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14.心騒ぎ

 その日の夜。

 本を読み終え、手元の蝋燭の明かりを消して眠りにつこうとしていると。

 突然、花瓶が落ちたような音とともに何か言い争うような声が聞こえてきた。

 驚いた私はベッドから飛び起き、寝室の扉を開ける。

 そして、廊下に飛び出すなり──


「……して……あの……なのよ!!」


 そんな怒号が聞こえてきた。

 少し距離が離れているため、会話の内容までは聞き取れない。


 ──あの声は、ギュスターヴとアリーゼ……?


 声が聞こえてきたのは、二人の寝室がある方向だ。

 私は、ギュスターヴとアリーゼがいる寝室を目指して暗い廊下を進んでいく。

 今のアリーゼは情緒不安定だ。昼間のこともあるし、やはり気になる。

 そう考えながら、私は数時間前に味わったばかりの恐怖を反芻した。

 足音を立てないようにすり足で部屋に近付くと、やがて先ほどよりもはっきりと声が聞こえてきた。


「落ち着け! 落ち着くんだ、アリーゼ! きっと、気のせいだよ!」

「落ち着いてなんかいられないわ! 現に、どんどん変わってきているじゃない!」


 再び、アリーゼが怒号を上げる。

 ギュスターヴとアリーゼは、おしどり夫婦として社交界でも有名だ。

 そんな二人が喧嘩をするなんて珍しい。


 ──それにしても、変わってきているって……一体何のことかしら?


 首をかしげつつも、私は聞き耳を立てた。


「あなたも、薄々気づいていたんでしょう!? あの子の顔が──アメリアの顔が段々マージョリーに似てきていることに!」


 ──え……?


 驚愕のあまり、思わず声を上げそうになる。

 今世の私の顔が、前世の私の顔に近づいてきている……?


 ──ああ、そうか。ここ最近、感じていた違和感の正体はそれだったのね。


 ストンと腑に落ちたような気がした。確かに、アリーゼの言う通りだと思う。

 現在の私は髪や目の色こそ前世と違うけれど、仮に「誰に一番似ているか?」と聞かれたら迷わず「前世の自分」と答えるだろう。

 そのまま声を押し殺しつつも聞き耳を立てていると、アリーゼは更に話を続けた。


「アメリアは、マージョリーの生まれ変わりなのよ! きっと、私達に仕返しをするためにこの家の子供として生まれてきたんだわ!」

「な、何を馬鹿なことを……。アメリアは、僕達の大切な子供だろう!? 自分がお腹を痛めて産んだ子を疑っているのか!? それ以前に、君が言っていることは非現実的すぎる! 何しろ、クロフォード家はあの出来事とは無関係──」

「ええ、そうね。自分でも、馬鹿げたことを言っている自覚はあるわ」


 ギュスターヴの言葉を遮ると、アリーゼは自嘲めいた笑みを浮かべる。


「でもね……あの子を見ていると、そうとしか思えないのよ。顔だけじゃなくて、時々見せるふとした仕草なんかもマージョリーとそっくりなの」


 突然、アリーゼの声のトーンが落ちた。


「……僕は、考えすぎだと思うけれどね」

「それに……多分、報いを受けるのは私達だけじゃないわ。きっと、フローレス夫妻も標的になるはずよ。何故なら、あの二人だって私達と同じように罪深い行いを──」

「そこまでだ、アリーゼ。あれは、仕方がなかったんだ。僕だって、本当はマージョリーのことを殺したくなんてなかったよ。円満に婚約解消できればそれで良かったんだ」

「それはどうかしら? あなた、日頃から散々愚痴を零していたじゃない。『好きでもない相手と結婚なんてしたくない。いっそ、病気か事故で死んでくれたらいいのに』って。本心では、邪魔に思っているマージョリーを殺したくてたまらなかったんじゃないかしら? ……それを見透かしていたからこそ、彼女は復讐を果たすためにクロフォード家の子供として生まれ変わったのよ!」

「……!」


 アリーゼの言葉に対して、ギュスターヴは図星を突かれたように押し黙る。


 ──ちょっと、待って。どうして、前世の私の両親が話に出てくるの……?


 アリーゼの話しぶりから察するに、まるで前世の父母が自分の殺害に関与しているかのような言い方だった。

 唐突すぎて、思考が追いつかない。一体、どういうことなのだろう?


「私達とフローレス夫妻──どちらが先に報いを受けるのかしらね?」

「……もうやめてくれ、アリーゼ」


 消え入りそうな声で、ギュスターヴがアリーゼに懇願する。

 けれど、彼女は話をやめようとはしなかった。

 自暴自棄になったように──むしろ、一層饒舌になって話を続ける。


「ああ、でも……彼女にとっては、実の両親が自分を殺してくれとあなたに依頼していた事実の方がショックかもしれないわね。だから、きっと復讐されるとしたら彼らの方が先だと思うわ。いずれにせよ、私達が報いを受けることに変わりないのだけれど。ふふふ……あははははははっ!」

「アリーゼ! やめろと言っているだろう!?」

「きゃっ!」


 突然バチン、という大きな音が響いた。

 恐らく、ギュスターヴがアリーゼの頬を叩いたのだろう。

 それに対して、アリーゼが反論するように「全部あなたのせいよ!」と言い放つ。

 けれども……そんなやり取りが頭に入ってこないくらい、私は動揺していた。


 ──前世のお父様とお母様が、私を殺せとギュスターヴに頼んだ……?


 何故、そんなことを……?

 理由を考えてみようとするけれど、ショックが大きすぎて頭が回らない。

 こんな時、一体どうしたら……。


 ──そうだ、ハンスさんの所に行こう。そして、相談しよう。


 そう思い立つと、私は素早く踵を返し。

 上着を羽織り、ハンスが住む時計塔へと向かった。

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