12.メリーゴーランド
「ちょっと、ハンスさん! 一体どこに連れていくつもりなの?」
「付いてくれば分かる」
「えぇ!?」
ハンスは、私の手を引いてずんずん進んでいく。
少し遅れて、やや呆れ顔のレオが小走りで追いついてきた。
「ねえ、レオ。ハンスさんは私をどこに連れて行こうとしているの?」
「そうだなぁ……。なんて説明したらいいか分かんねーけど……強いて言うなら、子供が喜びそうな乗り物がある場所だよ」
「はぁ……?」
何度でも言うが、私は外見は十歳の子供だけれど中身は十八歳なのだ。
それを理解しているはずなのに、何故そんな場所に連れていこうとするのだろう……?
「ほら、着いたぞ」
あれこれ思案していると、頭上からハンスの声が聞こえてきた。
「え……?」
顔を上げた途端、目に飛び込んできたのは見たこともないような遊具だった。
黒い柵がついた円形状のその遊具には、馬や馬車を模した座席が複数確認できる。
「これは、『メリーゴーランド』と呼ばれている遊具だ。魔法がまだ存在していた時代は、こういった遊具を魔法の力で動かしていたんだよ。言わば、この遊具は魔法文明の遺物というわけだ」
隣にいるハンスが詳しい説明をしてくれた。
どうやら、ここは魔法が栄えていた時代の遺物が保管されている場所のようだ。
普段は先ほどの大階段のように立ち入り禁止になっているらしいけれど、今日は特別に開放されているのだとか。
「あの、それは分かったのだけれど……ハンスさんは、どうして私をここに連れてきたの?」
「お前が小難しいことばかり考えてるからだ」
「えーと……つまり、どういうこと?」
小首を傾げると、ハンスは更に話を続ける。
「さっき聞いた通り、お前の前世は十八歳で死んだ子爵令嬢で間違いないんだろうが……でも、今は十歳の子供だろ?」
「た、確かにそうだけど……だからって、子ども扱いしなくても……」
「それに、その様子だと前世でも子供の頃から滅多に遊ばないタイプだったんじゃないか?」
「え? えーと……」
腕を組み、考え込む。
思い返してみれば……ギュスターヴの婚約者になって以来、前世の私は未来の公爵夫人として相応しい淑女になるために、毎日勉強漬けだった。
確かに、よく考えたら子供らしく遊び回った記憶なんてほとんどない。
「ハンスさん、もしかして……気を遣ってくれたの?」
「そんなんじゃねぇよ。俺はただ、前世も今世もまともな幼少期を過ごせなかったお前に同情しただけだ。まあ、あれだ。実を言うと、以前からレオにせがまれていたんだよ。『祭当日は絶対にメリーゴーランドを見たいから連れて行ってくれ』ってな。だから、そのついでだ」
そう返すと、ハンスはバツが悪そうに頭をかいた。
えーと……そういうのを、気を遣ってるって言うんじゃないかしら?
なんて突っ込みを入れたら怒られそうなので、とりあえず黙っておく。
「着いて早々悪いんだが、ちょっと知り合いに挨拶してくる。すぐ戻るから、ここで待っていてくれ」
そう告げると、ハンスは少し離れた所にいる茶髪の男性のもとまで歩いていった。
恐らく、あの男性は普段から魔法文明の遺物を管理している学芸員か何かだろう。
ハンスの存在に気づくと、和気藹々と話し始めた。
「ハンスの奴、相変わらず素直じゃねーな。ここ最近は、むしろ俺のことよりもアメリアのほうを気にかけていたんだぜ?」
「そ、そうだったの……?」
「ああ。近頃のお前、ずっと悩んでいただろ。きっと、ハンスはその微妙な心の変化を感じ取っていたんだと思う。口は悪いけど、なんだかんだ言って日頃から俺達のことを気にかけてくれているんだよ」
「そっか……」
そこまで心配させてしまっていたなんて、本当に申し訳ない。
心の中で猛省すると、再びハンスの方へと視線を移す。
「あれ?」
いつの間にか、男性と話していたはずのハンスがいなくなっていることに気づいた。
一体、どこに行ったんだろう?
「ハンスさんがいないわ。どこに行ったのかしら?」
「トイレじゃねーの?」
不思議がる私に反して、レオはさして気に留めない様子でそう返した。
そんな会話をしていると、つい先ほどまでハンスと話していた男性がこちらに近づいてきた。
「やあ、君達。ハンスから話は聞いているよ。僕はジョアン。ハンスとは、大学の同級生でね」
「あ、初めまして……」
ジョアンと名乗った男性は、私達に向かってにっこり微笑みかけてきた。
私とレオは、慌てて頭を下げる。
「あの、ハンスさんは……?」
「ちょっと野暮用らしくてね。少しの間、君達の相手をしてくれないかと頼まれたのさ」
「野暮用……?」
首を傾げた私に向かって、ジョアンは更に話を続けた。
「そういうわけで……君達には、特別にこのメリーゴーランドに乗せてあげようと思うんだ。どうだい? もちろん、乗るだろ?」
「え? で、でも……この遊具は魔法文明の貴重な遺物なんじゃ……? 壊したら大変……」
「大丈夫、許可は下りてるよ」
言って、ジョアンはメリーゴーランドの側まで歩いていきレバーを下ろす。
次の瞬間。メリーゴーランドは煌びやかにライトアップされた。
そう言えば……と、三人で話し込んでいるうちにいつの間にかすっかり時間が経っていたことに気づく。
まだ、完全に暗くはなっていない黄昏時。この時間帯でも煌々とライトアップされる様はとても幻想的で、思わず見入ってしまう。
「わぁっ!」
「すげぇ……!」
非日常的な光景に目を奪われた私とレオは、同時に感嘆の声を上げる。
「さあ、乗ってごらん」
早く乗るよう促された私は、恐る恐る足を踏み出した。
「レオは来ないの?」
「ん? あ、ああ……」
魔法文明の遺物を前にして圧倒されたのか、レオは呆然とした様子でその場で固まっていた。
彼はハッとしたように我に返ると、メリーゴーランドの側まで駆け寄る。
「それじゃあ、今からメリーゴーランドを動かすよ。二人とも、そこにある座席に座ってくれ」
私とレオが揃ったのを確認すると、ジョアンは楽しげな声音でそう言った。
「え!? これ、動かせるんですか……?」
この遊具は、前述の通り魔法が栄えていた時代に稼働していたものだ。
恐らく、魔法を使わないと動かない仕組みになっているのだろう。
なのに、ジョアンは席に座らせてくれるだけじゃなく動かすとまで言って退けた。
一体、どういうことなのだろう?
「ああ。何しろ、今日はお祭りだからね。方法はトップシークレットだから教えられないけど、今日は特別にこのメリーゴーランドを動かして君達を楽しませてあげるよ」
「そ、そうなんですね……。なんだかよく分からないけど、ありがとうございます」
トップシークレットと言っているくらいだから、きっと独自のやり方で動かすつもりなのだろう。
ジョアンは私をひょいっと抱えると、白馬を模した座席に座らせてくれた。
「これ、本当に動くんだよな……? 魔法文明の遺物に乗れるなんて、俺達相当ラッキーだぞ!」
そんな風にはしゃいでいるレオも、ジョアンに手伝ってもらいながらすぐ後ろにある座席に着く。
「それじゃあ、動かすからね。二人とも、しっかり捕まって」
ジョアンの合図とともに、メリーゴーランドは動き始めた。
周囲の景色がゆっくりと流れていく。徐々にスピードは上がっていったけれど、やがてちょうどいい速さになると一定の速度を保って回転し続けた。
楽しいけれど、少し怖い──その不思議な感覚は、精神が十八歳である私でも高揚感を覚えるほどだった。
「ぐるぐる回転してるぞ! すごいな、この乗り物!」
すぐ後ろの座席に乗っているレオが、歓喜の声を上げる。
レオが必要以上にはしゃぐのも無理はない。
乗り物と言えば、もっぱら馬車くらいしか乗ったことがない私達にとっては物凄く新鮮な体験だったからだ。
「ええ、本当に……。びっくりするくらい楽しいわ」
「だろ? こんな珍しい経験をできたのも、ハンスにメリーゴーランドを見たいって頼み込んだ俺のお陰だぞ。感謝してくれよな!」
「はいはい、ありがとうございます」
冗談っぽく笑いながらそんなやり取りをする私達を、ジョアンは満足げに眺めていた。
すると、彼の隣に野暮用を済ませに行っていたハンスがさり気なく並んだ。
どうやら、もう用事は終わったようだ。
「二人とも、いい笑顔だね」
「ああ。二人があんなに楽しそうに笑っているのを見たのは、俺も久々だ。あいつら、ガキのくせに普段から何かと悩みが多いみたいだしな」
「へぇー、そうなんだ。まるで、二人のお父さんみたいだね」
「はぁ? ……そんなんじゃねぇよ。あいつらが家にいたくないって言うから、渋々子守りをしてやってるだけだ。下手に家出されて野垂れ死なれても困るからな」
「ふぅん?」
「やれやれ、迷惑だ」とでも言いたげなハンスをからかうように、ジョアンは彼の顔を覗き込む。
──素敵な時間をプレゼントしてくれてありがとう、ハンスさん。
心の中で密かにお礼を言うと、私は座席に付いている手綱を握りしめた。