でそう明言した。

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