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13.猜疑

 一ヶ月後。

 建国祭も無事に終わり、私はいつも通りの日常を送っていた。

 そんなある日の午後のこと。珍しく、アリーゼが「一緒にお出かけしましょう」と提案してきた。

 というのも、いつもはギュスターヴに遠慮しているせいか彼女は滅多に私と二人きりで出かけようとはしなかったのだ。


 ──アリーゼは、ギュスターヴと同じく昔から娘の私を溺愛している。でも、ここ最近は少し様子がおかしいのよね。なんだか、妙に余所余所しいというか……。


 王都で芝居を鑑賞した帰り道で。

 そんなことを考えながら、私はふと隣を歩いているアリーゼを見上げた。


「どうしたの? アメリア。お母様の顔に何か付いているのかしら?」


 不自然なくらいに凝視していたせいか、アリーゼは訝しげに尋ねてきた。


「あ……なんでもないわ、お母様」


 咄嗟に誤魔化すと、アリーゼはますます首をかしげた。


「そう? それならいいのだけれど……」

「ええと、その……お母様は相変わらず綺麗だなぁって思って、見惚れていただけなので」

「まあ、嬉しいわ。ありがとう。でも、アメリアの可愛さには敵わないわ。本当に、いつも『天使みたい』って思ってるのよ」


 そう返すと、アリーゼは聖母のような微笑みで私の頭を撫でた。


「それより、今日のお芝居はどうだったかしら?」

「とっても素敵だったわ! 特に、主役の俳優さんの演技が凄くて圧倒されてしまったくらいで……」

「そう、気に入ってくれたのね。連れてきた甲斐があったわ。アメリアにはまだお芝居は早すぎるかもしれないと思っていたけれど、全然そんなことなかったみたいね」

「もう、お母様ったら……。私ももう十歳なんだから、お芝居くらい理解できるわよ」


 口を尖らせ、少し拗ねたようにそう答えると、アリーゼは口元を緩めながらも私の手を引いた。

 そして──そのまま馬車を待たせてある場所に向かうのかと思えば、何故か彼女は路地裏に入った。


 ──ここって……もしかして、スピーリトゥスがある路地裏なんじゃ……?


 ここは、前世の私がギュスターヴとよくデートをした帰りに通っていた路地裏だ。

 しばらく歩いていると、やがて右手にスピーリトゥスが見えてくる。

 路地裏に立ち並ぶ他の店も、当時から全く外観が変わっていない。

 そのせいか、まるで当時にタイムスリップしたような感覚に襲われる。

 

「ねえ、お母様……? どうして、こんな場所に……?」

「アメリアに見せたいものがあるの。付いてきて」


 言って、アリーゼはますます私の手を強く引いた。

 そして──


「ほら、見て。素敵な眺めでしょう?」

「……!」


 気づけば、自分が前世で突き落とされた長い階段の上にいた。

 思わず、言葉に詰まってしまう。一体、何故アリーゼは私をこんな所に連れてきたのだろうか?

 一刻も早く、ここから立ち去りたい。けれど、


「ええ……本当に素敵」


 動揺を悟られないように、なんとかそう返した。


「ここはね、お父様とお母様が結婚する前によく来ていた場所なの」


 言って、アリーゼは夕陽に照らされた町並みを瞬きもせず眺望した。

 その横顔からは、どこか末恐ろしさすら感じる。


 ──それにしても、アリーゼもギュスターヴと二人でこの裏路地をよく通っていたのね。私が死んだ後の話かしら?


「へぇ……」


 当たり障りのない返事をする。

 すると、アリーゼは突然私の背後に回り、肩に自身の両手を置いてきた。


「でもね……ある人が、邪魔をしてきたの」

「え……?」

「その人は、お父様とお母様の仲を引き裂こうとしていたのよ。しかも、その人はお母様の家の宝石を盗んだの。……そう、あれは彼女をお茶会に招待した日の出来事だったわ」


 遠い目をしながら、アリーゼはそう語る。

 一体、どういうことなのだろう?

 私の死後、二人の恋路を邪魔した人物がいたのだろうか?


「その人の名前は、マージョリー・フローレス。彼女は、借金を抱えた貧乏子爵家の娘だった。だから、お金に困ってうちの宝石を盗んだのよ。きっと、宝石を一つや二つ盗んだところでばれやしないと高を括ったのね」

「……!」


 唖然とした。何故、私がアリーゼの家で盗みを働いたことになっているのだろうか?

 そう考えた途端、ある考えが脳裏をよぎる。


 ──もしかして、ギュスターヴとアリーゼは共犯なの……?


 私は、今まで自分はギュスターヴの私怨で殺されたと思っていた。

 確かに、結果的に私はアリーゼに婚約者を奪われた。

 彼女のことを全く憎んでいないと言えば嘘になるけれど……最近は「殺害に関与していないのなら、わざわざ報復するほどではないかもしれない」とすら思い始めていたのだ。

 でも、実際は違った。アリーゼの話から察するに、彼女とギュスターヴは恐らく私が生きていた頃から恋愛関係にあったのだろう。


 私の前世の父は、ギュスターヴにとって命の恩人だ。

 そう簡単に、娘である私との婚約を解消することなんてできない。

 だから、きっと悩んだ末に二人で共謀して私を事故死に見せかけて殺害したのだ。


「でも、マージョリーは、程なくして事故死した。きっと、天罰が下ったのだと思うわ」


 そこまで言うと、アリーゼは掴んだ私の両肩にぐっと力を込める。

 今、私が立たされているのは階段の最上部。

 もし、この状況で背中を押されたら容赦なく下に転がり落ちてしまうだろう。

 ……きっと、無傷ではいられない。


「お母……様……?」


 不安に思い、後ろを振り返ろうとする。

 けれど、強い力で両肩を掴まれ固定されているためそれも叶わない。


 ──もしかして、このまま突き落とす気なの?


 でも、なんで? どうして、私の正体に気づいたの?

 状況から察するに、恐らくアリーゼは私がマージョリーの生まれ変わりだと疑っている。

 だからこそ、突然あんな話をしてきたのだ。


「マージョリーはね、この階段を踏み外して死んだのよ。誰にも発見されず、孤独に息を引き取ったの。……まあ、元々人通りが少ない裏路地だったから仕方がないわね」

「……」

「ねえ、アメリア。もし、ここから突き落とされたら、彼女と同じように『事故死』として扱われるのかしらね?」


 無言のままでいると、抑揚のない声音でそう尋ねられた。

 恐怖のあまり、身体が戦慄く。そのせいで、首を横に振るどころか頷くことすらできない。


 ──殺される……!


 そう思った瞬間。突然、自分の肩を掴んでいる手の力が緩んだ。


「ご、ごめんなさい。アメリア。痛かったわよね? 大丈夫……?」


 ハッと我に返ったようにそう言うと、アリーゼは私の肩をさすりながら問いかけてきた。


「どうかしていたわ。昔のことを思い出していたら、つい怒りがこみ上げてきてしまって……」

「私なら平気よ。その……お母様こそ、大丈夫? その方、本当に酷いわ。こんなに優しいお母様を裏切るなんて……」


 少し、白々しかったかもれない。

 けれど、今ここで自分の前世がマージョリーであることを悟られるわけにはいかない。


「アメリア……あなたは、本当にいい子ね。お母様の心配をしてくれてありがとう」


 言って、アリーゼは私の額に触れるようなキスをする。

 そして、私達は踵を返し、ようやく帰路へとついたのだった。

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